栗鼠獣人の村のホーンウルフ退治
ハクスの街を出て国境を越えたオレと師匠は、カナリーゼ共和国に入った。この国は様々な種族の獣人達が暮らしている。そのため、入国する者は拒まずという考えがあるようだ。そのためか、国境には検問がなかった。
国境近くにはいつも深い森か大きな川がある。当然、今回も街道は森の中を通っている。森と言えば森の大精霊のドリアードさんだ。そんなことを考えていると、目の前に光の玉が現れた。
「シンさん。久しぶりですね。もう“シンさん”とは言えませんね。魔王様ですから。」
「ドリアードさん。大丈夫ですよ。今まで通りで。」
「では、今後はシン様と呼びしましょう。」
「ところで、どうしたんですか?」
「はい。実はこの森の奥に栗鼠獣人の村があるのですが、度々ホーンウルフの群れに襲われて滅亡の危機にあるんです。助けてあげてもらえないでしょうか?」
「いいですよ。」
「助かります。」
オレと師匠は森の奥へと向かった。すると、森が少し開けてきて、そこに集落が見えてきた。集落の中に入ると、村人は怯えたように家の中に隠れるように入ってしまった。
「すみませ――――ん。旅のものですが、お話を聞かせていただけませんか?」
オレが村の中心まで行って大声で呼びかけると、一人の女性が出てきてくれた。
「この村に何か御用ですか?」
「オレは旅をしている冒険者で、シンと言います。」
「私はナツだ。」
「この村について教えていただきたいんですが。」
「私はこの村の村長の娘でムンクです。この村には外から人が来ることが珍しいので、皆警戒しているんですよ。」
オレはドリアードさんに頼まれたことを言うべきかどうか悩んでいた。すると師匠が後ろから喋り出した。
「私達は森の大精霊ドリアードに頼まれてこの村に来たんだ。」
「ドリアード様にですか?」
「ああ、この村がシルバーウルフの被害にあっているから何とかしてあげてくれってな。」
「どうやらあなた方の話は真実のようですね。確かに、ドリアード様のおっしゃる通り、シルバーウルフの被害にあっています。ですが、力のない私達には逃げたり隠れたりすることしかできないんです。」
「オレ達が何とかします。ですが、今後のことも考えて、村人の皆さんにも協力していただきたいのですが。」
「はい。わかりました。村のみんなに話してみます。」
ムンクは、村の住人を広場に集めた。大人だけで100人ほどしかいない。全員が小柄で、肉体的には華奢な体型だ。とても、ホーンウルフに対抗できるようには思えない。
オレがホーンウルフを討伐するのは容易い。だが、それではオレと師匠がいなくなった後、また同じように魔物に怯える生活をすることになってしまう。今後の村のことを考えると、村人達に自衛できる力を付けなければならない。オレは村人達に今後のことを説明した。
「俺達に何しろっていうんだ! 何をしたってシルバーウルフの群れに勝てっこねぇ!」
「なら、このままシルバーウルフに黙って食べられるの?」
「逃げるさ! みんなで逃げればいい!」
すると、村人から別の意見も出てきた。
「俺はこの村から出て行きたくねぇ! 俺は戦うぞ!」
「俺も戦うぞ! 俺に戦い方を教えてくれねぇか?」
村を捨てて逃げたいという人達と、村を守って戦いたいという人達がちょうど半分だ。
すると、オレ達の前に光の玉が現れ、人の形になった。ドリアードさんだ。突然現れた森の大精霊ドリアードに村人は全員平伏している。
「栗鼠獣人族のみなさん。私は森の大精霊ドリアードです。この村を救ってほしいとシン様に頼んだのは、この私です。シン様を信じてくれませんか?」
ドリアードさんの言葉を聞いて、反対していた人達がオレに謝ってきた。
「シン様。すまなかった。別にあなたを信じていなかったわけじゃないんだが、子どもと女性に何ができるのかと疑っちまったんだ。許してくれ。」
「気にしないでいいですよ。それより、皆で力を合わせてこの村を守りましょう。」
「オオ――――――――――!!!」
オレはドリアードさんにお礼を言った。
「ありがとうございました。ドリアードさん。」
「いいえ。お願いしたのは私の方ですから。」
ドリアードさんは姿を消した。
オレと師匠は、まず村の周りの木の柵を作る。当然、村人達もその作業に全員が協力している。柵を作るための木は、森でオレが木を切って空間収納に入れて持ち帰った。村全体を木の柵で囲むのに3㎞の長さがあり、2日ほど時間を要した。
「シン様。完成しました。これで、少しは安全になるでしょうか?」
師匠が厳しい目つきで答えた。
「ムンク。柵はあくまでも防御のためだ。防御だけではダメだ。こちらから反撃できるようにしなければ何の対策にもならん。」
「それは、私達にも戦えということですか?」
「自分達の命は自分達で守る。当たり前のことではないか。」
「ですが、私達は狩猟もしませんし、戦い方など知りません。」
「オレと師匠で教えますから、大丈夫ですよ。」
オレと師匠は、まず弓矢の使い方を説明して村人達を訓練した。さすがに、最初は矢が前にさえ飛ばなかったが、丸1日練習して何とか的の近くまで飛ぶようになっている。中には、的に当てることができる者もいた。
「師匠。向き不向きがありますね。弓矢が使えない人達は長槍を持たせましょう。」
「そうだな。」
オレ達は村人を半数に分けて、半分は長槍の訓練を始めた。弓矢同様に最初はへっぴり腰だった人達も、少しはまともになった。そして、1週間ほどが過ぎたころ、森の奥からオオカミの遠吠えが聞こえた。すると、村人達が顔を青くして慌ただしく広場に集まってきた。
「準備はいいか! いよいよ戦いの時だ! 死を恐れず、我が子を守ることだけを考え行動しろ!」
「はい!」
師匠の言葉にみんなの表情は緊張している。そして、日が暮れ始め、オレの魔力感知にも200匹ほどのホーンウルフの反応が現れた。
「師匠。敵は200匹です。南東の方向から来ます。」
ホーンウルフは魔物だ。知恵はない。だから、まさか栗鼠獣人達が襲撃の備えをしているとは思わずに、いつものように1方向からのみ攻撃を仕掛けようとしていた。オレと師匠は村人達を連れて南東に移動する。
ホーンウルフ達がリーダーを先頭に姿を現した。村の周囲に柵が出来ていることに気づいたようだ。余裕の様子でのそのそと近づいてくる。
「弓隊は構えろ! 十分引き付けろ。まだ放つなよ。」
ホーンウルフ達が柵から10mのところまで来たところで、師匠が命令する。
「放て――――!」
村人達の放った矢が雨霰の様にホーンウルフ達に襲い掛かる。何匹かに命中した。ホーンウルフ達は戸惑っているようだ。一旦後ろに下がった。
「長槍隊、前に出ろ!」
柵の内側に長槍を持った村人が待機した。ホーンウルフが再度近づいてくる。そして、ホーンウルフが柵の周りに来たところで、長槍隊が槍で突き刺していく。弓隊が同時に矢を放った。オレと師匠はホーンウルフの後ろに転移して、逃げられないように魔法を発動する。
「ファイアーウォール」
ホーンウルフの後ろに炎の壁が現れた。いわゆる挟み撃ち状態だ。オレと師匠は何も手出しをせずに、村人達の戦闘の様子を眺めていた。
「シン。これでこの村も戦う力を手に入れた。この戦いが終わったら、また旅に出よう。」
「はい。」
3時間ほどで戦いは終わった。ホーンウルフ達は全滅だが、村人達の方にも怪我人が数名出た。オレと師匠が広場に戻ると、ムンクさんがオレ達の近くに駆け寄ってきて、その後ろからは村人達も駆け寄ってきた。
「シン様。ナツ様。ありがとうございました。この村も救われました。」
「ああ、これで他の敵が襲ってきても大丈夫だろう。」
「はい!」
「明日は村中でお祭りにしたいと思います。シン様もナツ様も是非参加してください。」
翌日、村では祭りが行われた。オレの飲み物は果実水だ。師匠は美味しそうにワインを飲んでいる。出される料理は、野菜と果物を使った料理だけだ。正直、オレと師匠にとっては何か物足りないが、村人達にとってはご馳走なのだろう。宴が始まると、村人達がオレと師匠のところに挨拶に来る。中には赤ん坊を抱いた女性もいた。
「ムンクさん。子ども達のためにも、全員で協力して、外敵に立ち向かう訓練を定期的に行った方がいいですよ。」
「はい。力のない私達でも、頭を使って戦うことができると分かりましたので、皆で頑張ります。」
「オレと師匠は旅の途中なんです。機会があればまた寄りますから。」
「きっとですよ。きっと寄ってくださいね。」
お祭りが終わった後、オレと師匠は次の街に向かって歩き始めた。
読んでいただいてありがとうございます。