ブルート辺境伯とスタンピード
その後、僕達は翼を仕舞って話し合いを始めた。
「それでどうやってこの内戦を止めるのだ?」
「最初に反乱軍の総大将ブルート辺境伯のもとに行き、内戦をやめるように説得するさ。」
「どうやって説得するのだ?」
「現皇帝を退位させ、カエサル殿が皇帝になる事を約束するしかないだろうな。」
「それで、奴は納得するかな?」
「納得しなければ私とシンが相手になると伝えればいい。その際、それなりの力を見せるがな。被害がどの程度出るかは保証できんぞ。」
「皇帝の方はどうするのだ。」
「私達が力を見せつけて説得するしかないだろうな。」
「皇帝がそれで退位するとは思えんが。」
「その時は行方不明にでもなってもらうさ。」
「何をするつもりだ!」
「死ぬよりましだろ。記憶を奪ってどこかの国にでも行かせるさ。」
「わかった。ならば計画が破綻した際は、今回の件、このモリソンがすべての責任を負うことにしよう。」
「公爵様。大丈夫です。僕と師匠で何とかしますから。」
その日は師匠の家に行き、いつものようにゆっくりと休んだ。そして、翌日僕と師匠は、ブルート辺境伯の領地の領都コスゲに向かった。僕も師匠も一度行ったことのある場所には転移できるが、行ったことのない場所には転移できないので、背中から翼を出して飛行していくことにした。
上空を飛びながら確認しているが、コスゲに行く途中の街ではどの街も戦争の準備をしているようだ。武装した兵士達の姿が見えた。恐らくブルート辺境伯の味方をする軍隊なのだろう。
いよいよブルート辺境伯の領都コスゲの街が見えてきた。さすがに辺境の地だけあって、街全体が高さ15mほどの城壁で囲まれている。僕達は、城門を通るのが面倒だったので、コスゲの街中の建物の陰に舞い降りた。
「師匠。これで転移でいつでも来られますね。」
「ああ、そうだな。」
「なら、早速カエサルさんを迎えに行きましょう。」
僕と師匠は帝都の公爵家の屋敷に転移した。突然現れた僕と師匠に、執事も使用人も驚いている。
「ええっ――――――!」
「カエサルさんはいますか?」
すでに僕達のこと知っているメイドがカエサルさんを呼びに行った。
「シン殿。ナツ殿。お早いお戻りで。それでどうでしたか? コスゲの様子は。」
「はい。行く途中の街でも戦争の準備をしていました。コスゲの街でも大勢の兵士達が集まっているようです。」
「そうですか? ならば急がねばありませんね。」
「そこで、カエサルさんを迎えに来たんですよ。」
「私ですか?」
「そうです。冒険者の僕達が行っても辺境伯は相手にしないでしょう。だから、カエサルさんに一緒に来てもらって説得しようと思うんですが。」
「わかりました。直ぐに用意をします。」
カエサルさんが支度を整えるために、部屋に戻った。僕達は応接室で手持無沙汰でいた。そこに、アナンさんがやってきた。
「シン様。ナツ様。お願いがあるのです。カエサルは私にとってなくてはならない存在なんです。カエサルを守ってあげてください。お願いします。」
「大丈夫ですよ。僕と師匠が一緒に居ますから。」
師匠が僕の手を掴んでいるが、その手に力が入っていた。そして、カエサルさんが準備を整え、応接室にやってきた。
「シン殿、ナツ殿。お待たせした。」
僕はカエサルさんの手を掴んで、師匠とともにコスゲの街まで転移した。カエサルさんはまさか転移するとは思っていなかったようで、その驚きようは半端ない。
「これは、一体何が起こったんだ?」
「転移したんですよ。」
「転移?」
「一瞬だったでしょ。もうここはコスゲの街ですよ。」
「ええっ――――――!!!」
僕はカエサルさんに転移について簡単に説明した。カエサルさんはあまりの感動に、帰りも是非転移で帰って欲しいと言ってきた。
「カエサルさん。僕と師匠はカエサルさんの護衛ということにして、ブルート辺境伯の屋敷に向かいましょう。」
「わかりました。」
僕達3人はブルート辺境伯の屋敷に向かった。すると、大勢の兵士達が辺境伯の屋敷に入っていく。僕達が屋敷の門のところまでくると、武装して兵士達に囲まれた。
「お前達は何者だ? この屋敷に何か用か?」
「私は公爵家のカエサルだ! 父の名代として参った。ブルート辺境伯にお会いしたい。」
「しばらく待たれよ。」
兵士が中に入っていく。そしてしばらくして兵士が呼びに来た。僕達3人は屋敷内に案内された。屋敷内は公爵家同様に質素だ。僕達が応接室の中に入ると髭を生やした男性がいた。
「久しいな。カエサル殿。結婚したと聞く。おめでとう。」
「ありがとうございます。ブルート辺境伯。」
「それで、今日は何用かな? 見ての通り戦の準備をしておる。」
「やはり噂は本当でしたか。ブルート辺境伯、挙兵をやめてもらうことはできませんか?」
「それは無理だ。あの皇帝の政治は世に混乱をもたらす。こともあろうに古代遺跡を採掘し、古代兵器を利用して他国に攻め入るなど到底許せん。」
「やはり古代遺跡の件をご存知でしたか。ですが、古代遺跡は既にありません。何者かが破壊しました。」
「なんと。それは誠か?」
「はい。この目で妻アナンと確認してまいりました。」
「だが、そなたは皇帝のいとこだ。信用していいものかどうか?」
ここでカエサルさんの後ろに立っていた僕が話に加わった。
「ブルートさん。カエサルさんの言っていることは真実ですよ。だって、古代遺跡を消滅させたのは僕と師匠だから。」
「なんと?!」
カエサルさんもブルートさんも顎が外れるんじゃないなと思うほど大きな口を開けて驚いている。
「シン殿。ナツ殿。それは真実か?」
「シンの言ってことは本当だ。この私が島を消滅させたからな。」
「カエサル殿。この者達はいったい何者だ?」
僕はブルート辺境伯の質問には答えず、要件を伝えた。
「そんなことより、ブルートさん。今の皇帝は僕も嫌いです。民の苦しみを考えず、戦争を起こそうなんて許せません。でも、このカエサルさんが皇帝になったらこの国も世界も平和になると思いますよ。」
「確かにそうだが・・・・・」
ここでブルート辺境伯が考え始めた。すると、兵士がノックもせずに慌てて部屋に入ってくる。
「辺境伯様! 一大事です!」
「何事だ! ノックもなしに無礼であろう!」
「急いでいたもので申し訳ありません。」
「それで急用とはなんだ?」
「魔物です。10,000匹を超える魔物の大軍がこの街に向かっています。」
ここで、師匠が小さい声で呟いた。
「スタンピードだ。魔物達め、戦争の匂いを嗅ぎつけて攻めてきな。」
「戦争の匂い?」
「そうさ! お前達は何も知らんのか? 魔物が発生するのは魔素だまりからだ。世界の平和が壊れ、戦争のような空気が魔素を濃くするのさ。魔物達は魔素が大好きだからな。」
「魔物達を止める方法はないのか?」
「魔物達と戦争するしかないだろうな。」
ここで冷静になったカエサルさんがブルート辺境伯に聞いた。
「ブルート辺境伯殿、こちらの兵はどのくらいいるんですか?」
「今すぐに参戦できるのは我が兵の5,000人だけだ。」
「魔物は10,000匹か。ブルート辺境伯、諦めるのは早いですよ。国民のために共に戦いましょう。」
ブルート辺境伯はカエサルさんの手を取って感謝した。
「カエサル殿、かたじけない。」
僕と師匠はともに見つめあった。言葉に出さずともやることは決まっている。
「カエサルさん。ブルートさん。みんなに被害が出ないように、一般人は家の中に避難させてください。兵士達は城門の内側で待機させてください。」
「シン殿とナツ殿はどうするんですか?」
「決まっているじゃないですか。僕達が魔物どもを全滅させますよ。」
僕と師匠は屋敷の外に出て城門の上まで走って行った。遠くで土埃が上がっている。兵士達は城門の内側に逃げ込んでいた。
「おい、戦争どころじゃないぞ!」
「ああ、俺達ここで殺されるのか?」
「やられる前にこっちからやろうぜ!」
「馬鹿か? 魔物は10,000匹いるんだぜ!」
「しかも、サイクロプスやヒドラまでいるって言うじゃねぇか?」
「なんだそりゃ!!」
兵士達はもう完全に戦意を喪失させている。魔物の軍勢が500mの地点まで近づいていた。ここで師匠が一気に魔力を開放する。
「ストーム」
晴れ渡っていた空が真っ黒な雲に覆われていく。強風が吹き始め、空からは魔物めがけて稲妻が落ちている。さらに、師匠は魔法を放つ。
「ディスアピアランス」
眼前に黒い霧が大量に発生した。霧の中で何が起こっているのか分からないが、魔物達の悲鳴が聞こえる。
「ギャ――」
「ウゴォ――――」
目の前の霧が晴れると目の前の魔物は消滅していた。だが、その後ろからまだまだ魔物達がやって来る。さすがに10,000匹は大軍だ。
「師匠。後は僕がやります。師匠は休んでいてください。」
すると、久しく聞いていなかった声が聞こえた。
『神級魔法で殲滅せよ。』
「えっ?!」
僕は神級魔法とか言われてもわからない。だが、頭の中に“隕石”が浮かんだ。僕は隕石が落ちるのを想像して、両手を天に挙げて魔法を発動した。
「メテオライト」
すると、空一面を黒く覆っている雲が所々赤くなり始めた。そう思った瞬間、空から真っ赤に燃える隕石が大量に落下し始めた。まるで、宇宙創成の様相を呈している。熱気と土煙が半端でない。師匠の魔法であっけにとられていた兵士達が、今度は天に向かって拝み始めた。
土埃が収まるとそこには魔物はいない。その代わりクレーターがいくつもできていた。
「シン。お前、また成長したな。」
「はい。師匠のお陰です。」
僕と師匠は再びブルート辺境伯の屋敷に戻った。そこでは、カエサルさんとブルート辺境伯が片膝をついて僕達を出迎えた。
「どうしたんですか? カエサルさん。ブルートさん。」
僕達の正体を知らないブルートさんは震えながら言ってきた。
「シン殿、ナツ殿。あなた達はこの国に現れた救世主だ。恐らく神の使者なのだろう?」
「いいえ。ブルートさん、そんな大したものではありませんよ。それより、カエサルさんもブルートさんも普通にしてください。こっちが緊張しちゃいますから。」
2人が席に座りなおして落ち着いたところで、再度確認した。
「ところでブルートさん。カエサルさんに次の皇帝になってもらって、ブルートさんが宰相になれば最強のタッグになると思うんですが。」
カエサルさんが僕の意見に賛成してくれた。
「それは名案ですね。シン殿。私とブルート辺境伯は平和主義ですから、この国が間違った方向に行くこともないと思います。」
「ブルートさんはどうですか?」
「承知しました。全ての兵達の武装をすぐに解除させましょう。」
「ありがとうございます。」
ブルートさんには3日後に帝都に来るように伝えて、僕達は転移で公爵の家に戻った。その後、僕も師匠も疲れがひどかったので、公爵の家に泊めてもらうことにした。残念ながら、お風呂は別々だ。久しぶりに一人で入るお風呂はのんびりできたが、何故か寂しかった。
その分、寝る時は珍しく僕から甘えて寝たのだった。
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