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 トランドール王国、騎士団長室に人影があった。

 室内の主であろう団長と思しき年嵩の男性。よく鍛え抜かれた体が服の上からでもよくわかる。左頬には大きな傷跡が見て取れる。

 その表情は、なんとも言えない困ったような顔をしていた。

「アキリア、頼まれてくれるか?」

 アキリアと呼ばれたのは、30前後と思われる銀色の髪に深い青色の目をした男性。黒い騎士服を着て、腰に剣を携えていることからも、彼も騎士の一人なのだろう。

 そういわれたアキリアは、少し腕を組みなおす。

「ちょっと、言われた意味がわからないのですが……」

「私もそう思う」

 困惑した表情のアキリアに、団長自身も深くうなずいた。

 団長が言った依頼内容は要約するとこのような内容だった。

 

 大公家の令嬢が、旅に出たいためその護衛を一人騎士団から出してほしい。

 信用のできる腕の立つ者を頼む。


 このトランドール王国には、四大公家が存在している。建国当初より、王に忠誠を誓い、支えてきた者たちであり、彼らは遠い昔血を分けた血族であるとされている。そのため、いずれの家名にもトランドールの名を一部持つとされている。

 事実、現存する四大公家の名前はファントール、ニルドール、フォクトラン、サヴァトランと言う。

 各大公家は、それぞれ役目を持っており、互いに牽制しあうことが目的とも言われている。


 そんな大公家の1つ、フォクトラン家からの騎士団への依頼だった。

 フォクトラン家の令嬢が旅に出ると言うのだ。その護衛を一人騎士団から出せと言う。


「……、令嬢が旅ってどういうことですか?」

「詳しくはわからんが、お前は聞いたことないか?フォクトラン家の変わり者の令嬢について」

 少し頭の記憶を巡らせると確かに聞いたことがあった。

「あぁ、……確か、……社交にも出ない、行き遅れの令嬢……だったか」

「そうだ、その令嬢だ。その令嬢が旅に出ると言っているらしく、護衛を騎士団から出せと言っているんだ」

「フォクトラン家だったら、自分のところでも優秀な騎士ぐらいいそうですけど」

「そう思うよな。私もそう思うが、断ることもできん」

 そして、団長は、アキリアの肩をガシッとつかんで頭を下げた。

「すまんが、行ってきてくれ」

 アキリアは少し目を細めて、いやそうな顔をした。


「なんでオレなんです……」

 団長は大きなため息をついて首を横に振った。

「相手は、大公家の令嬢だぞ。間違いがあってはならん!この騎士団で大公家に釣り合うのは、私の息子しかいない」

 トランドール騎士団の団長を務めるのは、やはり大公家が1つニルドール家の者であった。

「オレは養子ですけど。ザイはどうしたんです」

「あいつは信用ならん!!」

「自分の息子捕まえて何言ってるんです」

「ザイに任せるぐらいなら私が1か月間騎士団を離れる!」

 力強くこぶしを握られそこまで言われるとさすがにこれ以上強くは言えなかった。少しだけため息をついて首を横に振った。

「さすがにそれはやめてください。行きますよ、オレが」

「……、すまんな」

 団長は申し訳なさそうにそういうと困ったように笑った。

「旅に必要なものは騎士団で準備するから、リストにしておいてくれ」

「わかりました。……、ところで令嬢はどういう方なんですか?」

「あぁ、令嬢は、フォクトラン家の長女、リメラリエ嬢だ。今年、26だったか……?噂通り、未婚で、まったく社交に出ない令嬢だからな、私も彼女のデビュタントの時に見かけたぐらいだ。その時の印象だと、怯えていてか弱い感じに見えたがな……」

「そうですか……。ちなみにその旅の目的地はどこなんです?」

 アキリアの言葉に団長が壮大に目をそらし、ぼそっとつぶやいた。


「魔樹の森」


 令嬢の旅と聞いたため、大した目的地ではないだろうと思っていた。

 どうせ隣街や、せいぜい隣国、その程度だろうと高をくくっていたのだが、団長の口から発せられた言葉に思わずアキリアは間抜けた声を出した。


「……は?」


***



 フォクトラン大公家、客間の1室。

 団長に言われ、顔合わせのためにアキリアは護衛騎士としてフォクトラン大公家の屋敷を訪れていた。騎士としての正装をして、客間に通されたまではよかった。侍女がお茶を入れてくれ、大公や令嬢が現れるのを待っていたのだが……。

 

 少し遠くの方からドタドタと騒がしい音がし始めた。

(何か緊急事態でも起きたのか……?)

 それは次第に近づいてきた。


 バタン!!!


 大きな音がして、同時に客間の扉が開いた。

 アキリアはゆっくりとティーカップをテーブルに戻し、そちらを見た。

 

 そこにいたのは、蜂蜜色の緩やかな波打つ髪に、深い緑の瞳を持った女性だった。装飾の少ない瞳とよく似た深緑色のシンプルなドレスを着た彼女は、アキリアを見て、にっこりと微笑むとこう言い放った。

「どうぞ、お帰りくださいませ」

 その後ろを慌てたように、同じ髪色の年嵩の男性が止めに入ろうとしたのが見えた。

「リメラリエ!!!」

 アキリアに帰るように言った彼女とは正反対に焦ったように男性がアキリアを見る。

「申し訳ない、娘の言うことは無視してくれたまえ」

 男性のことは見たことがあった。この人がフォクトラン大公なのは間違いない。アキリアは気にしないように、立ち上がると簡単に挨拶をした。


「騎士団から派遣され参りました、アキリア=ニルドールです」

 アキリアが少し頭を下げると、大公は少し目を見張ったようだった。アキリアは口を開かせないために、自ら口を開いた。

「フォクトラン大公令嬢の旅の護衛として派遣されたと思っておりましたが、違っておりましたでしょうか?」

「い、いや、合っている」

 しかし大公の言葉に被せるように令嬢の声が上がる。

「合っていません。私は護衛などいらないと何度も申し上げました」

「旅に出るのに護衛もつけないやつがどこにおるか!」

「ここにおりますけど?」 

 令嬢は自分の胸に手を当て、堂々と答えて見せる。あまりに自信満々で笑いそうになる。


 どうやらこの依頼は大公の独断であって、令嬢が望んだものではなかったようだ。令嬢の方は全くと言っていいほど必要としていなさそうだった。令嬢と大公が何やら言い合っているが、決着がつきそうになかった。アキリアは口を出さない方がいいと判断し、黙ってその様子を観察していた。

 ほとほと疲れている様子の大公と、堂々と自身の父親に言い返す令嬢は、団長からの事前情報「怯えていてか弱い」とはかけ離れてるようだった。

(まぁ、団長もデビュタント以来と言ってたから10年前ぐらいか……)

 10年という月日に、アキリアは目を伏せた。


 人は10年もあれば大きく変わる。

 立場や生き方も、居場所も。


 そう考えると、団長からの情報との差異もどうという話でもないなと思った。

「出直しましょうか」

 アキリアがそう言葉をかけると、大公はバッと振り向き「それはいかん!」と声を上げる。しかし、令嬢は鉄壁の微笑みで「ええ、お願いします」と答えた。

(……、どうにもならないな)


 ずっとここの客間で時間をつぶすのもな……と思い、アキリアは仕方なく令嬢の方に声をかけた。

「フォクトラン大公令嬢」

 アキリアの声に、令嬢は大公の言葉を無視し、そっと振り返る。

「なんでしょう」

「令嬢は、旅に出られたことがあるのですか?」

 情報収集は必要だと思っていた。令嬢は何のために旅に出るのか、なにが目的なのか、目的地は団長から聞いた場所であっているのか。そもそも貴族令嬢が旅に出るということ自体が珍しい話だ。どこか旅行や避暑というならまだしも、旅である。貴族令嬢が好んでやることではない。

「いいえ、ありません」

 令嬢ははっきりとした声でそう答えた。アキリアはその言葉に内心驚いた。てっきり過去に実績があるため、ここまでかたくなに護衛を拒んでいるのかと思ったのだが、そうでもないようだ。

「では、何故護衛が必要ないと?」

 アキリアの言葉に令嬢は首をかしげて、困ったような顔をした。

「その辺のごろつきに負けたりしませんけど?」

 彼女の言葉に今度はアキリアが首をかしげる。「その辺のごろつきに負けない」とはどういう意味なのだろうか。剣や武術の心得があるということなのだろうか?と思ったが、その答えは大公がくれた。


「ニルドール第2騎士長」

 静かにそう呼ばれ、大公に視線を向ける。どうやら彼はアキリアの騎士団での身分を知っているようだった。


 騎士団の中には、第1から第3までの班に分かれており、そのうちの1つをアキリアは任されていた。1つの班は約20人前後であり、アキリアがいない間は副長と呼ばれるものが、班を取り仕切ることになっていた。

「はい」

 返事を返すと大公は静かな瞳でこちらを見ていた。アキリアは何となく試されているような気になり、その目をそらさないように気を付けた。

 しばらくの沈黙のあと、大公は口を開いた。


「……、あまり知られていないが、リメラリエは、魔力持ちだ」

 その言葉に、アキリアはなるほどと思った。

 魔力持ちであれば、話は早い。ただ、魔力を持っているだけでなく、令嬢は使いこなすこともできるということなのだろう。だから彼女は、「その辺のごろつきに負けたりしない」と言い切ったのだ。


 この国に魔力持ちは少ない。今でも魔力の保持を自称し、能力を利用しているのは四大公家の1つ、サヴァトラン家ぐらいだ。サヴァトラン家は昔から魔力持ちが多く生まれる家柄であり、その能力が絶えないように能力が高いもの同士の結婚を優先させると聞いたことがある。


「そうですか。しかし、魔力と旅は別問題です」

 そのアキリアの言葉に、今度は令嬢は目を細める。

「盗賊や暴漢からは身を守れたとしても、道中の自身の体力や、行先までの道順、休憩する場所の確保などはどうでしょう。すべてを魔力でどうにかできるわけではないと思いますが」

 

 魔力とは、自然界に存在する生命エネルギーを利用し、別のエネルギーへ変換することができる補助的役割を持つものだと聞いたことがある。つまり魔力は万能ではない。なんでもできる力ではないため、すべてを魔力で解決というわけにはいかないはずだ。


 アキリアの言葉に令嬢は少し考えているようだった。

「身を守るだけが護衛の役割ではないです。旅に出られたことがないということであれば、大公のご心配も尤もかと」

 むしろ旅になど出てほしくないのではないだろうか。それを許したのはあくまで護衛を付けるのが前提だったのではないだろうか。

 変わり者と世間から言われていようが、大公にとっては大事な一人娘なのだろう。


 令嬢は大きくため息をつくと、負けましたという顔をした。

「……、わかりました。護衛はつけてください」

 大公にそう言うと令嬢はアキリアを見た。

「名乗るのが遅くなり大変申し訳ございませんでした。フォクトラン家の長女、リメラリエです。ニルドール様、申し訳ありませんがよろしくお願いします」


 こうして、アキリアの護衛としての仕事は確定したのだった。

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