シンと師匠の休息日
オレと師匠はマング王国のチャック辺境伯の城近くまで一気に転移した。
「師匠。一応チャック辺境伯には報告しておきましょう。」
「そうだな。恐らく心配しているだろうからな。」
オレと師匠はチャック辺境伯に会うために城を訪ねた。門番に怪しまれたが、中から最初にあった執事が慌ててやってきた。応接室に通されると、すでにチャック辺境伯が待っていた。
「久しぶりですな。シン殿、ナツ殿。」
「今日は報告があってきました。」
「やはり、国境沿いの兵士達を追い返してくれたのはシン殿達でしたか。」
「ええ。それだけでなく、近いうちに発表されるでしょうが、チギト王国の国王が何者かに殺されました。平和主義者のデリー公爵が次の国王になるようです。」
「なんと?! それは本当ですか?」
「ええ、噂ですが、恐らく真実だと思いますよ。」
「もしかして、シン殿とナツ殿が何か関係しているんですか?」
「とんでもありません。」
「まっ。そういうことにしておきましょう。最初の約束ですから。お二人のことは詮索しませんよ。」
「ありがとうございます。」
「これからどうされるんですか?」
「この国を観光して回ります。」
「この国の悪を退治するおつもりなんですね!」
「いいえ。観光ですよ。単純な観光です。」
「そうですか。なら、この国の西に行くとよろしいかと思いますよ。二人が観光するにはいい場所だと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ。私にもっと力があればとも思いますがね。」
オレと師匠はチャックさんの城を出た後、久しぶりに師匠の家に戻った。
「師匠がこの前、マナちゃんに言っていたことなんですが。」
「何?」
「オレに懐かしさを感じるって言っていましたよね。オレもなんです。オレも師匠には何か懐かしさを感じるんです。」
「もしかしたら、私達2人の出会いは本当に運命だったのかもしれんな。」
「もしそうなら、オレは昔も今もこれからも師匠を愛し続けます。この気持ちは永遠です。」
師匠が体を寄せてきた。
「シン。早く大人になれ!」
翌朝、オレ達はチャック辺境伯の領都に転移して、そこから徒歩で西に向かった。しばらく行くと、街道は草原の中に入って行った。すると、人通りも少なくなり、草原地帯で時々現れるホーンラビットなどを狩りながら進んだ。すると、突然オレのお腹が鳴り始めた。
「ぐ~。ぐぐるるる~~~!」
腹が痛い。ただ、ここは草原の中だ。トイレなどあるはずもない。
「師匠。魔王城に戻りませんか?」
「急にどうしたんだ?」
「腹が痛くて、トイレに行きたいんです。」
「その辺でしてしまえ!」
「できないですよ~。」
「仕方ないやつだ。」
オレと師匠は魔王城まで転移した。いつものようにセフィーロさんがいる。
「魔王様。早くトイレに行かれた方が。」
オレは魔王城のトイレに駆け込んだ。だが、ドアが開かない。すでに限界状態だ。ドアが壊れているかもしれないと思ったオレは、力一杯にドアを開いた。
「えっ?!」
そこにはミアの姿があった。
「キャー! 魔王様酷いです。直ぐ閉めてください。」
オレはトイレに行きたいのも忘れてその場で立ちすくんだ。少しして、ミアがすました顔で出てきた。
「どうぞ! 魔王様。空きましたよ!」
ミアの言葉でオレは我に返り、慌ててトイレに飛び込んだ。
「間に合ったぁ~。フ~。」
トイレから出て謁見の間に行くとミアが怒っていた。
「魔王様。非常識です。ノックぐらいしてください。」
「ごめん。」
「もうあんな恥ずかしい姿を見られたんですから、私お嫁にいけません。魔王様が責任を取って、お嫁さんにしてくれるんですよね。」
すると、師匠がムッとした表情でミアに言った。
「シンは私のものだ。誰にも渡さん。」
「冗談ですよ。ナツ姉様、そんなに怒らないでください。」
そこに何も知らずにハヤトがやってきた。
「ああ、魔王様。久しぶりです。」
ハヤトの姿を見ると、いつもの戦闘用の服ではなく、筋肉を見せつけるタンクトップにカラフルな短パンのようなものを穿いていた。
「どうしたの? ハヤトさん、その恰好?」
するとミアが割り込んできた。
「どうです? 似合うでしょ? 私がコーディネートしたんですよ!」
ハヤトさんは照れているがまんざらでもなさそうだ。
ここで師匠が余計な一言を言う。
「ハヤト。お前は強さが一番の売りなんだ! とても強そうには見えんぞ!」
ハヤトさんの顔が赤くなっていく。頭から湯気が出そうだ。
「師匠。いいじゃないですか。趣味は人それぞれですから。」
何故かオレの一言でハヤトさんは走って部屋を出て行ってしまった。
「シン。腹はもういいのか?」
「はい。」
「なら、戻るぞ!」
オレと師匠が戻ろうとすると、ミアが声をかけてきた。
「魔王様。これから、私がデザインした服のファッションショーをするんです。是非、見て言ってください。」
師匠の目がキラキラと光り出す。
「シン。戻るのは明日にしよう。今日は、服を見るぞ!」
すると、魔王城の外にすでにステージが作られていた。セフィーロさんとハヤトさん、それに魔族の男性女性の観客が所狭しと、ステージ近くに陣取っている。オレはなぜか特別席が用意されていた。
華麗な音楽なり始めた。ステージの袖から、スタイルのいい女性がこちらにむかってあるいて来る。アラクネの人化バージョンだ。胸がはみ出そうだ。続いて、可愛い服を着た少女が歩いてきた。あどけない顔をしている。ハーピー族の少女だ。
その他にも様々な衣装を着た女性が現れた。ひときわ目を引いたのが、セイレーンの美女だ。やはり人化している。その顔はあまりにも美しい。オレが見とれていると、セイレーンの美女がオレに近づいて来て頬にキスをした。観客からは悲鳴のようなものが聞こえた。
「キャー! 素敵―――――!」
「いよいよ最後です。では、登場して下さ―――――――――い!!!」
ミアの声が会場に響き渡った。オレはステージの袖をじっくりと見ている。すると、眩しい光を放ちながら、一人の女性がウエディングドレスを着て現れた。その姿は、眩しすぎてはっきり見えなかった、あのエリーヌ様を彷彿させるほどの美しさだった。自然とオレは席を立ちあがり、その女性に近づいていた。
オレが立ち止まり、その女性に見とれているとその女性はオレに微笑みかけ、オレの唇にキスをしてきた。オレはただ、されるがままの状態だ。身動きできない。
「師匠。奇麗です。最高に奇麗です。」
ウエディングドレスを着た師匠がオレの手を取り、踊り始める。すると、会場から割れんばかりの歓声が上がる。みんなの気持ちは最高潮だ。見物していた魔族達が音楽に合わせて全員で踊り始めた。
ミアのファッションショーも無事に終わり、オレは玉座に戻った。オレの隣には、すでに着替え終わった師匠がいる。
「シン。楽しかったな。」
「はい。師匠がきれいだって、あらためて思いました。」
師匠は顔を赤くしていた。
その日は、師匠の家に帰り、師匠の膝枕で思いっきり甘えた。母のような、姉のような、時には恋人のようなそんな師匠との関係が、このまま続いたらいいと心から願うのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
是非、評価とブックマークをよろしくお願いします。