13
頭が割れるように痛い……。
遅刻なんて初めてだと思いながら、騎士団長室から宿舎の方へ戻る道を歩いていた。ザイと共に団長から遅刻と飲み過ぎについてこっぴどく叱られた。
きっちりした騎士服を着ているのもしんどい……。重たい体と頭をなんとか動かしながら歩く。
「お前のせいだぞ……」
恨みがましく言ってくるザイを睨みつける。
「誘ったのは俺だが、最後にあんな飲み方するからだろ」
「あれはお前も好きでやったんだろー!」
ザイの大きな声が耳に響き、頭が痛い……。
「大声だすな……」
すると、後ろからくすくすと笑う女性の声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこにはリメラリエがいた。昨日と同じように本を抱えて、面白そうに笑っている。
「騎士なのにやけに酒くさい二人組だなぁと思ったらアキリア様だったんですね」
まさか昨日の今日で会うとは思わず、アキリアは穴にでも入りたい気分になった。しかも頭痛が酷い。何も返せずにいると、素早くザイが反応した。彼女がそうだと理解したのだろう。
「私は、アキリアの同僚のザイ=ニルドールです」
ちゃっかり挨拶してみせるザイを睨みつける。リメラリエはニルドールと言う家名に首を傾げる。
「失礼しました。私は、リメラリエ=ファクトランです。お二人は、ご兄弟?ですか?」
「まぁ、家系図的にはそうなりますが、血は一切繋がってないですよ」
ザイの言葉にさらに不思議そうな顔をしたため、アキリアが言葉をつけたす。
「私の方が養子なんです」
「そうだったんですか。でも仲良さそうでいいですね」
おそらくアキリアたちが言い合っている様子も見ていたのだろう、思い出したように笑う。
「アキリア様がお酒を飲むこと自体が意外だったんですけど、旅の間我慢されてたんですね……ごめんなさい」
旅の間は食事の時も一切お酒は飲まなかった。それは護衛として当然のことであり、リメラリエに謝ってもらう必要はない。
「いえ、それは当然のことなので」
「でも、お好きだったのでは?二日酔いになるくらい飲むぐらいですから」
リメラリエはどうもこの二日酔いかつ酒くさい騎士がツボにはまったのか、ことあるごとに笑い出す。
「あはは、ごめんなさい、なんかアキリア様ってきっちりかっちりなイメージだったんですけど、違ってて安心しました」
そのせっかくのイメージを壊したのはどうなんだろうと思いながら眉を寄せると、ザイが割り込んでくる。
「ファクトラン大公令嬢は、お酒好きですか?」
唐突なザイの質問に対してリメラリエはぱちくりと瞬きした後、笑顔で答える。
「はい、好きですよ。家にいいお酒がいっぱいあるんですよね。ニルドール家もそうじゃないです?」
大公家ともなると、自分達で買うだけではなく貰うことも多い。
「うちもそれなりにあると思いますけど、ほとんど父が管理してて私たちには当たりませんよ」
「そうなんですか。父があまり飲まないので、ありがたく頂いています」
ふふと笑うリメラリエに、アキリアは言葉に詰まる。
「今度一緒に飲みませんか?」
にっこり笑ってそう言ったザイの言葉にアキリアは驚いて彼を見る。ザイはアキリアと目を合わせるつもりはないのか、リメラリエだけを視界に入れている。
「ニルドール卿とですか?」
不思議そうに首を傾げるリメラリエに、ザイは視線をあくまで話さず、指でアキリアを差す。
「アキリアも一緒に。父からいいお酒貰ってきますよ」
にこにこと表情を作るザイに、リメラリエはすこし考えて、にこりと笑って答えた。
「そうですね、良いお酒であれば、飲みましょう」
彼女のその返事のあと、リメラリエとは分かれた。この間も同じ方向へ向かってたことを考えると、城内の図書室へ行っているのだろう。そんなことを思いながら見送る。
「アキリア、良い酒手に入れるぞ」
「は?あれは断り文句だろ?」
ザイの言葉に呆れるが、彼はそうは思ってないらしい。
「いや、あれは本当にいいお酒なら乗ってくれるぞ。酒好きだ」
「どんな確信だよ……。彼女だって、旅の途中に飲むことはなかったぞ」
「お前が飲まなかったからじゃないか?」
そう言ったザイに、アキリアは答えられなくなる。そう言われるとそうかもしれない。一人だけで飲もうとはきっと思わないだろう。
「とびっきりのやつな」
そう言って笑うザイの様子はとても自分と同じ二日酔いには見えなかった。
「お前が飲みたいだけじゃないのか」
「それもある」
笑いながら言うザイに、まぁそれもいいかとアキリアも思った。二日酔いのせいかもしれない。
***
文官執務室。
リメラリエが図書室から戻ると、数人の文官が目を向けたが、さっと目を逸らされる。この半月でこの態度にも慣れてきた。
リメラリエが文官補佐になったのは、当然ながら異例なことだった。男性ならまだわかるが、女性であり、行き遅れの変わり者。なぜ彼女が文官補佐などになれるのかと誰もが思っているに違いなかった。
「依頼された資料です」
しかしリメラリエが堂々嫌がらせを受けたりすることはほぼなかった。それはこの上司、メディス=サヴァトランのおかげに違いなかった。
「あぁ、ありがとう」
メディスはリメラリエが文官補佐として入ってくるとすぐ、計算が得意であることは知られていたため、良いように計算機として使い始めた。魔力を見込まれて入ったはずなのにおかしいと思いつつも、やれる仕事があるのはいいことだ。
当然計算ができるのは、前世の記憶のおかげだった。九九や筆算はなんて便利なんだ。
リメラリエは、旅を終えると働きたいと考えた。やりたいことは終わった。旅をしたことで、自分は案外今の家族が大事なのだと理解した。どうすることが、一番家族のためになるのか、本当は結婚してどこかに嫁ぐのが一番の親孝行だとは思ったが、すでにこの年齢や社交界に飛び交う噂を払拭することもできないなと思い、働きたいと言い出した。
父は「侍女に」と言ってくれたが、リメラリエは魔力を活かせるところで働きたいと言い、父を大いに困らせた。
しかし、父はかつてリメラリエの魔力の教師をしてくれていた人に頼み、文官補佐と言う仕事を得てきてくれた。
(お父様は優しすぎよね)
自分の我儘に全力でいつもどうにかしようとしてくれる父は本当に優しかった。
旅から帰ってきたリメラリエに対して、父は本当にホッとしたようだった。後から聞いた話では、この旅が終わると、リメラリエは"死"を選ぶのではないかと、不安に思っていたらしい。そのため、アキリアにも死を選ぶようなことをした場合は、何としてでも止めてほしいと、伝えていたようだ。
あまりにもリメラリエの態度は、死に対して抵抗がなく、生に対しても無頓着のように思えたらしい。
ついでに父からは常識を身に付けて来るように言われている。少し気になったことがあったので、質問してみた。
「メディス卿」
「なんだ?」
「男性から飲みに誘われた場合はどうするのが一般的ですか」
唐突な質問にメディスは怪訝そうに資料から顔を上げる。
「城内で誘われたのか?君の身分も知らず?」
リメラリエは文官補佐などをやってはいるものの、大公令嬢に変わりはない。
彼らはリメラリエの身分を知っている。
「いえ、名乗ったので知ってはいますね」
メディスの表情が「は?」と変な表情に歪む。彼は高位貴族なのにこう言うところがあり、面白いなと思う。
「身分の高い女性を安易に飲みに誘うやつなんかいない」
リメラリエも確かにそうかもと思い頬に手を当て首を傾げてみる。
「事実あったので、対処法について聞いているんですけど?」
メディスに眉間の皺が深く刻まれた気がした。けれど、リメラリエは特に怯まない。
「……、君の身分を知ってもそんな誘いをしてくるなら、ただのバカか、よっぽどの身の程知らずか、君と同等の身分がそれ以上だろ。いずれにしても、下心ありだから、放っておけばいい」
「そう言うものですか?」
なるほどと思いながら頷く。その様子のリメラリエを不審に思ったのか、メディスがさらに眉を寄せて聞いた。
「……なんて答えたんだ?」
メディスは、リメラリエが答えを相手に伝える前にこんなことを聞いてくると思っていない。すでに答えた後に、なんとなく聞いてみただけだろうと理解している。
「良いお酒であれば飲みましょう、と」
「バカか君は!」
大声で怒鳴られた。心外だ。
「いやー、だって、いいお酒貰ってきますって言われたら飲みたくないですか?」
当たり前の解答では?と思っていると、メディスが、呆れたように大きなため息をついた。
「いいお酒に釣られる大公令嬢がどこにいる」
「ここに」
胸を張って答えるとさらにため息をつかれた。
「君は昔からおかしいと思っていたが……、やっぱりおかしい」
「まぁ!褒め言葉と捉えておきますね」
あっさりそう言って返すと、メディスはさらに大きなため息をつく。
「……誘ってきたのは、アキリア卿だろう?」
「いえ?」
「違うのか?」
不審そうに尋ねられるが、誘ってきたのはアキリアではない。
「ニルドール卿です」
「同じじゃないか」
「いえ。ザイ=ニルドール卿です」
「あぁ、……。君はザイ卿とも知り合いなのか?」
「今日初めて話しましたね」
「それで誘いに乗ったのか?」
「良いお酒があることが条件です」
「バカか!!」
心外だ……。
その後は仕事中にも関わらず貴族の令嬢とは、淑女とはを延々と聞かされた。頭痛い。
メディスの初回登場の口調を修正しています




