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それから少しだけお茶とお菓子を楽しむとお茶会はお開きとなった。ちなみにあまりにリメラリエがもくもくとお菓子を食べるので、イルネアは気を遣ったのか新しいお菓子などを次々と出してくれた。
(一週間分ぐらいのお菓子食べちゃった……)
席から立ち上がると若干自分の体が重く感じた。
「とても美味しいお菓子とお茶をありがとうございました」
「どういたしまして。絶対食べ過ぎだろ?」
「私もそう思います」
「温室の中でも散歩して行ったら?オレは先に戻るけど」
ひらひらと手を振りながらイルネアは温室を出て行ってしまう。それに続くように、イルネアの侍従や侍女たちが、さっさと片付けをして同じく去っていく。まさかの招待者に置いていかれる事態に唖然としたが、これは婚約をしようなどとは思っていないだろうとリメラリエは確信する。
そしてせっかくなので温室の中を少し歩いてみることにした。先程藤棚のようになっていた場所以外にも、アーチ型のものや、上から吊るされたくす玉のような植物があったりとなかなか面白い。
アーチ状のトンネルは白とピンクの小さな花の咲いた植物が螺旋状に巻かれていてとても可愛い。その下を歩くとなんだか幸せな気分になる。
興味深く眺めている間も、当然イクトが後ろからついて来ている。ただし、相変わらず足音がしない。細身で小柄と言うこともあるせいか、イクトが帯剣しているものは、アキリアたちと比べると細く短い。なんとなく植物を観察しながらイクトも観察していると、すぐに目が合う。
「何か気になることでも?」
相変わらず表情は無い。
「いえ」
リメラリエは首を横に振った。音がない、表情がない、気になるところは色々あるが、あまり追求はしない方がいいのだろうと思う。
温室のなかをゆっくりと歩いて行くと一際目立つ赤い大きな百合のような花が咲いていた。血のような赤い色をしたそれは綺麗だが、少し恐ろしいように思う。しかし、その花に惹きつけられるように、リメラリエはふらふらとその花の側に寄っていく。
その花に触れようと一歩踏み出した時、突然足元が光始めた。煌めく光の筋道が円を描きながらリメラリエの周りを舞い上がる。綺麗な魔力の光に見惚れていると、イクトの驚愕した姿が見えた。
(あ、ヤバいやつかこれ)
ハッとした時には、自分が光り輝く円陣の中にいて、イクトが物凄い勢いで光の中に飛び込んでくるのが見えたと同時に、リメラリエの意識は飛んだ。
***
トランドール城の賓客棟の廊下を歩いていたイルネアは、魔力の発動を感じて立ち止まる。視線だけ温室の方に向ける。面白そうに少しだけ笑う。
「申し訳ないとは思うけど、今はあんたの存在はうちにとっては貴重すぎるなぁ」
呟くようにそう言うと、イルネアはすぐに表情を変え鋭い視線で側にいた文官に指示をした。
「目的は達成した。キリの良いところでさっさと帰国するぞ」
「畏まりました」
***
城内の一部がバタバタと慌ただしくなる。ファクトラン家の令嬢が消えたと言う話はすぐに広まった。リヴァランの王子とのお茶会後に戻らないと心配した侍女らが温室まで見に行ったが、そこに姿がなく、慌てて騎士団に相談したのが彼女が居なくなったことがわかった経緯だ。
騎士団長室には各班の騎士長が集められていた。当然アキリアもそこにいた。
「イクトからの連絡は?」
団長の質問にアキリアが首を横に振る。消えたのはリメラリエ一人ではなかった。イクトも彼女と時を同じくして姿を見た者がいない。おそらく2人とも同時に消えたのだろう、そう推測する。
「イクトも一緒にということは、まず間違いなく直接手が下されたのではなく、魔力によるものと考えるのが良さそうだ」
「サヴァトラン家が今温室に派遣されていますが、あまり痕跡は期待できないと思われます」
魔力の使い方については、どう考えてもリヴァランがその技術が上回っており、サヴァトランでは痕跡を確認できる可能性が少ないと言う。
サヴァトラン家はリヴァランの血を持っているとは言え、随分前に分かれた血筋であり、その技術力はそこから分かれしまっている。交流も少ないため、互いの魔力技術については不明なのだ。
「拉致されたと考えるべきですか」
「婚約を望んだぐらいだ。殺すとは思えない。手っ取り早く攫ったと考えるべきだろう。ただ、イクトも消えたのはどう考えるべきか……」
情報が少なく使節団の一行を責め立てることも出来ずにいた。彼らの主張は、「温室を先に出たため後のことはわからない」と言うものだった。
「……団長、すみませんが抜けます」
唐突に話し始めたアキリアに団長がゆっくり視線を向ける。団長は真剣な表情でアキリアを見返した。
「……止める気はないが、本当にそれでいいのか?迷ったから、ここにいたんだろう?」
アキリアは軽く頷いた。握りしめた手を見て何かを決意したようだった。
「はい。もう迷いません。逃げるのはもうやめます」
力強いアキリアの言葉を聞くと団長は「そうか」と一言だけ返した。
「今までお世話になりました。この御恩は必ずお返しします」
「期待してる」
アキリアは一礼すると騎士団長室を出た。そこにはザイが待っていた。
「悪いな」
「しょうがねぇなぁ」
ニッと笑うザイはとても嬉しそうな表情に見えた。その笑顔につられるようにアキリアも少しだけ微笑むと、騎士団長室に背を向け、それと同時に、ザイが団長室へと消えた。
あの時は苦しくて苦しくて、全てが敵にしか思えない、離れたくて仕方なかった場所に、自らの意思で戻ることを決意した。多くの人を困らせるかもしれない、そう思っても不思議と後悔はない。むしろそこに立つことが出来る自分の身をありがたく思った。初めて感謝したかもしれない。
そんなことを思いながら、アキリアは長い廊下を歩いた。




