伯爵夫人ミーアと娘ペル
オレと師匠は南の大陸オセアンから行くことにした。
「師匠。結構距離がありますが、また飛んでいきますか?」
「そうだな。人族と交流がないようだし、仕方ないな。」
“そうだ。カゲロウにも声をかけないと。”
そんなことを考えていると、カゲロウが突如俺の肩に現れた。
「急に現れたら驚くだろう?」
「すみません。シンさん。」
「そうだ。南の大陸オセアンに行くんだけど。」
「もう。私は様子を見に行ってきましたよ。」
「そうなの?!」
「はい。気になることがありましたから。」
「気になることって何?」
「獣人族は元々精霊の子孫です。つまり妖精族なんです。昔は、獣人族やエルフ族、魔族とともに人族とも仲良く暮らしていましたが、いつも間にかシン様やナツ様の大陸と同様に人族に奴隷にされたり、軽視される存在となって行ったのです。そこで、この大陸の獣人族は南の大陸オセアンに渡って、閉鎖的な生活をするようになりました。」
「どこの大陸でも同じことが起こっているんだな。」
「ところが、最近古代遺跡が発掘され、現在オセアンを支配しているジャング国王が人族の大陸を征服しようとしているのです。」
「獣人族の他の人達もみんな賛成しているの?」
「中には反対する者達もいるようですが、国王に逆らうことはできませんから。」
「カゲロウ。オレと師匠を連れて転移できるか?」
「はい。」
「師匠。行きましょう。オセアンに。」
「分かった。ただ、人族の姿で行くと怪しまれる可能性がある。シン、お前は子どもの犬獣人の姿になれ。私も犬獣人の姿になる。」
「はい。はい。わかりましたよ。」
オレ達は犬獣人に姿を変え、それから、3人はオセアンに転移した。
オセアン大陸の最北端の浜辺に転移したオレ達は、今後のことについて話し合った。オレと師匠は街を目指すことにして、カゲロウはこの国のことをさらに詳しく調べることとなった。
オレと師匠は浜辺から街につながる道を探した。浜辺には、漁船が何隻もあり、道も複数あった。すると、猿獣人族の男性達が網を持ってやってきた。
「すみません。迷子になったんですが、街に行くにはどの道を行けば近いですか?」
「こんなところで迷子かい? 珍しいな。俺達が来た道が一番近いぞ!」
「ありがとうございます。」
道は森の中に繋がっている。案内された道を歩いていると、様々な野生動物やカラフルな小鳥達がいた。木にはバナナやヤシの実のようなものもある。
「師匠。これ食べても大丈夫ですかね?」
「最初にお前が食べてみろ!」
オレはバナナのような実を1本とって食べてみた。すると、触感はバナナなのに味は柿だった。意外と旨い。
「どうだ? シン。」
「旨いです。最高です。」
師匠も1本とって食べ始めた。すると、前方から大型の蜂が攻撃してきた。
「シン。こいつ、この実を狙ってるぞ!」
オレは刀を取り出し、一刀のもと切り捨てた。すると、森の中から蜂の大群が襲って来た。誰に見られているかわからないこの状況で、魔法は使えない。オレと師匠は近くを流れる川の中に飛び込んだ。
しばらく川の中に潜んでいると、蜂がいなくなったので、オレと師匠は川から上がり、ずぶ濡れ状態で再び街に向かった。
街に到着すると様々な獣人達が混在している。ずぶ濡れのオレと師匠を見てほとんどの獣人達は、目をそらして通り過ぎていった。その中で、猫獣人の女性が声をかけてきてくれた。
「子ども連れなのにずぶ濡れで、どうなさったんですか?」
「森の中で、蜂に襲われて川に逃げ込んだんだ。」
師匠は姿を変えても話し方を変えることはできないようだ。
「大変でしたね。良かったらうちに寄って行ってください。」
猫獣人の女性は親切に自宅まで案内してくれた。猫獣人の家はかなり大きなお屋敷だった。
「奥様お帰りなさいませ。そちらの方々は?」
「お客さんよ。客間に案内してあげて。それから代わりの服を用意して、何か温かい飲み物でも出してあげてくれるかしら。」
オレと師匠は客間に案内され、用意された服に着替えた。蜂蜜入りの温かいミルクをいただいていると、ドアがノックされ猫獣人の女性が入ってきた。
「ありがとうございます。僕の名前はシンです。」
「私はシンの“姉”のナツだ。」
「あら、お姉さんだったんですね。ごめんなさいね。」
師匠は少しムッとした。オレが笑ってごまかしている。
「私はオスカ伯爵の妻でミーアいいます。」
「ミーアさん。本当に助かりました。ミルクもごちそうさまでした。」
「シン君達はどこから来たのかしら?」
「・・・・・」
「何か事情があるのね? いいわ。聞かないようにするわね。落ち着くまでしばらくここに泊まっていくといいわ。」
どうやらミーアはオレ達が誰かに追われていると勘違いしているようだ。なんか申し訳ない気持ちになる。
ミーアとオスカ伯爵の間にはペルという娘がいた。まだ7歳だ。翌日、オレ達が起きて食堂にいくとすでに伯爵達が起きていた。
「伯爵様。昨日はありがとうございました。僕はシンと言います。」
「感謝する。私はナツだ。」
「妻から話は聞いています。災難でしたね。私はオスカです。このキャッツの街の領主をしています。娘のペルの誕生日が近いので、服を買いに行くようですので、ミーアとペルと一緒に街を観光してくるといいですよ。」
「シン兄様は何歳ですか? 好きな方はいるんですか?」
どうやら、オレはペルに興味を持たれてしまったようだ。
「これっ! ペル!」
ペルは伯爵に注意されて下を向いてしまった。
みんなで朝ご飯をいただいた後、しばらく部屋で休んでから4人で街に出かけた。昨日同様に徒歩だ。護衛もいない。
「ミーアさん。護衛の方はいないんですね。」
「そうよ。この街は平和ですからね。郊外には魔物がいますが、狩人ギルドの人達が討伐してくれていますから、安心なんですよ。」
オレ達はみんなで街を歩いている。ペルは何故かオレと手を繋いで歩いている。最初に服屋によるようだ。
「今日はペルの服を買うんですよ。ちょっと待っていてもらえるかしら。」
「はい。僕達も店内を見学していますから。」
「シン兄様もペルの服を一緒に選んでください。」
オレはペルに手を引かれて店の中に入る。師匠は微笑ましいものを見るかのようにニコニコしている。
「シン兄様、これなんかどうでしょう。」
ピンク色のドレスだ。ペルによく似合っている。
「すごく可愛いよ。」
「お母様。これを試着したいです。」
「はい。はい。」
ペルが試着室に入って行く。中でもそもそしているようだが、着替え終わったようだ。カーテンが開いた。
「ペルちゃん。良く似合っているよ。すごく可愛いよ。」
ペルは真っ赤な顔をしてはにかんでいる。
「お母様。これに決めます。」
「他は着てみなくていいの?」
「はい。シン兄様がこれが似合うっておっしゃるなら間違いないです。」
ペルの服を買った後、喫茶店のような場所に入った。メニューを見るといろいろな種類の果実水があった。どれにしようか悩んでいると、ペルが話しかけてきた。
「シン兄様。このパイナルジュースがおすすめです。美味しいですよ。」
オレも師匠も同じものを頼んだ。酸味と甘みが丁度いい。
「ペルちゃん。これ美味しいね。」
ペルはオレの隣に座っている。
「そうでしょう。私の一番のお気に入りです。」
そこで師匠はこの国についてそれとなくミーアに聞いた。
ミーアからの情報によると、このオセアン大陸にはやはり獣人族しかいない。国も一つしかなく、ジャング国王が最高権力者だ。それぞれの部族の集合体のようなものはなく、全獣人族が部族に関係なく、様々な街や村で生活している。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士爵の貴族がいる。どうやら、大陸としては最も小さいようだ。
「ナツ姉様、お仕事は何をしているんですか?」
「僕も師匠も旅をしているので、特に決まった仕事はしていないよ。」
「変なの!」
「何が変なの?」
「 どうして、姉のことを師匠って呼んでいるの?」
「姉は僕にとってすべてにおいて師匠だからさ。」
「ふ~ん。」
すると、昨日浜辺で出会った漁師達が大きな声を上げながら街に飛び込んできた。
「大変だ―――――――! メガロドンが出た―――――!」
「師匠。メガロドンって何ですか?」
「巨大な海の魔物だ! 鋭い牙がたくさんあってクラーケンさえ襲うことがあるような獰猛な奴だ!」
「このまま放置すれば漁師に被害が出ますね!」
漁師達の声に街の住民達は大騒ぎだ。
「おい、メガロドンが出たんだってよ。」
「なら、当分海のものは食えなくなるな。」
「ああ、漁師達も船は出せんだろうからな。」
ミーアさんは店を出て街の人々に声をかける。
「皆さん落ち着いてください。相手は海の魔物です。街まで襲ってくることはありません。安心してください。」
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