17
アキリアは走らない程度に急ぐ。隊列に早く戻り、出来れば情報が欲しいと思った。彼女が、イルネアの目に止まった理由や、何を望んでいるのか、確認したかった。
隊列はすでに謁見の間についていた。邪魔にならないように、静かにその場に入り込む。すでに両者の挨拶は終わっているようだった。
「ここに来るまでに出会った女性に、正式にお会いしたいのですが」
イルネアの言葉に、国王陛下に側にいた者が耳打ちする。先ほどの様子を伝えているのだろう。
「先程の会ったと言うのは、我が国で文官補佐をしている者だ。ファクトラン大公家の令嬢だが……」
大公の令嬢という言葉に、イルネアは少し驚いたようだった。通常なら大公家の令嬢が、文官に関する仕事をすることはない。
「大公家のご令嬢なのですか。では、身分としても申し分ないですね。私は、彼女との婚約を望んでいます」
イルネアが国王にあっさりとそんなことを言う。アキリアは何言っているんだとイルネアと国王を見たが、一気にトランドール側が好意的にざわつき始める。
しかし、国王は訝しむようにイルネアを見る。何か探ろうとする様子にも見える。
「何が目的だ?」
国王の言葉にイルネアは眉を下げて見せた。
「とても綺麗な女性で、一目惚れです。もしや、彼女はすでにご結婚されていますか?」
アキリアには白々しく感じるが、周りはそうは感じなかったのか、さらにざわめく。
「……、彼女は大公家の令嬢だ。私の一存では決められん。だが、正式に会うことは許そう」
そう言われると、イルネアはそれで十分だと言う顔を返して、頭を下げた。
アキリアにとっては一番嫌な展開だった。なんとなくあのイルネアの態度でそうなりそうな予感はしていたが、まさか即婚約などと言う言葉を出して来るとは思わなかった。
無意識に唇を噛んだが、アキリアはそれすら気づかなかった。
リヴァランの使節団が謁見の間を出て行く。おそらく滞在することになっている、賓客棟へ案内されるのだろう。
アキリアがやや遅れて動くと、まだ留まっていた国王と目があった気がした。何か言いたげに見られたような気もしたが、アキリアはすぐに目を逸らし、使節団の後に続いた。
アキリアの中では色んな感情が渦巻いていた。初めて今の立場の自分に憤りを感じた。何もできないことを強く感じ、手に力が入る。
ニルドール家に入り、騎士の立場になり、後悔したことなど一度もなかった。むしろ、とても自分に合っているように感じていた。どうしていいかわからない、誰もが敵のように感じて生きづらかったあの頃より、よほど良いと思っていた。
リメラリエとイルネアの間に入ったとき、アキリアはすぐにイルネアの手を払うことは許されなかった。相手は国の王子で自分は一介の騎士に過ぎない。もし彼の腕を払おうものなら、トランドール側の非になり、国同士の問題に発展する。アキリアは罰せられるだろう。
それをしたくてもできない自分の立場がとても悔しかった。
***
大きくため息をついたメディスは、腕を組み直すとリメラリエに向き直る。
「この後のこと、予想できてるか?」
彼の言葉にリメラリエは、眉を寄せる。あのとき、リヴァランの第一王子はリメラリエに向かって「見つけた」と言った。そして手を離した時には「また正式に」と。
「たぶん、正式に会うことになるんだろうなとは思います」
「その後は?」
「……、最悪はリヴァラン行きかなと」
リメラリエの言葉にメディスはもう一度大きな溜息をついた。
「わかってるじゃないか」
感心して見返してくるメディスに、リメラリエは口がへの字に曲がるのがわかった。
「冗談込みだったんですけど……」
正直リメラリエは自分がリヴァランの王子に見初められたとはまったくこれっぽっちも思わない。
逆に運命の相手を見つけたとかだったら大笑いだ。それはない。
彼が惹きつけられるものと言ったら、自分の持つ魔力ぐらいしかない。リメラリエは日常的に魔力が見えたりはしないが、リヴァランの強い魔力持ちであれば、あの時の魔樹の森のように、光って見えたりするのかもしれない。
「でも、リヴァランだったら私ぐらいの魔力の人たくさん居るのでは?」
素直な疑問にメディスも頷く。魔力を日常生活にも使用すると言われるような国だ。リメラリエぐらいの魔力持ちはごろごろいるに違いない。それなのに何故?
「私もそう思う。ただの想像でしかないが、君ぐらいの魔力を持つ女性がいないような状態になっているのかもしれないな……。または、いてもなんらかの理由で、ダメなのか……」
リヴァランで何かが起きているのかもしれない。だからこその20年振りの使節団と言われれば納得できるかもしれない。
「ただ、あまりに情報がなさすぎるな」
「でも、あまりにも見境なさすぎじゃないです?あの王子、怖かったですけど、明らかに私より年下ですよね?」
「あー……、22だったか、23だったかのはずだな」
「私26ですよ26。相手が可哀想じゃないです?!普通10代の若い女の子を……!」
「君はもう少し自分を大事にしなさい……」
「まぁ、そんなことがどうでもよくなるレベルで、何か問題があるのかもしれないってことなのかなとは思いますけど」
考えたところで、わからない。今の時点ではあまりに現状のリヴァランの情報がなさすぎた。
ファクトランの屋敷に戻ると屋敷の中は大混乱だった。主にリメラリエの家族がだが。屋敷の中に入るとすぐに両親だけでなく、弟まで彼女を出迎えた。
「リメラリエ、大丈夫か?!」
心配そうに顔を覗き込み体調が悪くないかを気遣ってくれる。リメラリエは屋敷に着いた頃には、恐怖心もそれなりに収まっていたため、大丈夫ですよと返す。しかし、すでに話は知らない間に進んでいたようだ。
「リヴァランの王子から婚約の打診があったと、陛下の使い方から連絡があった」
「え?もう?」
さすがに話が早くて驚きを隠せない。城から屋敷に帰って来るまでにそんなところまで話が進むとは思わなかった。せいぜいお茶会の約束や正式に会う方が進むのは覚悟していたが。
リヴァランはよっぽど焦っているのか、ことを早く進めたいようだ。
「なんでもイルネア王子がお前に一目惚れしたと聞いたぞ」
普通に咽せた。誰がそんな嘘を信じるのだろうかと思ったが、両親は信じているようだ。
「それはないです。たぶん、魔力ですよ」
そう言ったリメラリエに、父は驚きと怒りの表情を見せた。それはリメラリエには珍しいように感じた。
「そんな理由なのか!」
「一目惚れなんてあるわけないじゃないですか、私ですよ?」
父はそれはそれで不憫な子を見るような表情になった。
「お前はもう少し……」
説教が始まりそうだったため、リメラリエは慌てて話を変えた。
「それより、お茶会の約束とかが入れられてるんじゃないかと思ったんですけど、違いました?」
「あぁ、その話も来ている」
父はその手に握っていた一枚の封筒を差し出す。さっきの怒りでややしわくちゃになっている。封はすでに開けられており、中は確認されたようだ。
「もう封書できたんです?」
早すぎるだろう。どんだけ優秀な部下がついてるんだ。そんな謎の感想を持ちながら、リメラリエは中を確認した。
「明明後日の午後ですか……」
それはお茶会の誘いだった。もっと早く誘いたかったが予定が詰まってて、この日になる事を詫びられてある。
いや、こっちは特に望んでないけどね?
あ、でも、行き遅れの令嬢が、隣国へ嫁ぐなんて玉の輿どころかシンデレラストーリーもいいところだから、絶対喜んでると思われてるのか……。
うーんと唸っていると、父が口を開く。
「お茶会は行くしかないとは思うが、婚約については断ってもかまわん」
「……、でも隣国との関係を考えると、嫁いだ方がいいですよね?」
「もともと親交の深い国であればそれもいいが、リヴァランはそこまでの価値があるとは思えん。それに魔力だけで選ぶような相手に、一緒になって幸せになれるとは思えん」
「……、私大公令嬢ですよ?政略結婚が普通ですよね?」
「散々断ってきたやつが何を言うか。ここまできたら、お前が幸せになれると思う相手を見つけるまで家に居ればいい」
そんな父の言葉に一瞬泣きそうになるが、なんとか耐える。
「ちょっとだけ、リヴァランに行ってやりたい放題生活して来るのもありかなと思ったんですけど」
と茶化して誤魔化したら「それは逆に戦争になりかねんからやめなさい」と怒られた。
私はまだここにいて良いみたいだ。
相変わらず短くてすみません




