マング王国の聖女アグネス
オレと師匠は領主の館まで来たが、警備がほとんどいなかった。恐らく、この街で反乱を企てるような者がいないのだろう。オレと師匠は、何の問題もなく敷地内に侵入した。
敷地は広く、庭の置物も豪華であった。まるで、どこかの城の庭のようだった。その後、屋敷内に侵入したが、オレも師匠も驚いた。今まで見たどこの城よりも豪華だった。置物もそうだが、ワイバーンのはく製まであったのだ。
使用人も多く、男性は執事のような服装をしていたが、女性はメイド服でなく肌の露出の多い服装をしていた。気になる事にメイド達の身体にはところどころにあざが見られた。
オレと師匠は暗闇の中、公爵を探したがどこにも見当たらない。魔力感知を発動すると、建物から反応がある。反応する場所に行くと、そこは書斎だった。だが、誰もいない。
「シン。耳を澄ませてみろ!」
「師匠。聞こえます。かすかに女性の声が聞こえます。」
「た・す・け・て」
オレと師匠が書斎をくまなく探した。すると、床下にどうやら階段があるようだ。オレが怪しげな銅像を動かすと、地下につながる階段が現れた。階段を降りていくと、女性の泣き声と男性の怒鳴り声が聞こえる。
「お・許・し・ください。」
「ダメだ! 許さぬ! 許さぬぞ!」
最奥の部屋のドアを開けると、ベッドの上に血だらけの裸の女性がいた。その上に馬乗りになるように、太ったオークのような男が拷問器具のようなものを持って上に乗っている。
「お前達は何者だ!」
オレも師匠も怒りがこみあげてきて我慢の限界を超えた。オレと師匠の身体から黒い翼が生え、漆黒のオーラが溢れ出す。
「化け物か?!」
「オレは魔王だ! 貴様は絶対に許さん! 楽に死ねると思うなよ。」
太ったオークのような男は、手に持った武器で殴り掛かってきた。オレは魔法を発動する。
「シャドウホール」
太ったオークのような男の周りに黒い霧が立ち込めていく。男の姿が見えなくなった。男は薄れていく意識の中で必死にもがいた。男が気づくと目の前にはゴブリンやオーク達がいた。ゴブリンやオークは男の手足を掴み自由を奪う。男が必死に抵抗しても無駄だ。体中を少しずつ、切り取られていく。男の象徴もだ。男は心から“殺してくれ”と懇願する。やっと死んだと思った瞬間、再び目の前にはゴブリンとオークがいた。再び同じ地獄が繰り返されるのだ。
「シン。お前もえげつない魔法を使うな。」
「こいつにはこのぐらいがいいんです。それより女性を保護しましょう。」
師匠が女性に『リカバリー』をかける。女性の傷はみるみる治っていく。最後に裸の女性に服を差し出した。女性は服を着た後、地面に平伏してオレ達を拝み始めた。
オークのような男は髪が真っ白くなり、抜け落ちている。すでに正気ではない。完全に精神が壊れた状態だ。
「シン。」
「はい。」
オレは刀で男の胸をついて殺し、女性を屋敷の外まで連れ出し解放した。その後、公爵の死体を中央広場に転ばせて。そこに立札を立てた。
“この者、悪党故、神が天罰を下した!”
翌日、街に行くと、バインド公爵が殺されたことが街中に広がっていた。街はお祭り騒ぎだ。いかに公爵が嫌われていたかがうかがえる。本来、必死に犯人の捜索をするはずの兵士達までもが喜んでいる始末だ。
オレと師匠は、その騒ぎを横目で見ながら森の中の小屋に行った。小屋の中ではすでに子ども達が起きて、元気に飛び回っていた。アグネスが仕事に出かけようとしていたので、オレはアグネスを呼び止めた。
「アグネスさん。今日は子ども達を連れて教会に行きませんか?」
「でも、仕事が。」
「恐らく仕事はどこもお休みだと思いますよ。」
「えっ?!」
オレと師匠はアグネスと子ども達と一緒に街の教会に向かった。街の中を歩いていると、公爵が殺された騒ぎが未だ収まっていなかった。
「シンさん。知っていたんですか? 公爵様が殺されたことを。」
「街のみんなが騒いでいたからね。」
「そうだったんですね。でも、一体だれが・・・・」
アグネスは何かに気付いたようにオレと師匠を見た。オレも師匠も惚けた。
「シンさんも。ナツさんも関係してないですよね。」
「そんなことより、早く教会に行くよ。」
オレは子ども達と教会の方にどんどん歩いていく。そして、教会の前に来た。思ったよりも敷地が広かった。みんなで教会の中に入ると、子ども達も物珍しそうにキョロキョロしている。少し奥には、女神様の像があった。恐らくエリーヌ様なのだろう。オレ達が銅像の前まで進もうとすると、何人かの司教が近づいてきた。
「ここはお前達のような汚れた子どもの来る場所ではない! すぐに出ていきなさい!」
「あの~、女神様に参拝したいだけなんですが。」
「そんな汚い格好で参拝など許されるものか! 早く出ていけ!」
すると、女神像の方から大きな鐘の音がした。女神像を見ると、目から血の涙が流れていた。周りの人々はみんな恐怖で顔が引きつっている。
「何があったんだ?!」
「どうした?!」
一際立派な服を着た男性が奥から出てきた。恐らく大司教だろう。血の涙を流す女神像の前で、必死に拝んでいる。オレは大きな声で言った。
「神は貧しき者にも平等に愛を施す存在だ! お前達のように人からの施しで贅沢三昧をする者に神を語る資格などない!」
「何を生意気なことを!」
「お前達には神の怒りが、神の悲しみがまだわからないのか!」
オレは全身の魔力と闘気を開放した。オレの姿は神々しい光に包まれていく。赤色の髪は逆立ち、金色の瞳は輝き始め、背中には純白の翼が出た。オレは、上に舞い上がりみんなに告げた。
「オレは精霊王シン=カザリーヌだ。神の使徒である!」
師匠以外の教会にいるものすべてがオレに跪く。
「お前達には神の心がわからぬか! この子達を見よ! 両親を失い、悲しんでいる暇もなく必死に生きようとしている。自分の食べる物も小さな子どもに分け与えるその姿を、そなたたちは汚いといった! 大人であり、聖職者のお前達がだ! 神の血の涙の理由が分かるか! 神は悲しんでいるのだ! 自分を祭る存在が、自分の気持ちを裏切る行為をしているのだ!」
「申し訳ございませんでした! 何卒お許しください!」
「大司教に聞くけど。」
「はい。」
「あなたはこの現実を知ってどう思います。」
「・・・・・」
「神はオレに告げた。“みらいある子ども達を救え”と。」
「はい。すぐにでも手配いたしましょう。」
「しばらくオレもこの街に滞在することにしよう。」
「わかりました。」
「師匠。」
「何?」
「師匠も本当の姿を見せてあげてください。」
ナツの身体から光が溢れる。ナツの背中には純白の天使の翼が出た。アグネスも子ども達も全員が驚いている。
「私はナツ=カザリーヌだ。シンと同様に神の使徒だ。」
「アグネスさん前に出て。」
アグネスが大司教達の前に出た。
「大司教さん。このアグネスさんは聖女だよ。」
「エ―――――――!!!」
アグネス本人が大声を上げて驚いている。
「エリーヌ様に聖女とともに子ども達を救うように言われたんだ。間違いないよ。」
大司教を始めとして司教達がアグネスに跪いている。
その後、オレと師匠は元の姿に戻り、アグネスと子ども達を連れて女神像の前に行った。オレ達が全員で女神像の前で拝み始めると、先ほどとは違い気持ちのいい鐘の音が聞こえてきた。そして、辺りには甘い香りが漂い始める。女神像の目から出ていた血の涙は消え、女神像から暖かい光が教会内全体を照らし始めた。
「女神様すごく奇麗。お母さんみたい。」
暖かい光は子ども達を包み込んでいく。光が収まると、子ども達の服がきれいな服に代わっていた。
周りでその様子を見ていた人々は、目から涙を流している。
「奇跡だ! 神の奇跡だ!」
オレ達は、子ども達を連れて森の家に帰った。
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