三角形な奇妙な日常14
講義の終わりを伝えるチャイムの音と共に教室に響いた季夜の間の抜けた声。
みんなの注目を季夜は集めた。
「それで、教授が、多田野君、どうしたんだい? って季夜に訊いて、季夜はこう答えたんだ。講義を忘れてましたって」
教室中に笑いが巻き起こった。
教授の前で言う台詞か? と思った。
こいつ、おかしいんじゃないかって。
「教授は何故か怒る事をしなかった。次は忘れないで下さいってそれだけで済ませた」
怒りっぽい、その教授が何故それだけで済ませたのか今でも不思議だ。
季夜のなせる業なのか。
「季夜は、講義が終わると俺に漫画を返してくれて、面白かったって。嬉しそうにさ。で、続き、持ってるの? って」
季夜に貸した漫画は続き物の一巻だった。
全巻で六巻分。
季夜に訪ねられた俺は、黙ってただ頷いたんだ。
「続きあるなら貸してくれよって、で、季夜は俺の名前を呼んだんだ」
なぁ、続きがあるならかしてくれよ、住原。
季夜に名前を呼ばれて、えっ、と声が出た。
季夜が俺の名前を知っているのが不思議だった。
人気者の頭の中に俺に関する情報があるなんて思いもよらなかった。
「それで、その日から季夜は俺の隣で講義中に漫画を読み始めたんだ」
「ふぅん」
漫画は全部で六巻だから、漫画が終ったら俺なんかもう見向きもされないんじゃないかと思っていた。
それなのに……。
「季夜は講義が終わると漫画の感想を俺に話してくれて。そうしてるうちに季夜の仲間が俺と季夜の所に来る様になって。気が付いたらみんなで俺の漫画を回し読みしてて。で、気が付いたら季夜達と一緒にお昼とか食べる様になって」
気が付いたら季夜は俺のかけがえのない存在になっていたんだ。
「漫画から始まって、それから……だ。自然と仲良くなってた」
あの頃、俺は兎に角、季夜に面白がってもらう事に夢中だった。
そうしていないと季夜が俺から離れてしまうんじゃないか、と思った。
多分、そんな事しなくても季夜は俺の隣にずっといてくれたはずだ。
今なら分かる。
自分の手元を見る。
俺の手はラーメン丼ぶりの中の麺を追うのを知らずに止めていた。
「なるほど。何か、もっとドラマチックなのを期待してた」
ポチの台詞に俺は思う。
俺には十分にドラマチックな出来事だったんだと。
しかし、そんな事恥ずかしくてとても言えない。
俺の話が終わるとまた俺とポチの間に無言の時が流れる。
そんな時間が何だか怖くて俺は口を開いた。
「お前は……どうやって季夜と知り合ったんだよ」
俺はポチの顔を見ずに何となくそう言っていた。
言って思った。
あの季夜に限ってナンパなんて有り得ない。
それに、こんな子供みたいな子に声を掛けるとはとうてい思えない。
それこそ、ドラマチックな何かが無ければこんなやつと季夜は出会わないだろう。




