奇跡2
仲間の輪の中から抜けようと思っていた俺を。
季夜がいなければ一緒にいても意味が無いと思った俺の事を。
心配して、声を掛けてくれた。
何だよ、それ。
じわりと何かが込み上げて来た。
温かくて苦いもの。
俺はそれを飲み込んだ。
そうしないと何かが零れそうだったからだ。
「ありがとう。あのさ……」と俺。
「ん?」
仲間が瞬きをする。
「あの、俺と季夜。何か約束とかしてたかな?」
俺の台詞に仲間は首を横に傾げた後、強く目を瞑った。
そして目を開き、「分からない」と力なく言った。
「そうか。ありがとう。山野」
出来るだけ明るい顔を作って俺は山野に言った。
全ての講義が終わった。
俺は仲間達の下へと行き、話をした。
何の話をしたかと言えば、まあ、何でも無い話しだった。
誰も季夜の事には触れずに、明日の講義の事とか。
それで、じゃあな、と言って別れた。
去り際、仲間達が揃って、「また明日な!」と言ったのが、何だか堪らなかった。
大学を出て何処へも寄り道せずに真っすぐアパートへ帰る。
冷えた手で錆びついた玄関ドアを開ける。
部屋は寒くて静かだ。
赤い色の小さなヒーターを付けた。
カップラーメンに注ぐお湯を沸かした。
やかんから吹き出る白い煙を吸い上げる換気扇の回転は頼りない。
俺は、しばらく白い湯気が換気扇に吸い込まれていくのを眺めていた。
やかんが、じわじわと音を立てた。
はっとしてコンロの火を止めた。
そして、やかんから直接カップラーメンに湯を注いだ。
カップラーメンを小さな折り畳み式の座卓へと運び、カップラーメンの蓋の上に箸を揃えて載せた。
座卓の前に座り、ふぅっと一息。
棚の上にあるデジタル時計に目を向ける。
三分は長いな、と思った。
季夜との約束の事をまた考える。
それしか考える事が浮かばない。
考えているうちに十分経って、俺は慌ててカップラーメンの蓋を開けた。
カップラーメンの有様に俺は眉を顰めた。
俺の思考が再び季夜との約束について動き出す。
「何だっけ、約束した……よな」
段々と確かにそんな気がしてきた。
俺はやや伸びた麺を啜りながら考え続ける。
約束破ったら針千本だぞ。
夢の中で季夜はそう言った。
この台詞……。
「ああっ!」
俺の口から麺が飛び出る。
折り畳み式の座卓の上に口から出た麺が横たわった。
しかし、そんな事は気にしていられない。
約束破ったら針千本。
確か、現実でも季夜は俺に同じ事を言った気がする。
いつ?
何処で?
何時何分何曜日?
地球が何回回った日だ?




