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愛しい貴女のお名前は(前半)

前半・後半同時投稿です。


 その少女を見初めたのは、5歳の建国祭だ。国賓に挨拶をする僅かな交流だった。しかし、彼女の愛らしさは、見た目ではない。確かに美しい童女であった。それでも幼いテイセー王子様の心を虜にしたのは、その瞳の深みから溢れる命の輝きであった。


「ミオトシ公国エラーミル公女殿下」

「はい」

「よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 はにかむエラーミル公女の様子に、テイセー王子はもうどうしてよいか解らなかった。王子が見せるその無表情な外面から情熱を汲み取ってくれた稀有な女人と、生涯共に歩めたら、と夢想した。


 テイセー5歳、エラーミル5歳、ようやく呂律が回るようになる年齢での出来事であった。



 それから3年。8歳のテイセー王子様が婚約お伺いの筆頭書類に誤字の魔法を使ったのは、王様ですら気付かなかった。何故ならば誤字の魔法は、テイセー王子がこの時の為に自ら開発した秘法だったからである。


 結果、王様の準備した筆頭候補姫君ラミエル殿下のミトオシ王国は、内定を蹴られて最下位と入れ換えられたのだ、とご立腹。



 ここキニューミス王国の婚姻お伺いは、封書の色で順位が違う。一目瞭然なのである。事前会談で決まっていた筈の筆頭が、最下位の小国と入れ換えられたのだ。元筆頭から色好い返事がくる由もない。


 国際感情を逆撫でしつつ、テイセー王子は、まんまと己の望む婚約者を手にいれた。



 ◆◆◆



 キニューミス王国は、呆れる程の専制国家である。そりゃもうウンザリするくらいな絶対王政だ。お世継ぎは第一子の世襲制で、王の時も女王の時もある。魔法の力で、第一子だけは老衰以外では死なない。大怪我も時間はかかるが完治する。だから、血みどろの継承権争いは起こらない。


 そんな平和な独裁国家であるが、地下組織は存在している。何とかして老衰以外で死なない魔法を打ち破ろうと、日々研究しているのだ。



 そんな国で世継ぎとなった第一子の王子様テイセーは、大層無表情で口数も少なく、話す言葉に抑揚が無い。しかも小柄で細身のため不気味がられていた。

 くすんだ緑の剛毛が青白い肌を彩り、感情を見せない細い眼には、淀んだ茶色が見えている。その姿はまるで死霊のようだ。


 幼い頃からの美しく優しい婚約者である、隣国ミオトシ公国の公女エラーミルと一緒にいても、その態度は変わらない。

 公女エラーミルは、淑やかな少女だ。小柄で華奢な少女は、やはり細身で小さい王子と背丈だけは釣り合っている。


 公女の美しく波打つ柔らかな栗毛が、健康な薔薇色の頬を飾っている。エメラルドの瞳は生命力に満ち溢れ、小振りの鼻と桜色の唇が愛らしい。

 彼女は(とお)にもならぬ先から、キニューミス王国に住んでいる。お輿入れ準備という名の人質だ。彼女の国は小国なので仕方ない。



 それなのに、エラーミル公女様はお輿入れ準備で入国したその日から、幸せそうに暮らしていた。

 時には、何故解ったのか、公女から侍女達に言い付ける用事がテイセー王子様の要望を先回りしている。


「エラーミル様は、超能力者なんじゃないすかね」


 とは、テイセー王子様の従者たち満場一致の見解だ。


「どうして解らないのかしら?」


 とは、エラーミル公女の言である。



 そんなある日のことだった。

 テイセー王子様とエラーミル公女様は、薔薇の四阿(あずまや)でお茶をしていた。

 相変わらず会話は無い。視線はあうが、テイセー王子は無表情。

 何時ものように、端から見れば公女が一人ではにかんだり驚いたり、少し拗ねたりしているだけだ。


 別れ際、エラーミル公女が真面目な顔になった。何かを決意した顔だ。


「ねえ、感づいたんじゃない」


 四阿の外で控える侍女が、護衛騎士にコソコソ話す。


「うむ。あれだけ噂に上ればな」


 公女も王子も地獄耳らしく、お付きの内緒話にちらりと互いの視線を交わす。



 部屋に戻った公女エラーミルは、通信魔法で王子テイセーに交信を試みる。


「テセ」

「ラミ」

「何があったの?」


 切羽詰まった王子の雰囲気を、公女は王子の抑揚が無い声から受け取る。


「例の困った令嬢と婚約者差し替えが決定した」

「え」

「俺は今から幽閉される」

「そんな」

「時間がない。いつ()()が来るか解らん」

「何です?何をすれば?」


 何時になく饒舌な王子は、心なしか早口だ。


「ただ信じて待っていてくれ」

「地下組織との繋がりは?かのご令嬢と婚姻後の謀殺が心配でございます」

「婚姻などせぬ。謀殺なぞさせぬ。たとえ私を老衰以外で殺せる力を得たとしてもな。ラミ、安心せよ」

「テセ!」

「苦労をかける。赦せよ」

「はい」


 魔法通信の立体映像同士に、甘い空気が流れる。だが、テイセー王子が発した次の一言で、エラーミル公女が色を失う。


「魔法絶縁体のある離宮に、例のご令嬢と送られる」

「え」



 幽閉は王子独りでかと思ったのに。新しい婚約者として選ばれた、国内屈指の魔法家系ランチョウ家に産まれた天才児ゴショーク嬢と同居とは。ただでさえ、ベタベタと絡み付いてきて、仲良しのテイセー王子とエラーミル公女を悩ませていたのに。


「あやつの力は確かに魔法ではない」

「はい」


 魔法家系の天才児だが、ゴショーク嬢には怪しい所があった。彼女の言動は、通常の魔法では考えられない効果を与えるのだ。人々を惑わし、誤解を生む天才だった。政争の切り札ともなるが、戦争の火種ともなる蠱惑的(コケティッシュ)な娘である。


「あの力に屈しはせぬ」

「策が?」

「うむ」


 そこでテイセー王子の部屋に、王様からの呼び出しが来たようだ。


「来た」

「はい」

「音信不通でも信じろよ」

「こちらでもできる限りの事を致しますわ」

「ラミは可愛いな。健気なことよ」

「まあ」


 扉の向こうから王子を呼ばわる声が繰り返され、恋の空気は霧散する。


「では」

「はい」


 短く気持ちを確認し合い、2人の魔法通信は切れた。



 王子は、幾度呼び出されても婚約者入れ換えに同意しない。そこでゴショーク嬢と共に住まわせて、篭絡しようと決められたのだ。幽閉されて追い詰められて、ゴショーク嬢に傾くとでも思ったのか。


 毎日ベタベタと距離を詰めるゴショーク嬢。何やら怪しい技を仕掛けてもいるようだ。しかし、テイセー王子は揺るがない。



 婚約者入れ換え書類は王様のサインだけで有効とされた。

 それまでは、王族に関わる書類は王様と当事者のサインが必要だった。しかし、国王が望む婚約者入れ換えに、王子があまりにも頑なな拒否を貫く為、国王権限で制度が変更されたのだ。


 幽閉されたテイセー王子がその事実を知らされたのは、婚約発表会当日の事だった。


「発表会?8歳の時に済ませているが」

「ゴショーク嬢とテイセー殿下のですよ」


 侍女が呆れたように告げるのは、怪しいご令嬢の名前を先にした不敬極まる通告だった。


「そんなものには出ない」

「出席されなければ、王位は第二王子に継承されます」


 抵抗する王子に、先触れも無く迎えに来た護衛騎士が高圧的に述べる。王子は、危機を感じて質問した。


「その場合、第二王子の婚約者は」

「ゴショーク嬢に交替いたします」

「それは」


 感情の無い濁った糸眼で騎士を見て、テイセー王子が抑揚の無い声で宣言する。


「俺はエラーミル公女殿下との破談書類にサインなどしない」

「国王権限により、陛下のサインのみで有効となりました」

「エラーミル公女殿下は受諾などしない」

「王命です。拒否は死罪です」


 いつの間にそこまで厳しくなったのだろうか。キニューミス王国は、平和な専制国家であった。不敬罪は殆んど形骸化した法律だった筈。


 騎士の後ろに見えるゴショーク嬢が、勝ち誇った笑みを見せている。大方怪しい技を使って、国王までも誑かしたのであろう。



 しかし、これはチャンスであった。幽閉先の離宮は、魔法が一切使えない建物だ。だが、発表会は王宮で行われる。

 離宮を出てすぐに、王子は誤字の魔法を使った。5歳の時から改良に改良を重ねて11年。実物が目の前に無くても、文字を入れ換える事は可能だ。


お読み下さりありがとうございます。

後半も同時投稿です。

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