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目の前に立った騎士がアキリアだとわかり、リメラリエは心の底からホッとした。
ちゃんと頭を下げていたはずなのに、誰かが近づいて来るのに驚いた上に、突然手首を掴み上げられた。その反動で顔を上げると、目の前には長い真紅の髪の男がいた。赤い鋭い瞳で捕らえられたような気がして、ゾッとする。
するとすぐに、銀色の髪の黒衣の騎士ーーアキリアが間に入ってくれ、リメラリエを助けてくれた。赤髪の男は、アキリアと少し話をすると、すぐに手を離したが、その瞳はアキリアの後ろにいるリメラリエを見ていた。
イルネアの戻った後、少し小走りに騎士長クァラが来て、アキリアに声をかける。
「団長が彼女を文官執務室まで送り届けるようにと」
その言葉にアキリアは頷いた。クァラもすぐに隊列に戻るが、最後尾についたようだった。
「……、歩けますか?」
アキリアの問いにリメラリエは小さく頷く。
よく見たらアキリアは、騎士服の正装を着ていた。黒い騎士服の正装は、彼の銀髪がよく映え、とても似合っていた。髪型も今日はサイドを横に流している。
旅の時は騎士服でもなかったため、きっちりとした服装はまた印象が違う。
先程の恐怖は置いておき、ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、アキリアが心配そうに立ち止まる。
「手首が痛みますか……?」
視線は先程の赤髪の男に掴まれた左手首に向いていた。強く掴まれたが跡が残るほどではない。ただ、掴まれた印象は残っている。
「……いえ、痛みはないです」
「そうですか」
リメラリエは嫌な予感と共にアキリアを見上げた。
「……、先程の赤髪の男性は、誰ですか?」
聞かなくてもわかっている。それは手に持っている本が示していた。隣国リヴァランの使節団で、真紅の髪の持ち主。
「……、リヴァランの第一王子です」
予想は外れなかった。
あの赤い髪と赤い瞳を見たとき直感的に恐ろしいと思った。おそらくリメラリエより魔力が多く、動かせる力が大きな人物だ。
「そうですか……」
力なく答えると、アキリアがとても苦しそうな表情をした。
「間に合わなくてすみません」
唐突に謝られ、リメラリエはぱちぱちと瞬きをする。アキリアが謝ることなど一つもない。
「アキリア様が謝る必要などないですよ?むしろ、すぐに庇ってくださって、ありがとうございます」
アキリアは首を横に振り、切なそうな顔をしたと思うと少し視線を下げた。
「いえ、……触れられる前に、止めたかった」
え、……っと?
リメラリエの思考が停止した。アキリアは特に意図して言ったわけではないだろうが、リメラリエは心臓が早鐘を打つのを感じる。
(やめて欲しいこう言うの……!)
アキリアにはこう言う、ちょっと人を無意識にときめかせる傾向がある。いくら恋愛脳が枯れている前世の記憶を持つリメラリエでも、そんな言い方と表情をされると勘違いしてしまいそうになる。
(落ち着け自分!知ってる!アキリア様は、騎士としての仕事として、城内で働く者たちの安全を守りたいと……)
そこまで考えて、スッと冷静になった。
(そうだった、アキリア様の班の担当は城内の警備よね。当たり前だった。危ない危ない)
「助けてくださったのがアキリアさまで、ホッとしました」
実際目の前に来てくれた騎士が知らない場合も、恐怖を感じたかもしれないと思った。知らない男に腕を掴まれたのだ。ごく近距離に騎士とは言え、知らない男がいたら、恐怖を感じただろう。アキリアだったから安心したのだ。
「……、それならよかったです」
アキリアは困ったように微笑み、またゆっくりと歩き始めた。
文官執務室に行くと、既に連絡が入っていたのか、メディスが出迎えてくれた。アキリアには目もくれず、リメラリエに近づき心配そうに声をかける。
「大丈夫か?」
「はい。資料遅くなってしまい申し訳ありません」
メディスはサッと資料を受け取りはしたものの、すぐに部下に渡してしまう。
「資料なんてどうでもいい。今日はもう帰りなさい。ファクトラン家の馬車を呼んでいる」
それは有難い申し出だったので、小さく頷いた。流石にこのまま仕事をするのは無理そうだった。
「……、私はこれで」
アキリアは少し頭を下げると来た道を戻っていった。彼の仕事はまだ続いている、当然だったが、離れていく姿を見ると、とても心が苦しいような気分になった。
そんな様子のリメラリエを見てメディスが呟く。
「もう手遅れだったか……」
リメラリエは、メディスに「アキリア卿はやめておきなさい」と言われたとき、なんと返して良いか分からずとぼけた返事を返した。何故ダメなのか理由が気になる自分と、無性に焦る自分がいた。
同じ大公子息なのに、なぜアキリアはダメで、ザイは良いのか。大変さとは何をさすのか。
でも、リメラリエはこの間のザイの自己紹介で、なんとなく予想していた。覗いてしまったアキリアの記憶と合わせるとわかる。
だから茶化して話を終わらせた。
城でアキリアと再会したとき、嬉しく感じている自分がいた。意外な姿を見れたのも楽しくて、もう少し知りたいなと思った。だから、この2週間ほど会えなかった間は残念な気持ちになっていた。
そんなことを思いながら、リメラリエはそれを口には出さない。共に馬車を待ってくれるメディスには全然考えていたこととは違うことを聞いていた。
「サヴァトランの赤髪は、もしかしなくてもリヴァランの血ですか?」
唐突な質問にメディスは眉を寄せた。しかし、リメラリエの身に起きたことを知っているのだろう、軽く頷く。
メディスも自分の赤髪を引っ張りながら答える。
「サヴァトラン家は、もとはリヴァランの地域に住んでいた者たちがこちらに移り住んだのがはじまりと言われている。まぁ、しかし、トランドール建国前の話だし、今はそこまでの濃い繋がりはないだろう。リヴァランと言う姓から、大公を賜った際にトランドールの名を一部貰い受け、サヴァトランへ改名したとされている」
「なるほど」
赤い髪は魔力の証でもあるのかもしれない。そんなことを思うが、自分は蜂蜜色の髪だ。
「髪の色と魔力は無関係ですか?」
「赤はそうだろうが、何事にも例外はつきものだ。赤くても魔力なしの場合も大いにある」
おそらくサヴァトラン家には魔力を持たず生まれてくる子もいるのであろう。
「なるほど」
メディスは大きくため息をついた。
すみません短めな上に予約投稿忘れてました…




