別れ13
「論より証拠よ。今日は疲れたでしょうから、明日にでもやってみなさい。いい? 多田野さんの魂を呼び寄せられるのは一日一回、五分間だけよ。きっかり五分よ。そして石の力の効果は石を使ってから十日間しかもたないの。十日を過ぎればあなたの体に多田野さんの魂を口寄せる事は出来なくなるわ。忘れないで」
占いの館からの帰り道。
しつこいくらいに降り続けていた雨はすっかりと止んでいた。
俺は全身に疲労感を感じていた。
どこをどうやって帰ったのか、疲れた体を引きずって、一人暮らしのアパートに帰り付いた時には棚の上のデジタル時計が夜の十時過ぎだという事を示していた。
ベッドに、どさり、と倒れ込むと、もう起き上がれなかった。
俺の頭を今日あった出来事がレコードの様にくるくると回る。
大学に行って、大学を出て、雨の街をさ迷い歩いて。
その道から見上げて見た星の無い空。
それから、占いの館での出来事。
俺は握りしめたままの手のひらを開く。
涙型の石が付いたネックレスが布団の上にポロリと落ちる。
俺は、それを指で摘まむと暗がりの中、眺めた。
手の中の石の感触を確かめると、ひやりとしていた。
季夜の魂を俺の体に呼び寄せる力があるという石。
「馬鹿馬鹿しい」
そう口にしながらも、俺はネックレスを離さずに、握りしめたまま目を閉じた。
眠りは直ぐに訪れた。
俺は夢を見た。
夢の中で俺は季夜と一緒だった。
前を歩く季夜を追いかけている。
季夜はのんびりと歩いているというのに俺は中々、季夜に追いつけない。
「おい、季夜、待て!」
そう叫ぶと、季夜は俺の方を振り向いて立ち止まった。
俺は季夜の方へ駆け寄る。
季夜との距離は大分開いていて、ようやく季夜の側に着いた時には俺は、ぜいぜい言いながら肩で息をしていた。
「遅いよ、住原」
季夜が言う。
「お前の方こそ、歩くの早いんだよ!」
俺が言ってやると、季夜が笑った。
「なぁ、住原」
「何だよ」
「約束、守れよ」
「約束?」
「約束、しただろ」
約束。
約束って何だ?
俺は考える。
しかし、どんな約束だったのか思い出せない。
「約束ってどんな約束だっけ?」
しょうもなく訊く俺に、季夜は笑顔のままで「約束破ったら針千本だぞ」と言って、また歩き出す。
俺は季夜の後を追う。
季夜との距離がどんどん遠くなる。
季夜はただ歩いているだけなのに、どんどん距離が開いてゆく。
俺は走り出した。
しかし、季夜は遠ざかって行く。
「季夜!」
名前を呼ぶが、もう季夜は振り返ってはくれなかった。




