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わたしの〔ソウル〕こっくりさん  作者: 俺(41)
第一夜「こっくりさん」
5/22

三.

  七月三日(金曜日)


 佳奈が、学校を休んだ。

 担任の中津によると、高熱で寝込んでいるという話だった。

 だが、あのような出来事があった手前、悠花(はるか)はさすがに心配になった。

 だから放課後、佳奈の家へ見舞いに行くことにした。

 佳奈の家は悠花の家とは反対方向で、えちご鉄道生能(いくの)駅北側の、新興住宅街にある。

 中学校は駅の東北東に立地しているので、駅に向かって歩くと左手に駅の入口が見える。そのまま進むと突き当たる、町を南北を貫く道路で針路を北に取ると、二百メートルも進めば手押し式信号機にたどり着く。

 その信号を渡れば眼前が新興住宅街だ。

 このあたりは以前は畑が広がっていたと悠花は聞いていた。

 元住民のUターンやIターン、地価の安さと糸川市街や隣の頚木(くびき)市へのアクセスのしやすさから、流入する他にも生能駅南側の住人が域内移住しており、それが駅北側の再開発と南側の過疎化を促進している……と、地区の顔役である祖父が知人と話していたのを、悠花は思い出した。

 なんの話題だったか。

 悠花の住む下小丹(しもこに)地区以南の、急速な過疎化への対応策を協議していたのだっただろうか。いずれ、関連する話題が膨大かつ複雑すぎて、悠花には理解できなかった。


 悠花が佳奈の家に向かって歩いていると、そこに、見覚えのある背格好の男子が、あまり見たことのないふらふらとした足取りで歩いているのが見えた。

「トラ」

 どうしたの、そう言いながら駆け寄ると、

「おう、悠花か。どこに行くんだ」

 虎二(とらつぐ)は親戚のおじさんのようなことを言った。

「私は佳奈ちゃんの家にお見舞いに……トラは?」

「オレも、そのつもりだったんだけどよ。オレ、あいつん家、知らねえんだわ」

 このあたりだということは知っていたから向かってはみたものの、その事実に気が付き、つい千鳥足になってしまったらしい。

「一緒にお見舞い、行く?」

 困った幼馴染への助け舟に、虎二は

「お願いします」

 と、男らしく頭を下げた。

 佳奈の家へ向かう道すがら、虎二は謝罪の言葉を口にした。

「昨日は、その、ごめん」

「何が?」

 何に対する謝罪かは察していたが、悠花はそれでも敢えてそう聞いた。

「いや、昨日の教室で」

 こっくりさんに恐れをなして、悠花を置いて逃げ帰ったことについて、虎二はたどたどしく言葉を紡いだ。

「だから、ごめん」

「いいよ。わたしは無事だったんだし」

 それで話は済んだ。

 こういうことは引きずらない方がいい――。

 悠花の祖母はよく、悠花にそう言い聞かせていた。感情的になった結果、大切な友人を失うことは、よくある。それは、悲しいことなのだ、と。


 新興住宅街の北端。

 ここより北は旧市街と言ってよい。

 駅からは少々遠いが、近隣に中型のショッピングセンターがある。佳奈の家はそんな立地である。

 大きくもないが小さくもない。華美な装飾も無ければ質素すぎてもいない、極めて普通の家という印象。

 そんな普通の家の普通の玄関にある、普通の呼び鈴を鳴らす。

【……はい】

 インターフォンから聞こえたのは、佳奈の母親の声だった。

 だが心なしか、声にかげりがある。

 悠花が名乗り、クラスメイトであることを告げると扉が開き、佳奈の母親が対応した。

 佳奈の母親は身長百六十センチ前後、ややスリムで、顔のつくりは佳奈とは違うが、天然パーマで色素の薄い髪質はそっくりだ。佳奈は父親似なのかもしれなかった。

 その顔貌は少し、やつれたように見える。何か――あったのだろうか。

「あの。佳奈ちゃんの具合、どうですか?」

 聞いたのは悠花だった。虎二は、借りてきた猫のように大人しい。

 佳奈の母親は、

「ええ……なんていうか、その」

 どう答えればいいのか考えあぐねている様子であった。

 だが、

「あっ、大丈夫よぉ。ちょっと高い熱が出てるだけだから、心配しないで!」

 いきなり明るく振舞いだした。

 取り繕うような佳奈の母親の態度に悠花と虎二が戸惑っているうちに、追い立てられるように玄関から外に放り出される。

 扉を閉じようとする佳奈の母親に悠花は慌てて、

「あのっ、おばさん!佳奈ちゃん、うなされたりしてませんか。何かに脅えてるとか」

 と適当に水を向けてみた。

 佳奈の母親の表情が凍り付く。そして悠花を見つめる。

「なんで――、なんでわかるの」

 唇が少し、震えている。

 悠花は意を決して、昨日の出来事を伝えることにした。

「あの……昨日、佳奈ちゃんとその友達が、こっくりさんをしてるのを見たんです」

 佳奈の母親の表情が緊張から、呆れたようなものになった。

「あんな遊びで何が起きるっていうの」

 と、吐き捨てる。

 佳奈の母親に限らず、この年代が思春期にさしかかる頃には、こっくりさんブームは終焉を迎えていたこともあり、そういったモノには懐疑的であった。

 それでも、悠花は続ける。

「質問が終わった後に帰っていただくまでがこっくりさんなんですけど」

「知ってるわ」

 佳奈の母親は、少しイライラしたように答える。

「――佳奈ちゃん、こっくりさんにお帰りいただく前に指を離しちゃって……それだけなら別に良かったのかもしれないんですけど、その後にちょっと怖いことが起きちゃったんです」

 佳奈の母親は首を傾げる。

「怖いこと?」

 悠花は昨日の状況を、おおまかに説明した。


 十円玉がひとりでに動いたこと。

 十円玉が誰に触れられることなく形を変えたこと。

 そして、突然のつむじ風。


 当初黙って聞いていた佳奈の母親は、悠花が話し終えると、信じられないという態度で激昂した。当然である。

「そんなこと、あるわけがないでしょう!子供だからって、言っていいことと悪いことが――ッ」

 咄嗟に自らのスマートフォンを取り出した悠花は、一枚の画像を表示させた。

「これっ、……どう思いますか?」

 それを見た佳奈の母親は、

「――そんな、こんなことって」

 絶句した。

 例の、十円玉である。

 あんないびつに変形をした物を持ち歩けるわけもなく――そもそも怖すぎる――、スマホに保存した画像ではあるが、こっくりさんを呼び出すための、すでにバラバラになった呪符と一緒に写ったそのコインは、他の何よりも雄弁であった。


 佳奈の部屋に通された悠花と虎二は、佳奈の衰弱のひどさに驚いた。

 見える部分の皮膚の張りが無くなり、乾燥している。

 たぶん、全身がそうなっているのだろう。

 眼窩(がんか)は落ち窪み、加えてそこに色濃く浮かぶ黒いクマが、顔貌がんぼうをより憐れなものにしていた。

 呼吸は肩でしているように見え、早く、浅い。

 まるで、お迎えが来る寸前の寝たきり老人のようだった。

「お昼過ぎまで、ずっと半狂乱でね。さっき、ようやく寝付いたの」

 佳奈の母親の声は、疲れていた。

「――ッ、これ……この状態でっ、あの、お医者さんには」

 ここまでの事態を想定していなかった悠花は、正体をなくした。

 佳奈の母親も狼狽えてはいたものの、

「……昨日は帰ってきてすぐに『食欲がない』って、夕飯も食べずに部屋に篭もっちゃったの。だから仕方なくそのままそっとしたんだけど」

 悠花のあまりの狼狽ぶりに、逆に冷静さを取り戻したようだった。

「昨日は、いつもなら起きてくる時間になっても起きてこないし、それから一時間経っても部屋から降りてこないもんだから、部屋に来てみたの」

 部屋に入ってみると、佳奈は尋常ではない怯え方をしていた。

 扉を開けただけで、ある。

 母親の姿を認めると、本物の母親であるかを確認してから、佳奈は強く、つよく抱き着いてきた。

 震えがひどかった。振動が速い上に、激しい。

 そして、高熱が出ていた。

 額に手を当てるまでもなく、服越しに触れる佳奈の腕や上半身からそれがわかった。

 異常に怯え、何かが出たと訴える。

 ――これだけ高熱ならば、幻覚の一つや二つ視ていてもおかしくはない。

 医者にかかろう、そう考えはしたし、佳奈にもそう言ったのだが、当の本人が外出を強く拒む――外に出ることに異常な恐怖心を持っていたためにそれを断念し、様子を見ることにしたのだという。

「たった一日でこの痩せ方だし、何かあったんじゃないかとは思っていたんだけど」

 それまで佳奈を見つめていた母親は、ここで言葉を切って悠花を見た。

「まさか、そんなことがあったなんてねぇ」


 悠花は、ここまで予期せぬ事態が起きているとは思っていなかったこともあり、目の前の状況も未だに信じられなかったのだが、佳奈の母親の淡々とした語り口に、冷静さを取り戻しつつあった。

 そうなってからよく見ると、佳奈の母親の顔や首には引っ掻き傷らしきものがあることに気付いた。

「……おばさん、冷静ですね」

「悠花ちゃんがすごい取り乱してたからね、冷静になったわ。ありがとね」

 佳奈の母親は少し疲れた顔で、微笑んだ。

「わたしは、何も」

 悠花は恐縮する。

 佳奈の母親は少し、声のトーンを上げる。

「まあ、そんなんだから、……お医者さんより、霊能者みたいな人のほうが良さそうね」

「ですよね」

「悠花ちゃん、アンタ霊能者とか知ってる?」

 突然水を向けられ、悠花は焦った。

「わたしはっ、わたしは知らないけど」

 ――そうだ。

「おばあちゃんがちょっとだけ〝そっち〟方面の人なんで、聞いてみます、ね」

 悠花の祖母には少しだけ、特殊な力があった。だが――

 佳奈の母親は、期待と不安の入り混じった表情で目の前の少女を見つめ、

「本当?!お願いね、マジでそういうの何もわからないから、霊能者なんてどう連絡とればいいのかわからないし。本当によろしくね」

 そう言った。

 素人目にも病気ではないとわかるこの状況で、頼るべきものが娘の同級生の小娘という事実を考えると、そのような心境になるのも無理はない。

 悠花はそこまで読み取ったわけではない。

 娘の命がかかっている母親の、藁にも縋りたい心境の現れだと受け取った。

 だから、快諾して永倉宅を辞した。

 悠花と虎二を見送った佳奈の母親は、何かに気付いたようにリビングへと向かった。スマートフォンを取り上げ、連絡帳を開く。

 どうやら、どこかに電話をするつもりのようだった。


 安請け合い、しちゃったかな――。

 悠花は帰宅の道すがら、そんなことを考える。

 ――だが、彼女のさして広くもない親族・交友関係に伝手があるとすれば、それは祖母に他ならない。ならば正直に伝えないといけないのだ。

 悠花にこっくりさんに関わることを禁止した、あの、祖母に。


 * * *


 廊下に設置された電話――今時、黒電話である――が、けたたましい音を立て家人を呼び立てる。

「はいはい」

 ひとりごちながら電話に歩み寄るのは、多少若々しく見えるが還暦近い女性であった。

「はい、橘でございます」

「ああ、はい、はい。孫娘がお世話になっております」

「ええ、そうなんですか」

 女性の孫娘の、知り合いからの電話のようだった。

 しばらくの間、先方の話に相槌を打つ時間が続く。

「あら」

 何があったか。女性の声色と、表情が変わる。表情とは言っても、女性は最前より目を閉じたままで、変わったのは眉の形くらいである。

 やや甲高くなった声色も、すぐ元に戻った。

「――はい。孫娘――悠花にも話を聞いて、それからお返事させていただきますね。大丈夫、と言える立場ではございませんが、できる限りのことはいたしますから。はい。――それでは、失礼いたします」

 女性が丁寧に受話器を置く。と、同時に玄関が勢いよく開かれた。

「ただいまー!」

「あっ、おばーちゃん!ちょっと聞いて!」

 女性がお帰りと挨拶するよりも早く、その少女は黒電話の前に立つ女性に声をかけた。

 ――中学生にもなって、まだまだ子供臭さが抜けない子だねぇ。もう少し大人しくなっていても良い頃なのに。

 心の中で嘆息する女性。

 とはいえ彼女の同学年は男の子ばかりで、小学校でも少人数ゆえに全員で校庭を駆けまわって遊んでいたことを考えると、その振舞いが男の子っぽいのもやむ無しと言ったところはあった。

「あらあら。どうしたの、悠花」

 少女におばーちゃんと呼ばれた女性は返事をした。

「あのね、きのう学校で友達が〈こっくりさん〉をしたんだけどね」

 やや興奮気味に話す悠花に、

「……悠花さん?」

 〝おばーちゃん〟は普段よりやさしい声色で少女の名を呼んだ。――夏だというのに、悠花は背筋に巨大な氷塊を突っ込まれたような寒気を覚えた。

「っ――、はい……」

 悠花の祖母――小夜子さよこは、物腰はやわらかく、何があろうと態度を変えることはほとんどない。特に、怒りや悲しみを表に出すことは好まず、努めて平静を装う。

 ただ、そういう時に小夜子は、態度が平時よりも慇懃(いんぎん)になった。

 それを身をもって知っている悠花とり、この嵐の前の静けさとも言える祖母の態度は、ただただ恐怖の前触れでしかなかった。

「そういう遊びに付き合ってはダメ、と。何度も、言いましたね?」

 言葉をいちいち切って、強く禁止したことを強調する。

 ――怖い。

 悠花は内心どころか、背中や額にまで冷や汗を流しつつ、抗弁した。

「わたしは見てただけ――」

「同じです」

 抗弁の途中でピシャリと断じられた。

 そう言われればもう、祖母にとっては同じことなのだ。

「はい……」

 早速萎れてしまった孫娘を見て、小夜子は少しだけ、態度を軟化した。

「いいかい悠花、ああいう『霊を使役する』という遊びは本当に、こわいものなの」

「はい」

「寄せたモノが善いモノか悪いモノか、判断もできない状態で、しかもそれを遊びにしてしまうというのは、目隠しでクルマを運転しているのと変わらない危険行為ですよ」

「はい」

「横で見てるのも、その危険行為を助長することです。クルマで言うなら、危険運転幇助罪ですよ」

「……」

 小首を傾げる悠花。目の見えない小夜子はそれを察したのか、言を重ねる。

「わかりにくいかしら。――悠花は目隠しをして自転車に乗ったりは、しないですね?」

「そんなの、危ないよ」

「それと同じです」

 目隠し運転は危険運転、それを知りつつ静止もせずに眺めるのは危険運転幇助罪。それは自転車でも、さして変わらない。

「友達なら止めさせるか、それが叶わないなら少なくとも、そこから立ち去りなさい」

 だから小夜子は、そのように諭した。

「……はぁい」

 悠花にとって今回の事件は、ニュアンス的には巻き添え事故に近い。

 だから、祖母に責められる――少なくとも悠花にはそう感じた――のは不本意ではあったが、祖母の言わんとしていることもわかるので、同意した……したかったのだが、こういったものはそう簡単に飲み込めるものでもなく、だからその返事は、不満を残すような言い方になった。

 小夜子の方は悠花のそうした機微を慮ってか、そこに深入りはせず、当初の孫娘が切り出そうとしていた話題に話を戻した。

「それで、そのこっくりさんが、どうしたんだい」

 いつもの小夜子の態度である。気持ちを引き摺らない女性(ひと)なのだ。

「あっ。あのね」

 悠花は先日のこっくりさんの様子と、今日の佳奈の状態を、できるだけ詳細に語った。

「……なるほどねぇ」

 小夜子は嘆息した。

「それは、一刻も早い対応が必要そうだねぇ」

 祖母の言葉に、孫娘は矢継ぎ早に質問を投げかける。

「でね、おばーちゃん。誰かいい霊能者さんとか知らない?悪霊を祓えるような人」

 だが祖母の答えは、素っ気ないものだった。

「残念ながら、私は知らないよ」

「ええ~」

 頼みの綱だった祖母によるゼロ回答は、少女が絶望するには十分なものであった。

 ――伝手があると友達の母親に啖呵を切っておいて、けっきょく助けることもできないなんて――悠花は脱力して、玄関先でへたり込んでしまった。

 なんと、まだ玄関から動いていなかったのだ。

「あらあら、そんなところで。とりあえず、着替えてらっしゃい」

 それを見た――盲目ゆえ、正確には〝視た〟だが――小夜子は悠花を立たせ、まずは自室へと促した。


 悠花は重い足取りで、まっすぐな階段を上がる。上りきって左に折れると、左右に伸びる廊下には二本の柱と、柱で等分に分けられた十二枚のふすまが並ぶ。それを左に進み、右から六、七枚目の襖を開けると、そこが悠花の部屋だ。

 部屋の左右は壁ではなく、こちらも襖である。もちろん開け放てるのだが、悠花は壁とみなしているので、右側にはベッド、左側には低い箪笥(ローチェスト)や小さめのハンガーラック、姿見などが置いてある。

 畳敷きの八畳間の中央には円いカーペットが敷いてあり、中くらいのサイズのローテーブルが一つ。テーブルの上には手鏡の他、何一つ置いていない。

 その分、ローチェストの上には教科書やノート、筆記具などの学用品、ヘアブラシやヘアバンドなどの整容用具、お気に入りのコミックスやスマートフォンの充電器などが整然と並んでいた。

 悠花はローチェスト左側のハンガーラックに制服を掛けると、チェストから若草色の甚平を取り出し、のそのそと着替える。先ほどの小夜子とのやり取りがよほどショックだったのか、全ての行動に活気が感じられなかった。


 着替え終わってリビングに下りてきた悠花に、小夜子は冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎながら言った。

「私は〝視る〟専門だからねぇ。お友達も自然と、そういう人が多くなるのよ」

 小夜子は、視力を失っている。

 幼少の頃に原因不明の高熱を出して丸三日寝込み、目を覚ました時には、世界は灰色になっていた。

 視力検査の結果は「盲」。つまり、失明であった。だが不思議なことに、物や人の形は認識できた。

 それどころか、声や実体のないモノの形、声に至ってはその感情――本気であるとか、ふざけているとか、果ては嘘を言っているか――まで知覚できるようになっていた。

 理屈はわからない。現代の科学でも解明できないことなど、世の中にはいくらもある。所謂、「霊能力」と呼ばれるものになろう。

 家の因縁とか、因果とかいう話を親族がしていた気もするが、幼かった小夜子に理解できるものではなかった。

 望まない〝力〟を手に入れてしまった彼女は、世界の汚ならしさ、嘘の多さに圧し潰されかけた。

 そんな彼女の救いになったのが近所に住んでいた六つ年上の橘 朔哉(さくや)という少年であるのだが――それはまた、別のお話。


 小夜子は悠花に冷たい麦茶の入ったコップを差し出す。

「ありがと」

 それっきり悠花は黙りこくって、ただコップを口に運んだ。

 小夜子は、少し考えたように小首を傾げ、それから口を開いた。

「でもおじいさんなら、伝手があるかもしれないねぇ」

「――ええ?!」

 意外な人物が挙げられたためか、悠花は驚き、大きな声を上げた。

 ――おじーちゃんが?

 よほど信じられないように〝視えた〟のか、小夜子は眉を跳ね上げる。

「あら、知らなかったのかい」

「だって、おじーちゃんの知り合いなんて、ほとんど聞いたことないし」

 大学で教えていたとか、たまにその時の教え子が訪ねてくることがある程度しか、悠花は祖父のことを知らない。

 そこに思い至ったか、小夜子は

「まぁ、ねえ。敢えて言うようなことでもないしねぇ」

 と言ってから、冷えていない麦茶を飲んだ。

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