20
お茶会は城にある温室で行われることになっていた。日の当たる場所での開催にホッとするが、気を抜いてはいけない。丁度時期の花が多いせいか、温室の中は、さまざまな色とりどりの花が咲いていた。お茶会の席は藤棚の様に上から薄水色の花が垂れ下がる場所にあった。
白いテーブルに二脚の椅子が置かれており、主催者であるイルネアは当然先に来ていた。リメラリエは招待された形になる。
「ようこそ」
真紅の髪がさらりと流れて、立ち上がる。目が合った瞬間、最初に会ったときのことを思い出す。赤い目は微笑んでいる様だが、その奥はよく見えない。
彼の周りにはリヴァランから連れてきたと思われる侍女や、従者の姿が数人あった。もっと仰々しい人数を想像していたため、意外だった。
「お招き頂きありがとうございます」
今日のリメラリエは、当然お茶会に合わせていつもより着飾っていた。
淡い緑色をメインにしたドレスで、薄いレースが胸元や袖口で揺れる。髪もそれに合わせたレースで作られた髪飾りが付けられていた。リメラリエは朝から屋敷から連れてきた侍女たちに手をかけられ磨かれ、着替えさせられた。そこまで必要ないと言ったが、話は全く通じなかった。
リメラリエはそんなドレスの端を掴み、丁寧な挨拶をする。
「リメラリエ=ファクトランです」
主催はイルネアの方だが、身分としてはリメラリエが低くなるため、彼よりも先に名乗る必要がある。とっくに調べられていることだとわかっているが、ここが正式な出会いの場とされているのだから、名乗るべきだろう。
「イルネア=リヴァランです」
リメラリエは勧められて向かい合う席に着く。すぐにイルネア側の侍女が、温かいお茶を淹れてくれる。イクトはリメラリエの少し後ろに立っているが、彼の足で二、三歩ほどの距離がある。騎士を置くことは許されたが、すぐ側に立つことは許されていない。
リメラリエの前にティーカップが置かれるのを確認すると、イルネアが先にカップに口をつける。リメラリエはさすがに飲まないわけにはいかず、ティーカップに口をつける。
ふわりと良い香りがして、こくりと一口飲み込む。飲んだことのない味だったが、飲みやすい美味しいお茶だと感じる。特に変なところはない。
「美味しいです」
そう言うとイルネアは優しく微笑む。
「気に入って頂けたようでよかったです。リヴァランでよく親しまれているお茶です」
「そうでしたか」
リヴァランとの交易はごく僅かなため、あまり見かけない。高い山に隔たれているため、たとえ隣国であろうと、育ちやすい植物などに差があるのかもしれない。
イルネアがテーブルに出されていたケーキのようなお菓子に手を出す。細かなナッツが入った生地に、少し茶色がかったクリームが挟まれたお菓子だ。
リメラリエにとっては馴染みのあるケーキなので安心する。イルネアが食べたことを確認して、リメラリエもナッツのケーキを口にした。上品な甘さとナッツのほんのりとした苦味が美味しい。
お互い一口ずつ口にすると、当たり障りのない話を始める。
「殿下にトランドールの食事は合いましたか?」
「えぇ。特に魚料理が美味しかったです」
イルネアは終始丁寧に話していた。あの時あった時と随分印象が違う。
「ファクトラン嬢は、ご結婚されてないとお聞きしたんですが、何か理由が?」
当然聞かれると思っていた質問だ。26の女性が、結婚もせず城内で働いているなど、リヴァランでも外聞が良くないだろう。
「特に、これと言った理由はありません。私に縁がなかったんでしょうね」
他所行きの笑みで返すと、同じような笑みを返される。
「では良い縁が結ばれれば、リヴァランにも来て頂けるということですね」
これまでのんびりと天気の話をしているような会話だったが、相手は案外直球で来た。しかし、リメラリエもはっきり返事をしないと面倒ごとになることは重々理解している。
「これまでも碌に縁に恵まれなかったので、これからもないでしょう。すでに結婚を望むような歳でもありません」
「相手は強く望んでいますよ」
強く赤い瞳がリメラリエを突き刺す。この目がどうも苦手だった。全てを見透かすような目は、捕らえられたようで苦しくなる。
「私には過ぎたものです」
婚期とリヴァランに嫁ぐなど不相応であると伝えてみたのだが、変わらず微笑んでいるだけでイルネアには何も効いていない気がする。
「殿下こそもっと相応しい方々が、リヴァランにいらっしゃるのではないですか?」
突然スッとイルネアの目が細められ、先程より冷ややかな視線に背筋が凍る。
「はあ、もう猫被るの疲れたからいいかな」
イルネアは一度自身の赤髪をくしゃっと荒々しく掴み、少し首を横に振る。そして、次に目があった時には、気性の荒い赤い猫のような印象を受ける。
なるほど、こっちが素かぁと妙に納得できる。
「リヴァランにはオレと釣り合うほど魔力がある貴族女性がいないんだよね。ここに来た時、あんたをみて驚いたんだ。1日目にして任務完了だなってさ」
(やっぱり20年振りの使節団の理由はそこにあるのね)
使節団は国外での魔力の高い女性を探しに来たと言うのが第一の目的なのだろう。やはり何らかの理由で魔力持ちの女性が減り、釣り合いの取れる女性を探しているのだ。
「あんたはホントに結婚しない理由ないの?」
テーブルに肘をついて行儀悪く聞いてくる様子に、リメラリエは弟を思い出し微笑ましくなる。素の方が怖くないとはどういうことか。
「政略結婚に向いてなくて断わり続けただけですよ」
リメラリエがお茶を飲みながら答えると、イルネアは不思議そうな顔をする。
「オレのこの態度になんにも思わないのか?貴族令嬢が大嫌いな態度だけど」
「そうですか。まぁ、猫みたいだと思いましたけど」
「猫!」
リメラリエの答えに信じられないと言う顔をしたイルネアは目を細めた。
「あんた変わり者って言われないか?」
「よく言われますね」
「だろうな」
イルネアは呆れたような顔をして、クッキーのひとつを摘み食べる。上品とは程遠い。
「まぁ、だから結婚してないってことか。しかも魔力持ちはこっちでは重宝されないんだろ?うちに来ればいいじゃん」
リヴァランなら重宝されると言うことか。まぁ、婚約を申し込まれるぐらいだ。
「私は別に知らない人たちに重宝されたいとは思いません」
「ブレないねー」
つまらなさそうに言ったイルネアは、少し振り返り侍従から一枚の紙を受け取る。
「でもさ、なんか騎士と仲良いんでしょ?調べたけど、なんだっけ、アキリア=ニルドール。あれだよね、オレがあんたの腕を掴んだら、すぐに間に入って来たやつ」
アキリアの名前を出されてドキリとする。昨日の夜のことを一緒に思い出して顔が火照るのをかんじる。
「……、正直すぎじゃない?」
「何がですか?」
「気付いてないならまぁその方がいいけど。あ、もしかしてオレが年下なのが気に食わない?年上専?」
「いや、そういうわけじゃ」
「歳上がいいなら、兄貴の婚約者でもいいよ」
「いや、どっちもお断りですけど」
盛大に突っ込みたくなるものいいに、とりあえず短く答えておく。確かこの第一王子の父が国王についたばかりだと聞いている。
あれ?第一王子の兄とは?兄は王子ではないと言うことか?
「まぁ兄貴は性格悪いからさぁ、オレにしといた方が良いと思うよ?」
話が通じないとがっくりと項垂れるが、とりあえず美味しいお菓子は頂いておこうと思う。お茶とお菓子は最高だ。
一人黙々と食べていると赤毛の猫はむすっとした顔をした。
「オレ結構モテる方だと思うんだけど」
「そんな気はします」
もぐもぐ食べながら頷くとイルネアは不満そうだ。
「よくオレを無視して食べ続けられるね」
「食べ物に罪はないので」
「まるでオレには罪があるみたいじゃん」
「まぁ、わりと迷惑ではありますよね」
はっきりリメラリエが言うと、イルネアは固まったあとぷはっと吹き出して、声を上げて笑う。
「あんたが結婚できない理由はわかった気がする」
「それはどうも」
「結構喋ってたら面白いけどな」
「珍しいだけでしょう。すぐに飽きますよ」
「そうかもな」
イルネアは笑いながらそう言うと、持っていた紙を侍従に返した。
更新遅くてすみません




