シン、魔王になる!
オレ達が街を歩いていると、たくさんの商業ビルが立ち並んでいた。その中にグランデさんのビルもあった。
「ここがグランデ商会の本社ですよ。そして正面のあのビルがカルポネ商会です。」
カルポネ商会の入口には『奴隷がたくさんいます。』と看板があった。グランデ商会に来る客層は一般市民が中心なのに対して、カルポネ商会は貴族風の男性客が多く見える。師匠を見ると、師匠は拳を強く握りしめていた。お怒りモードだ。
オレと師匠はグランデ商会の中を見学させてもらった。1階が生活用品、2階が家具、3
階が魔道具、4階が武器、5階が事務所になっていた。
オレは一通り見せていただいて思った。やはり、この世界の文明は魔法に頼っているせいか遅れている。そこで、小さな声で呟いた。
“ウオシュレットもない。冷蔵庫もない。クーラーもない。洗濯機もない。本当に何もないな。”
すると、隣にいたグランデさんが不思議そうな顔をして話しかけてきた。
「何がないんですか? 私の店は品ぞろえはいい方ですよ。」
「師匠。師匠はトイレで用を足すときお尻が冷たくないですか?」
「馬鹿! 急に何を言い出すんだ!」
「オレ。朝トイレに入っていつも“ヒャッ”って声が出ちゃうんですけど。」
「冷たいんだから仕方ないだろう。」
「例えば、座る時にお尻が暖かくて、用を足したら勝手にお湯で洗ってくれるような便座があったら便利ですよね?」
「そんなものあるわけがないだろう。」
「ないなら、作ればいいじゃないですか? 作れないですかね? だって魔石があるじゃないですか?」
隣で話を聞いていたグランデさんが口を開けて驚いている。
「どうしたんですか?」
「シン殿。売れますよ! 絶対に売れます!」
「何がですか?」
「お尻を洗ってくれる便座ですよ。」
「でも、作れないんでしょう?」
「うちの職人達に作らせてみせますよ。」
「本当ですか? 出来たらオレにも売ってください。師匠のためにうちにも取り付けますから。」
「シンが、私のために~。」
師匠はまた顔を赤くして体をくねくね始めた。その日、オレ達は食事をとった後、師匠の家に帰った。
翌朝、起きていつものように朝食の準備をしていると、執事風の男性とドレス姿の美女がやってきた。この世界に来て初めてだ。今まで師匠の家に訪ねてきた人など誰もいない。
「師匠。お客さんですよ~。」
オレが家の中に入って師匠に声をかけると、師匠が眠そうな顔をして起きてきた。そして、お客達と対面して驚いていた。
「お前達がなぜここに。」
「お久しぶりです。ナツ様。」
「私達はシン様とナツ様をお迎えに参りました。」
「どういうことだ?」
「シン様が魔王ブラゴを倒したいま、魔族の国では魔王が不在なのです。」
「だが、ブラゴは生きているぞ!」
「はい。ですが、シン様に負けたのは事実です。ナツ様もご存知の通り、魔族は力強き者が王になります。従って、次の魔王はシン様に決定したのです。」
「ならばなぜ今頃?」
「はい。四天王の中でも意見が分かれまして、反対意見の連中を成敗しておりました。お迎えが遅くなりまして申し訳ありませんでした。」
「えっ?! オレが魔王になるってこと?」
オレは師匠の顔を見た。師匠は真剣な様子で考えている。
「中に入ってくれ。ゆっくり話そう。」
全員が師匠の家の中に入った。あらためてそこで話を聞くことになった。
「私はバンパイア族のセフィーロです。四天王の一人です。」
「私はナツ様と同じ堕天使族のミアです。同じく四天王の一人です。」
「オレはシンです。ナツ師匠の弟子です。」
「実は、前魔王ブラゴがシン様に負けてから、魔王の座を狙って四天王の一人である巨人族のオーベルが反乱を起こしました。我々がオーベルの一族と戦争になりまして、その鎮圧に時間がかかってしまいました。」
「反乱はどうしたんですか?」
「オーベルとその配下を全員殺しましたが、無関係のものはそのまま生かしています。」
「良かったです。命は大事ですから。」
「はい。四天王の席が一つ空白になってしまいました。そこで、できれば魔族最強と名高いナツ様にお願いしたいのですが。」
ナツは考えているようだった。
「オレは師匠と一心同体です。師匠、オレからもお願いします。」
「わかった。だが、シンにお願いがある。」
「なんですか?」
「魔族は弱肉強食だ。私を置いて先に死ぬな。」
「はい。オレは師匠を愛していますから。」
「えっ?!」
オレはどさくさに紛れて師匠に告白してしまった。師匠も顔を真っ赤にして下を向いている。
「セフィーロさん。ミアさん。お願いがあります。オレと師匠は事情があって、この世界を平和にしなければなりません。だから、いつも旅をしていますが、それでもいいですか?」
「知っていますよ。管理神様にご恩返しですよね。」
「セフィーロさんがなぜ知っているんですか?」
「私にはたくさんの眷属がいますからね。」
オレと師匠は、セフィーロさんとミアさんと一緒に魔王城に行った。魔王城には様々な種族の魔族がいた。堕天使族やバンパイア族のような人型の魔族もいれば、アラクネやグリフォン、リザードマンのような魔物に似た種族もいた。すでにオレが魔王だということを知っているようで、全員が頭を下げてきた。そして謁見の間に行くと玉座の脇に待ち構えている者がいた。
「ようこそおいでいただきました。新たなる魔王シン様。私は四天王の一人で竜人族のハヤトと言います。」
「オレはシンです。ハヤトさん、よろしくね。」
「はい。早速ですが、他の魔族達にもシン様が新たなる魔王になったことを伝えねばなりません。そこで、シン様と我ら3人との戦いを見せたいと存じますが、いかがでしょうか?」
「いいですよ。」
「ならば、闘技場に参りましょう。」
オレは彼らの実力を知らない。四天王と言われるからには、相当強いことが想像できた。だが、オレも神界で、武神のタケルさんや魔法神のマジクさんに修行を付けてもらったんだから、それなりに強いと思う。
闘技場に着いたオレ達は戦いの準備をしていた。すると、師匠が声をかけてきた。
「油断するなよ。だが、間違えても殺すようなことはしないようにな。」
「ん?!」
師匠の言っている意味がよく分からない。
全員が闘技場の中央に集まった。闘技場にはオレの実力を見ようと魔族達が押しかけている。中に入れず、上空から見学しているものまでいる。
「さぁ、始めましょうか。」
「ならばこの私が審判を務めよう。」
師匠が審判をすることになった。
「始め!」
セフィーロさん姿が消えた。オレと師匠の隠密と同様に霧化しているのだろう。オレの前にはミアさんがいる。ミアさんの身体からどす黒いオーラが外に噴出した。ハヤトさんは槍を持って上空に舞い上がった。全員が一斉に攻撃を仕掛けてくるのだろう。
オレは生き返ってから初めて本気で、魔力と闘気を体内に集中させた。周りの空気がどんどんとオレに向かって集まってくる。最初は緩やかな風の状態だったが、今は竜巻のようになっている。オレはその竜巻の中心にいた。そして、集めた魔力と闘気を一気に解放した。
「ドガドガドガ――――――ン!」
「バキバキバキ」
闘技場の壁が崩れ始める。師匠が慌てて会場全体に結界を張り巡らせた。
「バリバリバリ」
空気の振動で大きな音が鳴る。竜巻が一気に収まるとそこには白髪で赤い瞳をした少年ではなく、赤髪で黄金の瞳をし、翼も堕天使族特有の黒ではなく、鮮やかな純白の翼を生やした少年の姿があった。
オレが上空に舞い上がり両手を広げて、地面に向かって降ろすと、闘技場の床に亀裂が走り、霧状になったはずのセフィーロさんが地面に叩きつけられた。ミアさんとハヤトさんも地面に倒れ、ぐったりして意識がない。
「そこまで!」
静まり返った闘技場に師匠の声が響いた。オレは慌てて3人の近くに駆け寄り『リカバリー』を発動する。すると3人は意識を取り戻した。同時に闘技場に集めっていた群衆たちも我を取り戻し、大きな歓声が上がる。
「魔王様、バンザーイ!」「魔王様バンザーイ!「魔王様バンザーイ!」
オレは風魔法にのせて群衆に向けて言った。
「オレは新しく魔王になったシンだ! オレは世界の平和を託されている! これからこの世界は大きく変わるのだ! 魔族もエルフ族もドワーフ族も人族も関係ない。すべての種族が共存共栄していける世界を作る! みんなの力を貸してくれ!」
「おお――――――――!!!」
「魔王様バンザーイ! シン様バンザーイ!」
そこにセフィーロ達がやってきた。
「さすがです。魔王様。まさかこれほどの力をお持ちとは思いもしませんでした。」
「私もです。」
「某も同じだ。」
「これより我ら魔族はシン様のご命令に従います。」
それを聞いた魔族達が闘技場内外で万歳を繰り返した。
師匠がオレの腕を取って体を寄せてきた。
「これから大変よ。何せ魔王になったんだからね。」
「わかっていますよ。師匠。」
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