三角形な奇妙な日常23
「おい!」と背中に声が掛かる。
振り返ればポチが腕組をしながら立っていた。
「口寄せ」
ぶっきらぼうにポチは言う。
寝起きで少々おぼろげな記憶をまた探れば、そう言えば、季夜の口寄せを今日してやる約束をした様な、しない様な。
どちらにせよ、だかしかし、だ。
「悪い。今は無理だ。大学の講義に遅刻する」
歯磨き粉の泡まみれの口を動かして何とかそう言うとポチから、「はぁ?」と実に面白くない返事が返って来た。
「だって、約束したのに」と手を振り上げてポチは言う。
まるで駄々っ子だ。
俺は口の中の泡を洗面台の中に吐き出すと「絶対に遅刻も出来ないし、休む事も出来ない講義なんだ!」と早口で言った。
早く口をゆすごうと洗面台の蛇口を捻る。
どばどばと出て来る水を手のひらに受け止めて手のひらに溜った水で口の中をゆすぐ。
そうしている間にもポチは「約束したのに!」と文句を垂れ流してくる。
口をゆすぎ終わった俺は、今度は滅茶苦茶の髪の毛を寝癖直しを駆使して整えながら「悪いって! 帰ったら口寄せするから!」とポチの方を鏡越しに見ながら言った。
これも早口。
「いつ帰って来るんだ?」
そう訊ねられて今日はアルバイトがある事を思い出す。
「えーっと、夜の九時過ぎには帰って来る」と曖昧に答える俺。
「ええーっ」の後の大きなため息。
そんな声出されても仕方がない。
大学生の俺は大学に行き、苦学生故にアルバイトに精を出さなければならない。
それが俺の今の青春だ。
つい最近まで暗闇に満ちていた青春。
しかし今は季夜がいる。
俺の青春に再び光が戻って来た。
俺だって早くその青春の根源の季夜に会いたい。
けれど大学も卒業しなければいけないし、生活費も稼がないといけないのが俺の現実なのだ。
髪の毛が何とか整うと(凄い寝癖で所々髪がまだ跳ねてはいるが)俺は着替えをする為にポチの横をすり抜けて部屋へ戻った。
ポチが俺の後をついて部屋の中に入ろうとするのを、「これから着替えるから」と言って部屋の入り口の前で止めた。
「何だよ、着替えくらい。お前、男だろ。見られて困る事何て何も無いだろ」と言って口を尖らせるポチ。
「男でも、俺はデリケートな方の男なんだ。だから俺が着替えるまで此処で待ってろ。家主の命令だ」
うっ、とポチが声を漏らす。
「家主……分った」
多少不服そうな顔をしてポチは言う。
俺はそんなポチをこの場に残して部屋に入るときっちりと扉を閉めた。
「ふぅっ」と息を吐き出すと速攻に着替えをする。
時間が無いから適当にシャツやズボンを履いて、パーカーを羽織る。
鏡なんてものはこの部屋には無いから自分がどんな風に映るか分からないが、取り敢えずは外に出られる姿をしているはずだ。
リュックに今日の講義の教科書やら何やらを詰め込み、部屋のデジタル時計に目を向ける。
もう何か食べている時間は無い。
俺は素早く廊下に出た。
廊下には不貞腐れた顔のポチがいた。
ポチは俺の姿を見るなり、「センス悪い」と言う。
けっ。
ほっとけ。




