チギト王国の混乱
オレ達3人は王都へと急いだ。次の街はグリーン子爵の領都だった。街の名前はツクサだ。火山が近くにあり、温泉が湧き出ることから保養地として有名なようだ。街を流れる川からも湯気が上がっている。
「シン兄様、ナツ姉様。この街に泊まっていきませんか? 私、温泉に入ったことがないんです。」
「いいよ。」
「私もいいぞ。」
師匠がオレの方を見てほほ笑んでいる。どうしたんだろう。
兵士達が大勢いるが観光客もたくさんいた。オレ達は街を散策しながら温泉宿を探した。何軒かあったがどこも満室だ。なにやら、国境に出兵した兵士達が王都に戻るついでに立ち寄っているらしい。オレと師匠は慌ててフードを被った。
「シン兄様もナツ姉様も急にフードなんかかぶってどうしたんですか?」
「あまり顔を知られたくないんだよ。」
宿屋の前で兵士達が喧嘩をしていた。片方の兵士達は身に着けている鎧から国境にいた連中だが、もう片方は地元の兵士達だろうか。
「俺達が国境で死ぬほどの思いをしたのに、お前達は何をしていたんだ! 温泉にでも浸かっていたのか!」
「何を言う。街を守るのも立派な役目だろう。」
「ここの領主は平和主義とか言って、腰抜けなんだろうよ。」
「グリーン子爵様はそのような方ではない。今の発言を撤回しろ!」
「腰抜けを腰抜けといって何が悪い!」
「お前ら許さぬぞ!」
双方が剣を抜いて対峙した。すると、後ろの方からこの街の兵士と思われる騎士が現れた。
「うちの者達が迷惑をかけたようだ。すまない。」
その騎士は国王軍と思われる男達に深々と頭を下げた。
「どうしてですか? ゴンザレス隊長!」
「うるさい。お前達も頭を下げろ!」
ゴンザレスに言われて、この街の兵士達は頭を下げた。
「分かればいいんだよ。わかればな。」
国王軍の兵士達は温泉宿の中に入って行った。
「何故ですか? ゴンザレス隊長!」
「この街には大勢の観光客がいる。この街の兵士が国王軍と争っているなどといううわさが王城にでも届いてみろ。グリーン子爵様にご迷惑をおかけすることになるんだぞ! そんなことも分からんのか!」
兵士達は拳を握り締め、下を向いてしまった。
集まっていたやじ馬達もチリジリバラバラになっていく。
「あの時、逃がしてはいけない者達がいたようですね。師匠。」
「そうだな。」
そんな2人の会話をマナが不思議そうに見ていた。オレ達3人はやっと宿屋を見つけた。部屋の空きがなく、3人で1部屋を利用することになった。何故かマナは喜んでいる。3人で寝るには少し狭かったが部屋の中は奇麗だった。それに、露天風呂まであった。
オレは一人露天風呂で浸かっていると、女性の声が聞こえてきた。どうやら師匠とマナだ。
「ナツ姉様はどうやってシン兄様と出会ったんですか?」
「ああ、あいつが迷子でうちに転がり込んできたんだ。」
「でも、ナツ姉様もシン兄様も年が同じくらいですよね?」
「私の方が上だがな。」
「シン兄様からプロポーズの言葉はあったんですか?」
ナツは顔を赤くして惚けていた。
「あいつはまだ13歳だぞ! 成人もしていないんだ。プロポーズも何もあるまい。」
「でも、愛に年齢って関係ないですよね。」
「それはそうだがな。マヤには分らないかもしれんが、私はシンを愛している。うまく言えんが、何故かあいつのことは昔から知っていたような気がするんだ。」
「運命の出会いってやつですね。」
「そうかもな。」
師匠の言葉を聞いて、オレも同じことを考えた。オレも師匠のことを昔から知っているような気がした。
「そろそろ出るぞ!」
「はい。」
オレが部屋に戻るとすでに2人がいた。オレは少しのぼせたようで、部屋に戻ると布団の上に転がった。
「シン兄様、もう寝ちゃうんですか?」
「ちょっと、疲れているみたいだから先に寝るよ。」
翌朝、朝食を食べてオレ達3人は再び王都に向けて出発した。
王都までに行く途中で2つほどの街を通過したが、特に変わった様子も見られなかった。まだ、ガレン伯爵のクーデターについては知られていないようだった。
「シン。いよいよ王都だな。」
「はい。最初にマナちゃんの両親を探したいんですが。」
「そうだな。」
オレ達3人は検問の厳しい審査を受けた後、王都に入ることを許された。さすがに王都だ。すべてが華やかだった。今までに見たことのない大道芸人達までいた。大道芸人の周りには大勢の人だかりができている。中央広場にはたくさんの屋台が出ていた。何かわからない羽のついた肉を売っている屋台もあった。
「シン兄様。どうやって探しましょうか?」
「狩人ギルドに行ってみようか。」
「はい。」
オレ達が狩人ギルドに行くと、他の街と違ってギルド内に酒場があった。冒険者ギルドと同じだ。中には、酔っ払いもいた。オレ達3人をじっと見ている者もいる。
「すみません。お聞きしたいことがあるんですが。」
「あら、いらっしゃい。何かしら。」
オレ達はマナの両親について知っているか聞いてみた。すると、意外な言葉が返ってきた。
「ああ、数日前、お城の門番に手紙を持ってきた夫婦はいたよ。なにか、領主が横暴で娘が攫われたから何とかしてくれって叫んでたね。」
「その夫婦はどこにいますか?」
「・・・・・」
「まさか、殺されたんですか?」
「いいえ。捕まったのよ。」
「どうして?」
「貴族に対する不敬罪とかで。」
マナの顔が青くなった。師匠がマナを抱きかかえるようにしている。オレ達はギルドの外に出た。
「大丈夫だ。マナちゃん。オレと師匠で助け出してやるから。」
「本当?」
「マナ。私とシンを信じろ。私達の強さは知っているだろ!」
「うん。」
後ろからガタイのいい男達3人に声をかけられた。手には武器を持っている。
「お前達、この前捕まった夫婦の知り合いか? 俺達が助けてやるからちょっと付き合いな。」
オレ達3人は男達について行った。人気のない空き地まで来た時、男達が振り向きざまにオレに剣で切りかかってきた。
「死ねや!」
オレはそれをかわして後ろに下がった。
「お前には用はねぇんだよ。この女達は俺らが十分遊んでから売り飛ばすからよ。」
師匠のことを言われるとオレに歯止めがきかなくなる。オレの身体から眩しい光が放射された。男3人はオレから出る不自然な光を見て、完全に怯えている。
「お前達、オレの大切な人を弄んだ挙句売り飛ばすとか言ったな?」
「ゆ、許してください。」
「ダメだ。お前達は生きる価値がなさそうだ。」
男達が震えながら剣で切りかかってきた。オレは刀を抜いて3人を同時に切り捨てた。
「行きましょう。師匠。マナちゃん。」
マナの顔が引きつっていた。恐らくオレに対しての恐怖心だろう。
「あいつらはこれまでに何人もの女性を犯してきたんだ。それに、被害者たちが泣いて頼んでも、笑って殺してきた連中だ。」
「シン兄様にはどうしてわかるの?」
「・・・・・」
「言ったらいけないかと思って黙っていたけど、シン兄様もナツ姉様も本当に人間なの? 突然現れたり、体が光ったり、それに強すぎるよ。」
「・・・・・」
「ごめんなさい。助けてもらったのに。」
「マナちゃん。これだけは信じて、オレも師匠も悪ではないよ。この世界を平和にしたいんだよ。みんなが笑って暮らせる世界にしたいんだよ。」
「シン兄様~!」
マナがオレの胸に飛び込んできた。父親と母親が捕まった事実を聞いて混乱しているんだろう。
オレ達3人は宿屋を探しに大道りに出た。
読んでいただいてありがとうございます。