シナトヨ国のダンジョン(1)
森を抜けるとそこは見渡す限り草原だった。ここからはシナトヨ国だ。オレと師匠は最初の街を訪れようと、とりあえず北に向かった。道なき場所を歩き続けていると、やっと道らしきものを発見した。そこで、オレと師匠は道なりに歩いていくことにした。
しばらく歩いているとサーベルライアが現れた。どうやら、本能的に格の違いを感じ取ったらしく、尻尾を丸めて草原の中に消えて行く。
「シン。久しくカエサルのところに行ってないな。」
「急にどうしたの?」
「サーベルライアがいたから急に思い出したんだ。アーサーも大きくなったんだろうな。」
「師匠。まだ、2年しかたってないよ。人間は急には大きくならないから。」
「それもそうだな。シンの時もそうだったしな。お前だって私がお風呂に入れて体を洗ってやっていたんだぞ!」
「覚えているよ。」
「子どものくせに私の胸を見て恥ずかしがって、可愛かったな。」
師匠がオレの腕を組んで密着している。今までは、手と繋いで歩く状態だったが、オレも12歳になって急激に身長が伸びた。今では、師匠と身長が同じぐらいになっている。
「師匠は子どもが好きなの?」
「馬鹿を言え! 子どもなど面倒なだけだ! だが、お前に似た子どもならいいかもしれんな。」
なんか師匠の言葉に責任を感じてしまった。オレはまだ12歳だ。
「師匠。まだまだ距離がありそうだから飛んでいくよ。」
オレ達はしばらく歩いた後、翼を広げて上空に舞い上がった。見渡す限り草原だ。とりあえず北に向かって飛行していると、街のようなものが見えてきた。
「師匠。ここから歩いていくよ。」
オレと師匠は街の2km手前に舞い降りて、そこから歩き始めたがすれ違う人はだれもいない。いよいよ、西や東から道が集まり始めた。そろそろ街になるのだろう。
平和なのか街の入口にも誰もいない。入口の看板には“ようこそテキザの街へ”と書いてあった。街道にはほとんど人がいなかったのに、街の中に入ると意外と人がいて、他の街同様に食堂や店が並んでいた。服屋や金物屋、それに武器屋まである。オレと師匠はいつもの通り冒険者ギルドに向かった。
「師匠。この街は何も問題なさそうですね。」
「そうだな。見たところ平和そうだ。」
冒険者ギルドの中はいつもの通り酒の臭いがひどい。信じられないことに、仕事中の受付の女性まで飲んでいる。
「あら、可愛い坊やね。お姉さんと飲まない?」
酒場で酒を飲んでいる女性から声をかけられた。オレの腕をつかむ師匠の手に力が入った。
“師匠。完全に怒ってるな。”
オレは女性を無視して掲示板の方に向かった。掲示板を眺めていると、先ほどの女性とその仲間の男達が声をかけてきた。
「おい、お前! 俺達のカエデ姉さんが声をかけているのに、無視するとはいい度胸しているじゃねぇか。」
ここで受付の女性が声をかけてきた。
「喧嘩なら外でやっておくれ。面倒ごとはごめんだよ。」
だんだん腹が立ってきた。酔っ払いもだが、受付の女性は仕事中に酒を飲んでいる。しかも喧嘩を止めるわけでもなく、外でやるように言ったのだ。
「師匠。もうこんな街はどうでもいいです。次の街に行きましょうか。」
すると、オレの言葉に男が反応して言い返してきた。
「お前なあ。“こんな街どうでもいい”とはどういう意味だ! 何か言ってみろ!」
さすがに我慢の限界が来たようだ。オレの身体から漆黒のオーラが溢れ出る。壁と天井にミシミシと音がして亀裂が入り始めた。ギルド内にいた人間達は急に酔いがさめたようで、慌てて外に逃げようとしている。受付の女性はオレを見て地面に座り込んで漏らしてしまった。
「シン! そこまでだ!」
師匠の言葉でオレは冷静さを取り戻した。すると建物の崩壊も止まった。
「言葉の通りさ。この街が滅びそうになってもオレは助けないということだよ。」
「お前達は何者だ!」
「それを知ったらお前、ただじゃすまなくなるぞ!」
オレが右手を前に出すと、男は勢いよく後ろに吹き飛んだ。
「ヒィ――――――! バケモンだ!」
「シン。行くわよ。」
「はい。師匠。」
ギルド内の人間達は恐怖と驚きの表情で、オレ達が出ていくのを見送っていた。
「師匠。この街は何もありません。次の街に行きましょう。」
「そうだな。」
オレと師匠はテキザの街を後にして、次の街に向かうことにした。すると、そこにカゲロウが戻ってきた。
「カゲロウ。お疲れさん。何かわかったの?」
「はい。古代遺跡かどうかわかりませんが、疑わしい場所があります。」
「どこ?」
「ここから北に行くと、ダンジョンの街ナンツがあります。そのダンジョンが怪しいと思われます。」
「ダンジョンねぇ~? シン。行ってみようか?」
「はい。」
オレと師匠はダンジョンの街ナンツに向かった。ナンツ近郊には冒険者が多いせいか、魔物も盗賊もいなかった。そのため、思ったより早くナンツの街につくことができた。
「師匠。さすがに冒険者が多いですね。なんか、魔法使い風の人やマッチョな人、色々いますね。」
「ああ、ダンジョンに入るには普通はパーティーを組むもんだ。」
「パーティーですか?」
「飲み食いのパーティーじゃないぞ!」
「わかっていますよ。師匠が履いているものですよね?」
「馬鹿! それは違うだろう!」
「わかっていますよ! 冗談ですよ。馬鹿にしないでください。」
オレが怒ったふりをすると師匠は慌ててオレに抱き着いてきた。
「師匠。他の人に見られていますよ。」
「構わんさ。シンに嫌われなければそれでいい。」
「オレが師匠を嫌うわけがないじゃないですか。」
師匠は安心したようにまた腕を組んできた。
「師匠。冒険者ギルドに行きましょう。」
「そうだな。ダンジョンの情報も知りたいしな。」
オレと師匠は冒険者ギルドに向かった。ギルド内には大勢の冒険者がいた。オレと師匠は受付の前で順番待ち状態だ。
「さすがに昼から酒を飲んでいる人はいないですね。」
オレが師匠に話すと、見知らぬ冒険者が答えてきた。
「みんな、ダンジョンの攻略に真剣なんだよ。他の街の冒険者達とは違うからな。本当の意味で命がけなんだよ。それだけに、成果があるのは嬉しいことなんだ。」
「成果ですか?」
「なんだお前。成果を知らなくてダンジョンに行く気なのか?」
「はい。」
「成果っていうのはな。ダンジョン内の魔物を討伐すると、何らかのアイテムが落ちるんだ。弱い奴はだいたい魔石だけどな。強い奴になるとエリクサーとか魔剣とかが落ちることがあるらしいぞ。それこそ、大金持ちも夢じゃないんだ!」
「そうなんですね。」
「なんかお前、感情がこもっていないな。」
「あまりお金とか魔剣とかに興味ないですから。」
「お前、不思議な奴だなぁ~。気に入った。俺はハリソンだ。」
「オレはシンです。」
「私はナツだ。」
「若そうに見えるが、お前達は恋人か?」
師匠が体をくねくねさせている。
「まぁ、仲がいいことは何よりだ。どうだ? 俺と一緒にダンジョンに行くか?」
「いいですけど、オレ達、ダンジョンのことを何も知らないんですよ。」
「なら、取り分は俺が6で、お前達が4でいいな?」
「いいえ。」
「なんだ不満なのか?」
「いいえ。落ちたものは全部ハリソンさんに差し上げますよ。」
「お前、本当か? 本当にいいのか?」
「いいですよ。」
「助かる。実は家に女房と子ども達がいるんだ。少しでも収入が欲しいからな。」
「なら、もうここに並ぶ必要はありませんから、食事でもしながらダンジョンについて教えてください。」
「おお、そうだな。俺の行きつけの店があるからそこに行こうぜ。」
「はい。」
オレと師匠は、ハリソンに連れられて街の食堂に来た。店が古くてあまり美味しいものが出る雰囲気ではなかった。
「ここの店はなんでもうまいが、揚げ鳥の定食が最高だぞ!」
「なら、オレ達はそれでいいですよ。」
ハリソンが注文してくれた。ハリソンと師匠はエール、オレは果実水をもらった。
「ところで、ハリソンさん。ダンジョンは何階層まであるんですか?」
「恐らく、50階層までだな。」
ここで師匠が話に加わってきた。
「恐らくって、どういうことだ?」
「このダンジョンは難易度が高くて、まだ39階層までしか攻略できていないんだ。」
「ハリソンさんはどこまで行ったの?」
「俺は29階層までだ。30階層に行く自信がなくてな。家族もいるだろ? 他の奴らと違って無理できないんだよな。」
「なら、29階層までなら道順や魔物の種類も分かるんだね。」
「魔物は変わらないが、道はたまに変化するから案内はできんぞ!」
ここで皆の料理が来た。オレは揚げ鳥を一つ食べて感動の声を上げてしまった。
「うまい!! これめちゃくちゃ旨いですよ!」
「そうだろう! だから連れてきたんだ!」
師匠も満足そうだ。オレも師匠も一気に食べてしまった。
「あと、準備するものは何が必要ですか?」
「恐らく、1週間は泊まり込みになるから、食料と着替えだな。」
“必要最低限でいいな。いざとなれば転移で外に出てもいいし。”
「じゃぁ、今日これから買い出しに行くから、明日の朝ギルドの前に集合でいいですか?」
「急だな。でも、俺も金が欲しいからそれでいいぞ!」
「ここの食事代は俺が払いますから。」
「悪いな。」
オレ達はお金を払って店を出た。その後、師匠と2人で市場に買い出しに行った。
「シン。どうやって持っていくんだ。2人なら空間収納に仕舞えばいいが、ハリソンに見られるぞ!」
「大丈夫ですよ。以前師匠にもらった空間収納が付与された鞄を持っていますから。」
「まだ持っていたのか?」
「当たり前ですよ。師匠からのプレゼントですよ。」
師匠が人目もはばからずキスをしてきた。
「師匠。ここはダメですから。」
「いいではないか。キスは愛情表現の一つだ! 気にするな!」
その日、食料を大量に買い込んで師匠の家に帰った。
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