雑な仕事の説明
さて、説明によると、私は無一文になっているらしい。
私がシステムに負荷をかけたから、対応に私の貯金が使われた。全財産をこの会社に預ける契約だからだ。
私の29歳時点の貯金はそれほど多くないので、もうほぼゼロ。正確に言うと端数の数十円だけ入ったままらしい。なんだか酷い。
さらに。目覚めるにあたって、最近確立されたという私の治療の費用は、返済を前提に会社が支払ったという。
つまり、悪夢9年間から目覚めたら、私は借金持ちになっていたということだ。
悪夢の続きですか?
「それで割の良いバイトっつーか仕事? を紹介するんだけど聞いてる?」
と軽薄な男が私がボゥっとなっているのを見て面倒くさそうな顔をした。
ちなみにおでんを食べ終わったのでおでん先輩と呼ばれる女性は自分の席、つまり少し離れた場所に戻っている。仕事中らしい。
「聞いて、ます」
「それで、あー! おでん先輩! 説明するのムーリー!!!」
と男が急に声を上げておでん先輩を呼んだ。
「頑張りどころやろ、今井」
「無理ですって!」
そんな会話の中、私は声を上げた。
「あの、今井さん・・・」
男はムッとした顔で私を見た。
「俺は今井じゃない」
「え、それは失礼、しました」
「今井はアダナやねん。私がつけた」
とおでん先輩が遠くから教えた。
「なんで今井かっていうとな、こいつ、『今、生きてるー!』って叫んで、そんで、今い…」
「わー!!!!! ちょっとー!!!」
男が叫んだ。
「なんや」
「恥ずかしいでしょうが!」
「今生きてる、で今井やねんな」
「この、おでんっ! 先輩っ!」
「ごめんごめん、なんでそんな怒るん」
ケンカが始まってしまった。
「いやですー!!」
「嫌やったんか?」
「いや、えー・・・いや、えー」
急に男はグダグダとなった。顔が赤らんでいる。
私が観察しているのに気づいて男がキッと私を睨んだ。
「今から教えるから! こっち来て!」
答えようがない。とりあえず名前も分からない。
***
事故で眠り姫状態だった私には、私専用のベッドがある。そのシステムを利用する、とだけ説明を受けた。
説明されると私のベッドが横になる。座っていた私も横になる。透明なケースがまた蓋をした。
そして気が付けば私の足元は雲海だった。周りは、扉と窓と鏡がぐるっと並んでいる。
あれ? 異世界? また転生? あれ、殺された?
「ここは・・・」
「はーい、よーこそ、天界へぇえええええ!」
力いっぱい、雑な感情しか籠っていないあの男の声がした。
見ると、立派な白い羽根をつけた、大天使っぽいイケメンがいた。
「俺は、ユピテルだ!」
「ユピテル・・・?」
オシャレな名前・・・。
「はいじゃあ、名前決めて! 自分の。なんでも良いんで」
「名前、ですか? ではエリーヌで・・・」
何度も繰り返した令嬢の名前だ。とっさにそれしか浮かばない。
「あ、エリーヌはシステムが混乱するんでー、無し!」
「駄目なんですか!?」
「はい、違うのでよろしくーっす。それシステムで悪役令嬢で使ってるんで名前被りダメでしょ」
何だか嫌な感じだ。
「ちなみにおでん先輩はオーディーンと名乗ってまーす!」
「はぁ・・・」
私は困った挙句、
「じゃあ、エリーゼで」
と答えた。エリーヌに寄せたけど違う名前。
「エリーゼか・・・なんか・・・エリーゼっすね、はい、今から仕事の説明しまーす」
「あの、つまり強制労働ですか?」
「いや、断る権利はありまっす。でも時給が美味しいのでオススメだし断るの、正ー直に言って馬鹿だと思う。いや自由ですけどね」
なんだか言い方に腹が立つなぁ。
「説明しますと、俺たちには専用のカスタマイズのベッドがあるからこそできる仕事なんで、特別に時給が良いでーす。えー、そうだなぁ、普通1000円の仕事だったとしまして、でも特別に800円上乗せされると言いましょうか。美味しい仕事です。それでー、今から見本みせますけど、その結果嫌ならこの仕事しない選択もできます。断るの本当馬鹿だと思うけど。衣食住も会社保証の、超おいしい仕事っすー」
この人は仕事を舐めているらしい。私もこんな風になるのかなぁ。嫌だなぁ。
ちょっとムッとしてしまうので、つい令嬢口調になってしまった。
「とりあえず説明をお願いいたしますわ」
感情を抑えながら話すからだ。
あ、口調、と言ってから気づいたが、男は特に気にしなかったようだ。良かった。
「簡単に言うと、他のお客様たちの『転生だと思い込んでるチートな夢』のサポートでーっす。えー、身に覚えがあると思うんすけど、本人が現実主義だと、楽勝チート展開になりにくい、会社もお客様の資産運用を任されているのに契約に沿わない状態になっててそれじゃ困るので、契約違反っすからね、ってことでサポートに入って、良い感じの夢っていうか転生ライフ、の助けになる、だから神様役でーす」
私が考えるしぐさに、男は冷たい視線を向けた。
「分かりましたかー?」
「あの、今井さん」
「ユピテルだっ」
「ユピテル、さん」
「何?」
とユピテルが聞いてきたので私は尋ねた。
「私は、悪夢続きだったそうですが」
「助けられませんでした。残念ですね」
「そうですか・・・」
「あと、現実に起こす時は、数回悪夢を見せることになりまーす。夢の方に戻りたいってなったらマズイでしょ? そう言う意味で良かったってことで」
すごく投げやりな説明なので、全然良かったって気分になれない。
「はぁ・・・」
と私はとりあえず相槌を返すのみだった。
「じゃあ、とりあえずこっち」
ユピテルが、扉と窓と鏡の中の、扉の一つに向かうので、私もついていく。
その中で、鏡で自分の姿を確認したところ、私も背中に真っ白な羽根をつけていた。私も、すごく清廉可憐な大天使みたいな姿だった。驚いた。
「はい、ここから気をつけて。口調も俺に合わせてくださーい。俺はユピテル、はい、エリーゼ」
扉に手を置いて、ユピテルが念押ししてきた。
「こんな外見だって、今気が付きましたわ」
と私はまた令嬢口調になりながら呟いた。もっと神様っぽい名前が相応しそうって言うか。
「あ、じゃあ名前はデフォルトのウェヌスで良いですかね」
「ウェヌス?」
「その女神様をモデルにおでん先輩が外格デザインしたんで。名前変えると消えちゃう特典があるみたいっす。今気づいた、すんません」
「え、じゃあ、ウェヌスで良いです」
「はい決まりー」
言いながらユピテルがドアを開けて通り抜けたので、私も慌ててドアを通り抜けた。ら、空だった。
空中だった。
私たちは空に浮いていた。
足元に、たくさんの人がいて、私たちを見ていた。驚きの表情で。
私はギョッとした。
戦場なのか、大勢が怪我をして、倒れていて、亡くなっている人もいた。
そんな人たちに向かって、ユピテルが言った。
「俺はこの世をつかさどる神の一人。偉大なるユピテルである」
言い方。偉そう。
下、人々からどよめきが起こった。
あれ、一人だけ、動きがおかしいと私は思った。
あの人だけ、他と時間の流れが違うというか・・・。
ユピテルがゆっくり降りていく。私もついて行く。
ユピテルは、私が変だなと思った一人のすぐ傍にまで降りて、その人に向かって両手を広げた。
「思い出せ。使命を。お前に託した我が力を。お前こそが、為す者だと!」
「お、おおおおおお!!!!」
その人が急に雄たけびを上げ始めた。少年だ。周囲が驚いている。少年から炎が噴き出した。
覚醒だわっ、と、その隣の可愛い女の子が言った。まるで周りに説明するように。
そんな様子にユピテルは笑ったようだ。
「さぁ立ち上がるのだ、我が子よ!」
おおおおおぉおお!!!
と世界が雄たけびを上げた。
***
「と、まぁ、こんな仕事ですー」
再び私たちは雲海の場所に戻ってきている。いわゆる「天界」らしい。
ものすごく雑な説明に思えて、私は不満な表情でじっとユピテルを見た。
「え、分からなかった?」
ユピテルは心底嫌そうな顔になった。
「確認させていただきたいのですが、先ほどの少年はあなたの息子?」
「そんなわけあるか」
「ですわよね・・・説明がとても足りないと思いましたが、つまり、『うまく行ってない夢をサポートするお仕事』なのですね。天使の姿になって」
「そう」
ユピテルが偉そうだ。俺の説明が上手く行ったという感じで得意そうに見える。
私はつい嫌味口調になった。
「・・・つまり私たちは口から出まかせを言い、天使や神のふりをする、と」
すると、ユピテルはなぜか嬉しそうになった。
「はい、本題ー」
ユピテルが私に白板を見せた。
仕事内容と時給が書いてあった。契約書だ。
「衣食住も保証してくれてて医療サポートもついていて、時給が物凄く良い」
とユピテルが言った。
3年で私の借金が返せるという未来予想まで記載されていた。
さっきの仕事でお金が稼げるなら楽そう。
私はサインした。実は、今度こそ良い夢が楽しめるのではなんて期待もしていた。
だって36回悪夢は酷すぎる、そう思っても仕方ない。
「はーい、俺のお仕事終わり―。契約成立―。オツー」
「ユピテルさんも借金されてましたの?」
と私は聞いた。
「いや。俺は治療中だって言ったよね? 金無くなったのを・・・おでん先輩に助けてもらった。だから」
とユピテルは私を睨んだ。
「おでん先輩だけ、今井って呼んで良い、けど、お前は許さん」
「口調が、丁寧だったのが、変わりました?」
「だってもう後輩で俺が先輩。さっきまではほら、契約前だったからお客様的扱いしてたけどもういらないから」
はぁ。
私は頷いた。
「じゃあ、目が覚めてもユピテルって呼びます」
「止めろ」
扱いの難しい人である。だったら今井の方がマシとまで言い出したので、結局今井先輩と呼ぶ事になった。