ドラゴ島
いよいよ宴が始まった。ミチルが無事帰還したことのお祝いと、神の使徒であるオレと師匠の歓迎を込めての宴だ。当然、オレと師匠のところには挨拶かたがた、お酒のお酌がやってくる。肉料理がないことへのショックを味わう間もなく、オレの記憶がなくなった。
翌日起きると、オレはカスパー長老の家にいた。頭が割れるように痛い。
「痛たたっ!」
「二日酔いか? それにしても情けない奴だ。3口しか飲んでないだろう。たったそれだけで気を失うなんて、情けなさすぎるぞ!」
「師匠が強すぎるんです!」
「お前は馬鹿か! 魔法で体内のアルコールを無毒化すればいいだけの話だ!」
「えっ?!」
“そうだ。確かに師匠の言うとおりだ。何で気が付かなかったんだろう。”
「今からでも遅くない。自分にリカバリーかヒールでもかけておけ!」
「はい。」
オレは早速、ヒールをかけた。すると、頭痛がだいぶ楽になった。オレと師匠はカスパー長老とミチル一家に挨拶をして、いよいよセフィーロ達との待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所は、ユーフラ大陸の最西端の岬だ。そこまで、オレと師匠は飛翔することにした。久しぶりの飛翔はすごく気持ちがいい。いつも思うが、家の中から外に出なかった地球時代が嘘のようだ。それに、この世界ではオレの左手はいつも暖かい。師匠が握っているからだ。この幸せな生活をいつまでも続けたい。心からそう思った。
しばらく飛翔して目的地まで着いた。まだ、セフィーロ達は来ていないようだ。
「シン。確かリフカ大陸に行く途中に、あのレッドドラゴンの親子の島があるはずだ。どうする? 寄っていくか?」
「はい。確かドラゴンが住むドラゴ島でしたよね。リンさん親子にも会いたいし、寄っていきましょう。」
そんな相談をしていると、セフィーロ、ハヤト、ミア、それにカゲロウがやってきた。
「遅くなりました。魔王様。」
「大丈夫だよ。人族の人達はどうなりました?」
「ナイジェ王国に戻りたいという希望でしたので、ナイジェ王国に連れて行きました。スロベル国王の配慮で、元貴族から没収した金品を全員に分け与えて解散しました。」
「スロベル国王もさすがだね。」
「魔王ちゃん。これからどうするの?」
「オレと師匠とカゲロウはリフカ大陸に行く途中のドラゴ島に用事があるから寄るけど、みんなは先に行っていてくれるかな。アーロンが心配だしね。」
「魔王様や我々のようなものが相手でなければ大丈夫だとは思いますが、先に行ってアーロンと合流します。」
「すぐに追いかけるから、頼んだよ。みんな。」
「はい。」
オレ達は全員で飛翔してリフカ島に向かった。途中で雲の下に大きな島が見えてきた。島の中央には巨大な火口も見える。どうやら、ドラゴ島のようだ。オレと師匠とカゲロウはそのまま下降して島に上陸した。セフィーロとハヤトとミアはそのままリフカ島に向かっていく。
「師匠。レッドドラゴンのリンさんを探しましょうか?」
「そうだな。だが、彼女なら私達の匂いですぐに気づくと思うぞ!」
「シン様。私が空から様子を見てきます。」
「ああ、頼むよ。」
カゲロウが飛び立った後、オレと師匠は浜辺に座って休んでいた。すると、森の方からホーンボアが姿を見せた。さらにその後ろから、ホーンボアを追いかけるようにシルバーウルフの群れが姿を見せる。オレと師匠は立ち上がって、その様子を見ていた。
「シン。気を付けろ! 上空から魔物達を狙ってるやつがいるぞ!」
「はい。」
上空からレッドドラゴンがホーンボアをめがけて舞い降りてきた。リンに比べてかなり小さい。どうやら、子どものようだ。シルバーウルフたちは狙っていた獲物を取られたのが悔しいのか、レッドドラゴンに向かって飛びかかろうとしている。
「シン様~! ナツ様~!」
カゲロウが帰ってきた。その後ろから大小さまざまなドラゴンが付いて来ている。そして、レッドドラゴンの子どもに襲い掛かろうとしていたシルバーウルフたちを蹴散らした。シルバーウルフたちは慌てて森の中に逃げて行った。
「シン様。ナツ様。ようこそおいでくださいました。」
「久しぶりだね。リンさん。」
「リン! あの時の子どもも大きくなっただろう!」
「はい。今、お二人の前にいるのがあの時の我が子ですよ。」
シルバーウルフの獲物のホーンボアを横取りしたレッドドラゴンだ。
「大きくなりましたね。」
「はい。でも、少しやんちゃで困るんですよ。ところで、シン様達はどうしてこちらに来られたのですか?」
オレは正直にすべてを話した。オレの話を聞いていたドラゴンたちの表情はみんな試験な顔つきだった。
「後でゆっくりと話しましょう。まずは、シン様とナツ様の歓迎会を準備します。」
そんなことを言って、すべてのドラゴンが人化した。何か人化した姿はハヤトさんに似ている。
「リンさん達は人化できたんだね。」
「はい。ドラゴン族は神からこの世界の調停役を任されていますから。」
「竜人族と何が違うの?」
「竜人族はドラゴンが人化した種族のことです。」
「なら、ハヤトさんも人化できるのかな?」
「シン様! 今、ハヤトとか言いませんでしたか?」
「言ったよ。魔族四天王の一人だよ。」
「それは本当ですか?」
何か周りでオレとリンの話を聞いていた竜人達も一様に驚いている。
「ハヤトさんを知っているの?」
「私が知っているハヤト様なら、我々ドラゴン族の始祖でいらっしゃるエンシェントドラゴン様です。」
「エ――――――――!」
「シン。ありうるかもしれんぞ! セフィーロもバンパイア族の始祖だしな。」
「なるほど。そうですね。それにあの強さ、半端ないですもんね。」
「そうだな。だが、そのハヤトよりもお前の方が強いがな。」
オレと師匠の話を聞いていた竜人達は、驚きのあまり大きな口を開けたまま意識を失いかけていた。
「シン様。ナツ様。我らの街にお越しください。ご案内します。」
オレと師匠とカゲロウはリンさんに案内されて、森の中を歩いて行った。竜人族の街まで行く途中、森の中で何匹もの魔物と遭遇したが、その都度討伐してオレの空間収納にしまった。
リンの案内で街に着くと、人族の街と何ら変わらない様子だった。家もドラゴンが暮らすような大きさでなく、普通サイズの大きさだ。
「リンさん達は普段、竜人族の姿で暮らしているんですか?」
「そうですよ。そうでなければ、食事が大変ですからね。ハッハッハッ」
「そうですよね。ドラゴンの姿であれば、ホーンベアなんか一口ですもんね。」
「人化して生活したほうが何かにつけ便利なんですよ。」
「そうだ。来る途中で捕った魔物をどこに出したらいいですか?」
「ごめんなさい。今日は宴会だから、こっちの大きな屋敷の裏に出してもらえるかしら。」
「はい。」
オレはかなり大きな屋敷の裏に行って、空間収納からすべて取り出した。
「ありがとうございます。じゃぁ、族長のところにご案内しますね。」
オレと師匠はリンに案内されて、大きな屋敷の中に入った。建物の中は意外と質素で、よく整理されていた。
「どうぞ中に。」
オレと師匠が中に入ってオレの視線は一点にとまった。そこにいたのは、とてもグラマーな美女だった。
「初めまして。オレはシン=カザリーヌです。」
「私はナツ=カザリーヌだ。」
「ようこそおいでいただきました。使徒様。私はドラゴン族の族長ローズと言います。」
オレは不本意にもローズに見とれてしまった。
「シン様。私の顔に何かついていますか?」
ローズさんの言葉でオレは我に返った。隣を見ると、師匠が怒ってる。
「この世界には美人の人が多いと思いまして。師匠や大精霊、リンさんにローズさん。みんな美人で驚きます。」
「“この世界”にはですか。使徒様は他の世界もご存じなのですね。」
オレが返事にためらっていると、師匠が助けてくれた。
「私もシンも世界樹のある大陸から来たんでな。向こうの大陸でも、こっちの大陸でもとそんな意味だろうな。」
「まぁ、そういうことにしておきましょうか。」
それから、オレは世界の調停役であるドラゴン族の族長のローズさんに、リフカ大陸の件と邪神復活の件の話をした。徐々にローズさんの顔色が悪くなっていく。
「では、シン様もナツ様も邪神の討伐に向かう途中ということですか。」
「はい。すでに、我々の大陸の魔族であるナザルは邪神の部下となり、リフカ大陸に渡っています。オレの仲間達も今、リフカ大陸に向かっています。」
「我々ドラゴン族もシン様達に協力します。何なりとお申し付けください。」
「ありがとうございます。」
オレは師匠と顔を見合わせた。
「シン。私達の大陸には7大精霊達がいるが、こっちの大陸には誰もいないぞ! こっちの大陸を守ってもらったらどうだ!」
「さすが師匠です! 名案です。」
「お二人は本当に仲がよろしんですね。」
ローズさんに言われて、少し恥ずかしくなった。
「ローズさん。彼らは古代兵器を持っています。恐らくそれを使うでしょう。そこで、こっちの大陸を守ってもらうことは可能ですか?」
「安心してください。責任をもってお守りしますから。」
「お願いします。」
その後、オレ達は広場に来た。広場では大きなテーブルがいくつも並べられていた。そして、いい匂いのする料理が次々と運ばれている。空を飛んでいたカゲロウが人化してオレの近くに駆け寄ってきた。
「今日は私も宴に参加します。いいですよね?」
「もちろんさ。でも、お酒はほどほどにしろよ。」
「大丈夫ですよ。いざという時にはシン様に介抱してもらいますから。」
カゲロウがおどけて見せた。ローズさんを見た後だが、やはりカゲロウも美人だ。この世界は本当に美人が多い。
宴が始まったが、オレは前回の失敗から酒は飲まずに果実水を飲んだ。ドラゴン族のみんなはとても陽気で、歌ったり踊ったりで大騒ぎだ。
「ローズさん。ドラゴン族にはレッドドラゴン以外にどんな種族がいるんですか?」
「正式には色で分かれているんですよ。レッド、ブルー、グリーン、ブラックの4種族ですね。そうそう、エンシェントドラゴン様はホワイトよ。」
「もし、ハヤトさんがエンシェントドラゴンだとしたら、ホワイトドラゴンか~。見てみたいですね。師匠。」
「今度、ハヤトに確認してみたらどうだ?」
「はい。そうします。」
その日の宴も無事に終わり、翌朝早朝オレ達はリフカ大陸に向かって飛び立った。




