国境の街ハクス
オレと師匠は、アルベルト王国まで戻り、そこから徒歩でカナリーゼ共和国まで向かった。アルベルト王国内では現在、旧公爵一派の貴族が処刑されて、次の領主が決まるまで代官が派遣されていた。オレと師匠は、旧公爵一派だった伯爵の領地を通過している。
「師匠。この辺りはあまり整備されていませんね。」
「国境が近いということも原因だろうが、前の領主の伯爵が内政を疎かにしていたんだろうな。」
オレと師匠は、カナリーゼ共和国との国境の街ハクスに入った。街の中はかなり寂れていた。このアルベルト王国は商業の国のはずだが、商店にあまり商品が並んでいない。オレは街のことが知りたかったので、この街で一泊宿を取ることにした。宿は気のよさそうな老夫婦が営んでいた。
年配の女将が話しかけてきた。
「お客さん達は姉弟かい?」
「はい。そうです。」
「若い方が羨ましいね。他の街や他の国に移住することも可能だからね。」
「いいえ。オレ達は旅の途中なんですよ。」
「なら、カナリーゼ共和国に行くのかい?」
「はい。」
「この国は貴族が踏ん反り返っていて、私達庶民は生活も大変なんだよ。」
「でも、これからこの国は変わりますよ。国王が大幅な改革を行うでしょうから。」
「だと、いいんだけどね。」
「この国は商業の国ですよね? この街には特産とかはないんですか?」
「特産になるかどうかわからんが、昔からカナリーゼ共和国から服の生地を買いに来るものもいたがな。最近はそれも大分減ってしまってな。」
女将は自分の着ている服の生地を見せてくれた。それは、光沢があり、強度があり、軽い生地だった。
「師匠。これは何ですか?」
「ああ、バタフという魔物の幼虫が吐き出す糸から作られた生地だな。」
「グランデさんに相談して、この村の特産を大々的に生産できるようにしたら、この街もよくなりますよね。」
「シン。それはいい考えだ。アラクネ達にも手伝ってもらいたいんだがな。」
「セフィーロさんにも相談しましょう。」
「そうだな。アラクネも上級魔族だ。グリフォン同様に人化することもできるだろう。」
オレと師匠はグランデさんの家まで転移した。グランデさんは宰相として王城にいるとのことだったので、オレと師匠は王城まで急いだ。オレ達が王城に行くと会議室に通された。
「シン殿。どうしたんですか?」
会議室にはリチャード国王とグランデさんがいた。どうやら国政について相談しているようだった。
「はい。カナリーゼ共和国に向かっていたんですが、ハクスの街に立ち寄ったんです。失礼ですが、ハクスの街が少し寂れているようだったので、気になって師匠と宿を取ったんです。」
「シン殿。今、グランデとその話をしていたんですよ。」
「公爵一派の街を調べていくうちに、街によってはハクスの街のように衰退しているところがあったんです。それで、そういう街には代官を派遣して統治させようと相談していたんです。」
「オレからの提案なんですが、それぞれの街の特産を、グランデ商会で大々的に扱ったらどうでしょう?」
「どんな風にですか?」
「例えば、ハクスの街では昔から服の生地の生産が行われているようです。オレも確認しましたが、あの生地なら世界中で売れると思いますよ。グランデ商会で工場を作って、人を雇い、大々的に生産をするんです。」
「それはいいですね。街も栄えるし、国庫も潤いますな。」
「はい。何よりも人が集まることで、街に活気が出ると思いますよ。」
「グランデ! 他の街の特産も調べるぞ!」
「はい。リチャード陛下。」
リチャードさんからお礼を言われた。
「シン殿には感謝します。我が国の小さな町のことにまで気を使っていただいて。」
「いいえ。人々が平和で幸せに暮らせればそれでいいんですよ。」
隣の席で聞いていた師匠が立ち上がって、オレの頭をなで始めた。オレが席を立つと腕を組んで体を寄せてきた。
「さすが、シンね。」
話が終わって、オレ達は魔王城に向かった。やはり、玉座付近にセフィーロさんがいた。
「魔王様。もうすぐアラクネが参ります。お待ちください。」
セフィーロさんにはすべて筒抜けのようだ。少し心配になった。師匠の抱き枕になっている夜も眷属がいるのだろうか。そんなことを考えていると、セフィーロさんが言って来た。
「魔王様とナツ殿の2人だけの夜には、眷属はいませんから安心してください。」
師匠は最初何のことか理解できていなかったようだが、状況が理解できると顔を真っ赤にして下を向いてしまった。しばらくして、謁見の間にアラクネ達がやってきた。
「魔王様。アラクネ族の族長をしておりますスパルです。」
アラクネ族達は上半身が女性で、下半身が蜘蛛だ。ものすごくきれいな女性達だった。しかも、上半身は肌の露出が多い。特にスパルさんはナイスバディ―だ。オレはアラクネ達の美しさに目を奪われていた。
「ゴッホン」
師匠が隣で睨んでいる。多分、今日の夜はお説教だろう。
「スパルさん。よく来てくれました。実はスパルさんにお願いがあるんですけど。」
「魔王様から直々にですか?」
「はい。実は人族の街で衣服の製作をするんですけど、手伝ってもらいたいんです。」
「人族の手伝いですか?」
「やっぱりダメですか?」
「正直、あまり気乗りはしませんが、魔王様のご命令とあれば従います。」
「しばらくの間だけでもいいんですけど。」
「わかりました。お引き受けします。」
「それで、スパルさん達は人化できますよね?」
「はい。持ち論です。」
アラクネ達が人化した。すると、先ほど以上に魅力的になり、オレはうっかり声に出してしまった。
「奇麗だ~! 凄い美人だ!」
スパルさんが顔を赤らめて、身体をよじり始めた。
「まっ! 魔王様、美人だなんて!」
「ゴッホン」
ここで玉座に座るオレの横に立っている師匠がスパルに言った。
「では、スパル。こちらから連絡したらすぐに行動できるようにしておきなさい。」
「はい。」
スパル達が謁見の間から退室した後、師匠の説教が始まった。何やら、オレが魔王らしくないとのことだったが、恐らくやきもちだろう。
オレと師匠はハクスの宿に戻った。翌朝、食事で下に降りていくと年老いた女将がいた。
「女将さん。近いうちに王城からこの街の改革を行うと連絡がありました。その際に、私の友人達もその改革に参加しますので、よろしくお願いします。」
女将さんは呆気にとられていた。
「どういうことだい?」
「はい。グランデ商会のグランデさんとは友人なんですよ。遠くにいてもやり取りできるようになっているんです。」
「グランデ商会の会長かい? 確かこの国の宰相になったとかじゃなかったかね?」
「そうですよ。」
「お前さん達は何者だい?」
「旅をしている冒険者ですよ。」
オレと師匠は朝食を食べた後、街の様子を見て回った。すると、どの家庭も納屋でバタフの幼虫を飼育していた。思った以上に幼虫は大きく、30cmほどもあった。エサは人間の食べのこした残飯だ。すごく効率的だ。
街を散策していると子ども達の声が聞こえる。広場を覗いてみると子ども達が紙のようなものに絵を書いていた。この世界では紙も貴重だが、クレヨンのようなものを始めてみた。
「君達、この紙はどうしたの?」
「うん。庭の草から作るんだよ。」
どうやら村に生えている雑草から紙を作っているようだった。確かに上質な紙とは言えないが、十分な品質だ。
「この色の出る棒はどうしたの?」
「家で飼っているバタフの羽から作るんだよ。」
バタフの羽と体液を混ぜて煮詰めると、クレヨンになるようだ。バタフは与える餌によってそれぞれ羽の色がことなる。すると、クレヨンの色も違ってくるということだった。だが、7種類ほどの色しかできないようだ。
「師匠。これもグランデさんに言って、工場を作る価値がありそうですね。」
「そうだな。みんな気付いていないだけで、この街は宝の宝庫かもしれんな。」
オレ達はグランデさんのところに行って、紙やクレヨンのことも説明した。そして、工場が出来たら連絡をもらうこととなった。
その後、オレと師匠はハクスの街を後にして、次の街に向かった。
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