公爵家のカエサルと妻のアナン
僕が目を覚ますと師匠の家のベッドの上にいた。隣には師匠が寝ている。僕は師匠の寝顔をまじまじと見た。やはり師匠は美人だ。こんな美人の人にキスされたんだと思うとドキドキした。僕が顔を近づけてみていると師匠が目を覚ました。僕は慌てて師匠から離れた。
「もしかして、師匠は起きていました?」
「いいや。今起きたところだ。ところで、具合はどうだ?」
「はい。大丈夫です。」
「あまり心配させるなよ。」
その後、僕と師匠はモトスの街まで様子を見に転移した。街を見渡すと、噴火の被害の大きさが一目瞭然だった。火事で燃えた家、火山礫や火山弾で破壊された家がいたる所にあった。僕達が最初に泊まろうとした『ムラユ』も完全に焼失していた。僕達は『サワイ亭』に急いだ。サワイ亭の前まで来ると、後ろから声をかけられた。
「お客さん達まだいらっしゃったんですか?」
「はい。街を出たところで火山が噴火するのが見えたので避難していたんです。戻ってみたら、街が大変な状況で驚いているんですよ。」
「そうなのよ。でも、不思議なのよね。この宿は何の被害もなかったのよ。」
「そのようですね。」
「もしかしたら、神様が守ってくれたのかもしれないわ。」
「そうかもしれませんね。ねっ! 師匠!」
「ああ、そうだな。」
僕達は再びモトスの街を後にした。そして、草原の街ノアケに向かっている。モトスを出て大分経った頃、周りの景色が草原になってきた。
「シン。いよいよ草原地帯だ。こういう草原地帯にはサーベルライアという魔物がいるから注意して進むぞ!」
「サーベルライアですか?」
「そうだ。頭に角があって大きな牙を持っている大型の猫のような魔物だ。動きが俊敏で魔法まで使うぞ!」
「あってみたいです。」
「奴らは気配遮断をして獲物に近づき、一気に襲い掛かって来るから油断するなよ。」
「はい。」
僕は師匠の手を掴んだ。すると、逆に師匠は僕の腕をつかんで体を密着させてきた。
「キャ――――――!」
遠くから女性の悲鳴が聞こえた。僕達が悲鳴の方向に走って行くと、サーベルライアが男性と対峙している。男性は剣を持って構え、その後ろには女性が転んでいる。サーベルライアが男性に牙をむいて襲い掛かった。男性は剣で牙を防いだが、サーベルライアは力で押し込んでいる。すると、力負けした男性が後ろに転び、その一瞬の隙にサーベルライアが男性の上にのしかかった。絶体絶命のピンチだ。
僕は、刀を抜いて男性の上にのっているサーベルライアに向かって切りつけたが、鋭い牙に防がれた。僕が一旦後ろに下がると、サーベルライアは角に電流を集め始めた。どうやら電撃を放ちそうだ。僕は、直ぐに全身に『バリア』を張った。すると、角から放たれた電撃が結界に当たり、上に方向を変えて飛んでいく。
僕は目立ちたくない。でも、こいつを倒すにはある程度の力が必要だ。助けた2人がこちらを見ている。僕が悩んでいると、後ろから師匠が声をかけてきた。
「シン。時間をかけるな。遠慮はいらん。」
僕はなるべく目立たないように刀を使うことにした。刀に魔力を流し込むと刀は明るく光っている。サーベルライアの目の前に『縮地』で移動して刀を振った。すると、サーベルライアは角で防ごうと角を突き出してきたが、その角はきれいに切断された。そして、サーベルライアが怯んだすきに、僕はジャンプして上段からサーベルライアに刀を振り下ろした。サーベルライアも後ろに逃げたが、刀の斬撃で体が左右に分かれて絶命した。
「よくやったな。シン。」
「はい。師匠。」
師匠が僕の頭をなでてきた。そこに倒れていた2人がやってくる。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか。」
「いいえ。通りかかっただけですから。」
「私はカエサルと言います。こっちは妻のアナンです。」
「夫ともども助けていただいてありがとうございます。」
「僕はシンです。」
「私はナツだ。」
「シン殿にナツ殿ですか。お二人はどこまで行く予定ですか?」
「はい。ノアケの街に行って、そこから帝都モツマータに行く予定です。」
「なら、我々と一緒ですね。帝都まで一緒に行きませんか?」
僕は師匠の顔を見た。師匠が頷いている。
「わかりました。一緒に行きましょう。」
それから道中いろんな話をしながら、4人でノケアの街に向かって歩いている。
カエサルさんは公爵家の長男で現皇帝といとこの関係にあるらしい。現在近衛師団に所属している。アナンさんは伯爵家の2女だ。2人は結婚したばかりで、新婚旅行の帰りだった。
「カエサルさんもアナンさんも高貴な身の上なのに徒歩なんですか? 馬車は使わないんですか? それに護衛もいませんよね?」
「我ら貴族の生活は民の税金で賄われているんです。贅沢はできませんよ。それに僕は近衛兵ですから、護衛も必要ありませんし。」
僕は何故か嬉しくて師匠の手を強く握って顔を見た。師匠もニコニコしていた。因みに、カエサルさんとアナンさんは夫婦なのに手もつながない。貴族だからだろうか?
4人はノアケの街の城門のところに来た。すごい行列だ。僕達が話をしながら行列の最後尾に並んでいると、見回りの門兵がやってきた。カエサルさんとアナンさんを見つけて、片膝をついて話しかけてきた。
「カエサル様、気づかなかったとはいえ申し訳ございませんでした。こちらにどうぞ。」
「いいや。ここでいいよ。順番通り並ぶから。」
周りで並んでいた人達はいったい何が起こったのかと、不思議そうに見ている。門兵はカエサルさんに諭され、しぶしぶ門の方に戻っていった。
そして僕達の順番が来たので、僕と師匠は身分証を見せて中に入った。街の中はモトスに比べてはるかに人が少ない。だが、他の街のように冒険者風の人達がいる。僕と師匠が宿の話をしていると、カエサルさんが以前に泊まったことのあるという宿に連れて行ってくれた。
カエサルさんには悪いが、宿は外から見るとすごく古かった。とても大貴族が泊まる宿には見えない。僕達は宿の中に入った。
「シン殿とナツ殿は同じ部屋で良いのかな?」
「はい。」
僕達は部屋に案内され、中に入ってみると意外と広かった。それに大きくフカフカなベッドが用意されていた。掃除もしっかりと行き届いているようで、埃一つなかった。
僕達が出かけようと下に降りると、そこにはカエサルさんとアナンさんがいた。
「部屋はどうでしたか?」
「すごく広くて快適です。」
「それは良かったです。どこかにお出かけですか?」
「はい。冒険者ギルドに行こうと思います。」
「僕達も同行させていただいていいですか?」
「いいですけど、アナンさんは大丈夫ですか?」
「どうしてですか? シン様。」
「酒に酔った荒くれ者がたくさんいますよ。」
「平気ですよ。シン様。それに、私も冒険者ギルドには一度行ってみたかったですから。」
僕達は4人で冒険者ギルドに向かった。ギルド内に入ると、思った通り酒臭く、すでに酔っぱらった冒険者達がいた。僕達は彼らを無視して掲示板の前に向かったが、どうやら掲示板には危険な仕事はないようだった。すると、後ろから声をかけられた。
「おい、邪魔なんだよ。そこをどけよ。見えねぇだろうが。」
酒に酔った冒険者が絡んできた。僕は目立ちたくなかったので、フードを深くかぶりなおして横にどいたが、カエサルさんは我慢できなかったようだ。冒険者に言い返した。
「順番が待てないとはお前は犬以下の人間だな。」
「なんだと~! 女の前だからっていいカッコするんじゃねぇよ!」
ここで僕はカエサルさんが公爵家の名前を使うのかと思っていたら、以外にも身分を明かすことをしなかった。
「うせろ! 目障りだ!」
「もう我慢できねぇ!」
酒に酔った冒険者がカエサルさんに殴りかかる。だが、カエサルさんは素早い動きでそれを避けて、冒険者の腕を取ってガッチリときめた。
「痛てぇ! 放しやがれ!」
仲間の冒険者らしき男達がこちらを見て、にやにやと笑っている。
「お前のような奴に冒険者の資格はない。この場から去れ!」
カエサルさんは冒険者を突き飛ばした。冒険者は転んだが、すぐに立ち上がって剣を抜いた。その様子を見て、先ほどまで笑ってみていた仲間の冒険者達も、剣を抜いてこちらに向かって来た。すると、カエサルさんが男達に向かって言った。
「お前達が今抜いた剣は何のためにあるのだ。喧嘩をするためか? それともこの国の民を守るためか? どちらだ?」
男達はカエサルさんの言葉に怯んだ。だが、酒に酔って絡んできた冒険者だけは違う。反抗的だ。
「うるせぇんだよ! 強いものがいつでも正義なんだよ!」
男は剣で切りかかった。僕が師匠の顔を見ると、師匠は顔を横に振った。これは手出しをするなということだ。僕はいつでも助けに入れるようにして様子を見ている。
「切りかかってきたということは、殺されても文句は言えないよな。」
それでも、冒険者は剣を仕舞わない。
「しょうがない。相手をしてやろう。」
カエサルさんは剣を抜かずに体術で受けるようだ。冒険者は酔っているせいか、その動きが遅い。カエサルさんが向かってきた冒険者の足を蹴とばすと、冒険者は勢い余って大きくこけた。カエサルさんは冒険者に近づき、顔面に拳を叩き込む。
「まだやるか?」
「覚えてやがれ!」
男は捨て台詞を残してその場から立ち去った。
「シン殿。ナツ殿。お見苦しいところをお見せした。申し訳ない。」
「あのぐらいで丁度いいぞ! これで、あいつはもうこの街にはいられんだろうな。」
その後、ギルドを出て街中を散策することにした。しばらく歩いていると、突然アナンさんが僕に聞いてきた。
「聞いていいのかどうかわからないのですが、どうしてシン様はフードを被っておられるのですか? 暑くないですか?」
「僕は目立つのが嫌いなんです。」
「フードを外すと目立つんですか?」
「自分では普通だと思うんですが・・・・・」
「私、シン様のお顔を見てみたいです。ねぇ。カエサル様?」
「アナン、失礼だぞ!」
「ごめんなさい。」
僕がどうしようか迷っていると、師匠が声をかけてきた。
「シン。お前はこの前私に、もうフードはしないとか言ってなかったか?」
「言いましたけど、・・・・・わかりました。」
僕はフードを取った。するとそこに現れたのは白髪で瞳が赤く、まるで女神のような美しい顔の少年だった
「ええ―――――!!」
「すごい美形じゃないですか?」
「そんなことはありません。普通です。」
「シン殿が目立ちたくないといった意味が分かるな。なっ、アナン。」
「はい。これだけの美形でしたら女性達は騒ぐでしょうね。」
言っている矢先から、すれ違う女性達が僕をじろじろと見てくる。師匠は僕が困っているのが面白いのか、少し離れて笑っている。
「師匠。酷いですよ。」
「悪い悪い。ついお前が困っている姿が可愛くてな。」
師匠が僕の腕をつかんでまるで恋人のように体を密着させてきた。
「こうすれば、女達も諦めるだろう。」
「ナツ殿はなかなかの策士ですね。」
3人が笑っている。その後、僕達は市場に行ったり、レストランで食事したりして時間を過ごした後、宿まで戻った。その間、女性達の視線が僕に向けられていたのは言うまでもない。
部屋に戻った後、師匠が言って来た。
「シン。お前の美しさはお前の個性だ。もっと自信を持て! 言いたい奴には言わせておけ! 見たい奴には自由に見せろ! それでお前の価値が変わることもあるまい。」
「はい。師匠に嫌われなければ、僕はそれだけでいいです。」
「私がお前を嫌うことなどあるはずがなかろう。」
師匠の顔が少し真剣になっていた。その後、夕食を食べに食堂に行ってカエサルさん達と一緒に食事をした。そして、部屋に戻った後、師匠の家に転移してお風呂に入ってから再び宿に戻って一緒に寝た。
翌朝、師匠と食堂に行くとすでにカエサルさん達が食事をしていた。
「シン殿。いつ出発しますか?」
「食事が終わったらすぐに出かけます。」
「わかりました。では、我々もここで待っていますね。」
「はい。」
読んでいただいてありがとうございます。