ワイバーン討伐
翌日、僕と師匠はギルドの依頼にあったワイバーンの討伐のために山に向かった。山に入ると、野生動物も魔物もいる。意外と生き物が多い。つまり、それはワイバーンの餌が多いということだ。野生動物は無視して、魔物を狩りながら先を進んだ。すると、山頂付近に20匹ほどのワイバーンが上空を滑空しているのが見えた。
「師匠。かなり高い位置にいますよ。どうします?」
「翼を出せば簡単だが、人に見られるわけにはいかないしなぁ。」
「風魔法で何とかしますか?」
「距離があるからな。だが、あまり強力な風魔法を使うとこの辺りに被害が出るぞ。」
「ピンポイントで狙える風魔法があればいいんですけど。」
「シン。風魔法がダメなら、水魔法で挑戦してみろ。お前は水の大精霊と契約しているから、使えるはずだぞ!」
僕が水魔法を使おうとすると、水の大精霊のウンディーネさんが現れた。
「僕、まだ何も頼んでないですよ?」
「シンさんの身体の宝珠がすべて教えてくれるんですよ。シルフを呼べばいいんですよね?」
「シルフ?」
ここで師匠が教えてくれた。
「シルフは風の大精霊だ。」
「そうなんだ~。」
僕が納得していると、ウンディーネさんが何やらぼそぼそ言っている。すると、一瞬強い風が吹き、そこに青色の髪をした美女が現れた。
「ウンディーネ。何か用かしら?」
「急に呼び出してごめんなさいね。ここにいるシンさんと契約して欲しいのよ。」
「なんで私がこんな子どもと契約しなきゃいけないのさ。」
「私も森の大精霊ドリアードも契約したわよ。」
「私には関係ないだろう!」
ウンディーネさんが僕に言った。
「シンさん。フードを取ってお顔を見せてあげてくれるかしら。」
僕はウンディーネさんに言われた通りフードを取った。すると、シルフの態度が一変した。
「すごく奇麗だ! その髪、その瞳、そのオーラ、あなた人族じゃないわね?」
僕は師匠の顔を見た。師匠がうなずいている。
「はい。僕は魔族です。」
「魔族? 本当に魔族か? 何か違うようなもっと神聖な・・・・・」
シルフさんが何か言いかけたが師匠が慌てて口をはさんだ。
「この子は私と同じ魔族よ。堕天使族だから。」
何かシルフさんが首をかしげている。
「まぁ、いいわ。私もあなたと契約してあげるわね。」
そう言ってシルフさんは宝珠を渡してきた。僕がその宝珠を受け取ると宝珠は明るく光り、僕の体の中に入って行った。
「ありがとう。シルフさん。」
「これで、あなたも私と同じように自由に風が扱えるわ。」
試しに僕は右手を前に出して一匹のワイバーンに向かって風を放った。すると、手から発生した小さな竜巻がだんだんと大きくなり、ワイバーンを飲み込んでいく。ワイバーンの身体はバラバラになって地上に落ちた。
「すごいね。この風の力。」
「当たり前よ! このシルフ様の力だぞ!」
シルフが胸を張って僕に自慢げに言った。僕の視線は突き出されたシルフさんの胸に行き、次にウンディーネさんの胸に行く。そして最後に師匠の胸に行った。
「お前、今何を考えた? もしかして、私の胸をこいつらと比べたな!」
「ごめんなさい。」
「なぜ謝る! 謝られたら余計に私がみじめになるだろう。」
「でも、シルフさんも美人だから。」
シルフさんは嬉しそうに僕の頭をなでてきた。それを見てウンディーネさんが怒る。
「シルフ! 何しているのよ? 私だってまだシンさんに振れたことすらないのに!」
「いいですよ。ウンディーネさん。」
ウンディーネさんは僕の頭をなでるかと思ったら僕を抱きしめてきた。
「すごく優しい温もりだわ。でも不思議ね。大精霊の私がこんな風に感じるなんて。」
僕にはウンディーネさんの言っている意味がよくわからなかった。でも、ウンディーネさんからは暖かさが伝わってくる。それにいい香りがした。
「シン! 鼻の下を伸ばすな! それよりもさっさと依頼を終わらせるぞ!」
「はい。師匠。ウンディーネさん、シルフさん。ありがとうございました。」
「シンさん、またね。」
「シン、いつでも呼んでいいからな!」
ウンディーネさんとシルフさんがその場から消えた。
「最初に、僕が風魔法でワイバーン達を落とします。」
僕は先ほどのように魔法を放とうとしたが、ワイバーン達が警戒している。どうやら、僕達を敵だと認識したようだ。攻撃態勢に入るものさえいた。1匹のワイバーンが上空から火の玉を放ってくる。師匠が僕達の前に『バリア』を展開して攻撃を防いだ。
「シン。さっきの風魔法だが、威力が落ちてもよい。広範囲にできるか?」
「やってみます。」
僕は右手を前に出し、先ほど放った風魔法を薄く延ばす感覚で放った。すると小さな竜巻が複数発生している。それが、だんだんと大きくなりワイバーンに襲い掛かる。だが、先ほどよりも威力がないため、体勢を崩したワイバーン達が急降下してきた。中には翼が傷つき、地面に激突したものもいた。
「ギャ――――、ギャ――――」
ワイバーンが悲鳴を上げている。僕と師匠はワイバーンの翼に向かって攻撃した。師匠は『アイスカッター』でワイバーンの翼を切り裂いていき、僕は『ファイアビーム』を指から放ってワイバーンの翼を焼いた。翼を失ったワイバーンは大きなトカゲだ。それほど怖くはない。それでも、ワイバーン達は最後の抵抗で、口から一斉に火球を放ってきた。
僕と師匠はそれを避けて、師匠が魔法を発動する。
「アイスランス」
上空に氷の槍が出現し、それが一斉にワイバーンに降り注いだ。半分以上のワイバーンが絶命している。だが、まだ反撃しようとしているものもいた。そこで、僕は刀を抜いて、一気にワイバーンに駆け寄りその首を刎ねた。
「終わったな。」
「はい。」
「では、空間収納にしまって帰るぞ!」
「はい。」
ワイバーンを空間収納にしまい、僕は師匠と手を繋いで歩いている。やっぱり姉弟だ。
「シン。お前も11歳だ。魔族の成人は15歳だが、お前のいた世界では成人は何歳だ?」
「はい。20歳です。」
「20歳か。この世界では人族は18歳で成人だ。ドワーフ族、エルフ族、魔族は15歳で成人だな。」
「なぜ、人族だけ遅いんですか?」
「人族は短命だ。だから、子どもがたくさんできる。それで、成人年齢が遅くなっているんだろう。」
「ドワーフ族やエルフ族、魔族は子どもができにくいんですか?」
「ああ、長生きだからな。子孫を残すことにあまり執着しないのだろう。そのため、体のつくりもそうなったんだろうな。」
「なら、魔族の僕はもう少しで大人ってことですか?」
「ああ、そういうことになるな。」
何か嬉しかった。地球にいたときはいつも子ども扱いされ、何か自分の考えを言おうものなら“子どもの癖に”とか言われた。それだけが原因ではないが、それが嫌で親にも会わないように部屋に引きこもった経緯がある。
“僕が成人かぁ~。大人になるのかぁ~。”
僕が思いにふけっていると師匠が寂しそうに言った。
「とうとうシンが大人になってしまうなぁ。」
何故か師匠は寂しそうだった。僕にはその理由が分からない。
僕達はギルドに向かって街を歩く。
「僕ももう成人になるし、もうフードを外して歩いてもいいですか?」
「好きにしろ!」
師匠はなぜか投げやりに答えた。
“もしかしたら、僕が成人したら師匠はもう僕の元を離れてしまうんだろうか? 野生動物でさえ、巣立った後に親は一緒に居ない。でも、師匠とは離れたくない。”
頭の中で最悪のケースを考えてしまった。自然と僕の目から涙が流れた。
「どうしたのだ。シン。急に泣き出したりして。」
「師匠はどこにも行かないですよね。ずっと僕と一緒に居ますよね。僕はずっと子どものままでいたいです。」
人目も憚らず師匠は僕を抱きしめた。そして耳元で言った。
「シン。死ぬまで一緒に居ような。」
師匠の声も振るえていた。
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