グランデの正体
僕達はジフミの街を出て王都ツバメに向かった。
「それにしても不思議なことがあるもんですね。20人もの奴隷が誰にも気づかれずに、その場から、いいえ恐らくあの街からいなくなったなんて信じられませんよ。まさに、神隠しですね。」
「そうですね。」
グランデさんはオレを見ながら話してきた。オレは惚けたが気付かれたかもしれない。そこで、師匠の膝に頭を乗せて寝たふりをした。
「おやおや、まだ朝だというのに朝寝ですか。仲がよろしいことで。」
グランデさんはニコニコ笑っている。師匠はオレの白い髪を手櫛で梳かしながら顔を触っていた。何かすごく気持ちがよくて、本当に眠くなってしまった。
気付くともう昼近くだった。オレと師匠は、御者とグランデさんの分も含めて4人分の肉を焼き始めた。
「美味しそうですが、これは何の肉ですかな?」
「これはコカトリスですよ。」
御者の人が大声を上げて驚いた。
「コカトリス?!」
グランデさんは微笑みながら言ってきた。
「コカトリスの肉など私も食べたことがありませんよ。大白金貨を出しても買えませんからね。こんなに貴重なものをどこで手に入れたんですか?」
「・・・・・」
ここで師匠が助けてくれた。
「味付けは淡泊だが、うまいはずだ。熱いうちに食ってくれ。」
御者の手が震えている。恐らく人生で2度と食べることができないだろう。グランデさんが一口食べた。
「これは美味しい。肉も柔らかくてジューシーだ。噛めば噛むほど味が出て来る。」
「良かったです。馬車に乗せていただいているお礼ですから。」
「いや、こちらこそ警護していただいている身ですがね。」
食後しばらく休んで出発した。もう、王都は目の前だ。すると、森の中から20人ほどの武装した男達が現れた。急に馬車が停まったので、オレと師匠は馬車から出た。
「グランデ商会の会長の馬車だな!」
「お前達は何者だ?」
「悪いが死んでもらうぞ!」
問答無用で切りかかってきた。中には火のついた矢を放ってくる者もいる。馬車に火がつかないように、オレは水魔法を発動する。
「ウオーター」
オレの放った水の球が弓を持った男達と馬車に直撃した。とりあえず消火はできた。師匠が魔法を放つ。
「シャドウアロー」
空から黒い矢が降り注ぐ。男達は逃げ惑うが次々と矢に射抜かれていく。残っていたのは5人だけだ。
「お前らは何者だ? お前らのような奴がいるとは聞いていなかったぞ!」
「人を殺そうとしているくせに、殺されそうになったからって文句を言うなよ。」
「くっそ――!」
オレはシャドウボールを発動した。残った男達の身体はもはや自由にならない。
「どうする? 自分からしゃべるか?」
「誰がしゃべるもんか!」
「そうか。仕方ないな。」
「ヒプノーシス」
オレが魔法を発動すると、男達の目がトロンとした。
「お前達を雇ったのは誰だ?」
「カルポネ商会だ。」
「狙いはなんだ?」
「グランデ商会を潰すことだ。」
「カルポネ商会は他に仲間がいるのか?」
森の中から矢が飛んできた。飛んできた矢が男達を射抜いた。森の方を見ると走り去る者の姿が見えた。簡単に捕まえることもできそうだったが、聞くべきことは全部聞けたので逃げる者は無視した。
騒動が落ち着いたところで馬車の中からグランデさんが降りてきた。
「ありがとうございました。また、命を救われましたな。」
「いいえ、仕事ですから。」
ここで師匠が聞いた。
「それで、彼らが言っていたカルポネ商会っていうのはどんな奴だ?」
「この国で最近のしあがってきた商会ですね。あいつらの一番の収入源は奴隷の売買ですよ。」
「だが、奴隷の売買をするということは大商人や大貴族とつながりがありそうだな。」
「ナツ殿の言われる通りです。この国の大商人達は七大商人と呼ばれているんですが、あ奴を含め、そのうちの3人が仲間です。」
「他に仲間はいないんですか? 大貴族とか?」
「いますよ。この国の宰相を務めるヒナタ公爵を中心とした公爵派の貴族達ですね。」
「そんな大物まで仲間なんですか?」
すると師匠が小さい声で呟いた。
“やっぱり滅ぼすか。”
魔族のオレと違って人族のグランデさんには聞こえていないと思うが、グランデさんの額に一瞬しわが寄った。オレはすぐさま話題を変えた。
「怪我がなくてよかったですよ。先を急ぎましょう。」
「もうすぐそこですよ。街に入ったら、是非我が家まで来てください。」
「はい。」
大商人のグランデさんが一緒だったこともあり、街の中にはすんなり入ることができた。
街に入ると建物の大きさに圧倒された。地球にいた頃、オレは田舎の街で生まれ育った。それでも、それなりの建物もあった。だが、文明の劣っているこの世界では、城を除けばどの家もせいぜい2階建ての木造建築かレンガ造りの家だ。この世界に来て初めて5階建ての建物を見た。その瞬間、オレの頭に“古代遺跡”の件が頭をよぎった。
オレはグランデさんに聞いた。
「この街の家は他の街と全然違うように思えるんですが。」
「それはそうでしょう。この街の建物の多くは、古代遺跡から発掘された設計図を基に作られていますからね。」
「古代遺跡ですか?」
「はい。元々辺境伯領だったノブミという街がこの国の東にあるんですが、そこで古代遺跡が発見されたんですよ。なぜか、現在はヒナタ公爵領になりましたけどね。」
師匠を見ると師匠も同じことを考えているようだった。
オレと師匠はグランデさんに案内されてグランデさんの自宅に行った。そこは、建物こそ2階建てだったが、貴族並に広いお屋敷だった。屋敷には使用人達が10人程いた。オレ達は応接室に通されお茶を飲んでいると、グランデさんが話しかけてきた。
「シン殿とナツ殿の実力は十分に拝見させていただきました。そこで相談なのですが、この国の改革を手伝ってもらえないでしょうか?」
「改革ですか?」
「はい。せっかく他国よりも技術があるのに、この国の高官も大商人達も自分達のことしか考えていません。その結果が、知っての通りの奴隷制度です。金と権力に物を言わせて、廃止しようとしないのです。」
「ですが、失礼ですがグランデさんは商人ですよね。」
「はい。そうですよ。ただ、昔から王家御用達でしたから、国王ザリウス様の心痛は痛いほどわかるのです。」
「国王はそれを望んでいるのですか?」
「はい。だから私が自ら探し回っているんですよ。魔王を倒したというリリシア帝国の英雄を。」
「オレ達はその英雄なんかじゃありませんよ。」
「いいんです。英雄でなくとも。正義を貫く心とそれを実現する力を備えた方なら。どうでしょうか? 是非とも協力をお願いしたいのですが。」
「もしかしたら、グランデさんは公爵家一派を排除するおつもりですか? だとしたら、この国を2分するような内戦になりますよ。」
ここで、グランデさんが目を細めて、オレと師匠を見ながら言った。
「はい。承知しています。私の密偵が調べたところ、古代遺跡から古代兵器のようなものが発掘されたようです。それを使われたら、この国どころかこの世界も大戦になるでしょうね。」
「つまり、オレ達に公爵家一派の排除と同時に、古代兵器を処分して欲しいということですか?」
「シン殿からは何やら神聖な匂いがしましたので、ご相談させていただきました。」
「グランデさん。あなたは一体何者ですか?」
「シン殿もナツ殿も何やら素性を隠しておられるようですが、こちらが一方的にお教えすることはできませんね。」
オレは師匠の顔を見た。すると師匠がグランデさんに言った。
「我々のことを話してもよいが条件がある。我々のことは絶対に秘密にして欲しい。」
「わかりました。こちらも同じ条件です。」
オレと師匠は背中から黒い翼を出した。
「お二人は魔族でしたか?」
「ああ、そうだ。お前が言った通り魔王を倒したのはこのシンだ。」
「やはりそうでしたか。ですが不思議ですね。私も長いこと生きていますが、シン殿からは魔族というよりももっと神聖なものを感じるのですが。」
「それは、シンも私も堕天使族だからだろう。」
「・・・・・・」
「それで、グランデさんのことも教えてくれるんですよね。」
「はい。」
グランデさんの姿が若返り、耳の形が変化していく。
「お前はハイエルフか?」
「その通りです。昔は精霊魔術師として結構知られていたんですよ。ほんの300年ほど前の話ですがね。」
オレは思った。精霊魔術師なら大精霊のことも知っているだろうと。
「グランデさんは大精霊にあったことがあるんですか?」
「滅相もない。大精霊様にお会いするなど出来ようはずがありませんよ。」
オレは大精霊達に合わせてあげたいと思った。ただそう思っただけだったが、目の前に眩しい光がいくつも現れた。そしてそこに森の大精霊ドリアード、水の大精霊ウンディーネ、大地の大精霊ノーム、風の大精霊シルフが姿を現した。
「オオ――――――――!!!」
グランデさんは大きな口を開けて驚いた。そして次の瞬間、床に平伏した。すると、森の大精霊ドリアードが声をかけた。
「グランデとやら、そんなに畏まらなくてもよい。我らはここにいるシン殿と契約をしている。今やシン殿は我らの主だ。」
「ええ―――――――!!!」
「ドリアードさん。オレは主じゃありませんよ。皆さんの友人ですからね。」
大精霊達が笑顔で様子を見ている。
「大精霊の皆さん、ありがとうございました。でも、オレの考えがよくわかりましたね。グランデさんに皆さんを合わせてあげたいと思っていたんですよ。」
「我らは、シン殿の中にいる。シン殿の考えはすぐにわかるさ。」
ここで、オレは思った。オレが師匠のことを愛していることも全部知られているかもしれない。すると、大地の大精霊ノームが教えてくれた。
「シン殿。心配するな。ナツ殿も同じだぞ!」
ここで、何のことかわからない師匠が反応する。
「えっ?! 何のことだ?!」
「オレも師匠もお互いを大事に思っているということですよ。」
すると、師匠が顔を赤くして体をくねくねし始めた。
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