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わたしの〔ソウル〕こっくりさん  作者: 俺(41)
第一夜「こっくりさん」
3/22

一.

  六月下旬


 ずいぶんと久々の青空であった。

 この月の上旬から始まった梅雨の、実に二十日ぶりと言える晴れ間は如何にも、清々しい好天となった。


 ある中学校の教室。

 北の窓から見える空は、青く、あおく。

 わずかに見える海の水平線より立ち上る雲は、もくもくと高く、たかくそそり立っていた。

 太陽は西に傾きかけているものの、依然として強く輝き、街中を明るく照らしている。

 校舎の四階から見える古びた街並みの、過剰なほどの陽光で極端に強調されたコントラストと、入道雲の、その呆れるほどの大きさ。

 まだ七月にもなっていないというのに、すでに盛夏と言っても差し支えないほどの陽気だった。

 教室の窓は、一つだけ開いていた。

 時折、そこからカーテンを揺らし、そよ風が流れ込んでくる。

 ただ、あまり爽やかな風ではない。その侵入してきた生ぬるい風は湿り気が多く、快不快で言うならば、不快と言ってよいだろう。

 連日の降雨で蓄積された水気は、残念ながら一日やそこらの晴れ間でどうにかなるものではないようだった。


 すでに放課後である。

 残っている生徒の数はそう、多くはない。

 窓側後方の一角に複数名、廊下側に、まばらに数名。

 机は教卓に向かって六列、その後ろに四つずつ並んでいる。教卓の前二列だけ五つ並んでいるので、この教室の生徒数はどうやら、二十六名のようであった。

 その、廊下側の生徒。

 教卓に近い席に座る少女がいた。

 その少女は一言で言い表すならば、日本人形のようだった。

 キメの細かい白い肌、鼻立ちは高くないものの形は良く、また唇は化粧気もないのに潤っていて、その目はぱっちりとしている。

 黒く艶やかな髪は珍しいことに、銀色のかんざしでまとめられ一本留めにされていた。

 まだ幼さの残る顔立ちではあるが、五年後には花の咲くような――例えば、白百合のようなたおやかさの――女性になるのではないかと思わせる雰囲気があった。

 この四月に小学校から上がってきたばかりとはいえ、ブレザーの制服を――すでに着崩している生徒も見受けられる中――保護者の躾の賜物か、それとも本人の性分か、彼女の着こなしはやけにきっちりとしたものだった。

 名は、(たちばな) 悠花(はるか)

 この中学校の一年一組に在籍する、今年十三歳になった女の子である。

 悠花は椅子を窓側の小集団に向け、背すじを正したやけに良い姿勢で、その様子をじっと窺っている。

 彼女には、どうしても納得いかないことがあった。


 つい数日前より、彼女の周りで〈こっくりさん〉が流行りだした。


 ――こっくりさん。

 それは前世紀末のオカルトブーム華やかなりし頃に、一種の降霊術として――そのプレイヤーたちが降霊術と認識していたかどうかは怪しいものだが――全国各地で盛んに行なわれた、古くは十九世紀末にも流行したという、息の長い呪術的儀式である。

 前世紀末の流行では、一九七〇年代から学童を含む若年層に拡がった。

 狐憑きと称される、狂乱状態になる者が少なくない数発生し、中には、児童が正気を失う事態にまで陥ったため、学校単位で禁止令が出された――などという都市伝説が生まれるほどに流行した。

 年代を下るごとにその勢いは徐々に萎み、今世紀に入るとその勢いは一挙に衰えたものの、間違いなく当時のオカルトブームの一翼を担っていた存在と言えよう。

 そんなこっくりさんが――なぜ今頃、にわかに流行りだしたのか。

 その原因は、実ははっきりしている。

 だが、それが流行したことやその原因は、悠花の思いとは関係なかった。

 彼女の不満は、こっくりさんの、その〝やり方〟にある。

 ――現在流行しているこっくりさんのやり方は、こうだ。

 複数名(三~四名が良いとされる)で集まり、まず外に通じる北側の窓を開ける。

 校舎内でも同様――悠花の教室なら、教室から海を望む窓が北側だ――である。

 こっくりさんを()び出すために、正方形の紙に五十音のひらがなと漢数字、〈はい〉と〈いいえ〉の選択肢、それと中央上部に鳥居を書き込んだもの(便宜上〝呪符〟と呼ぶ)を用意する。

 それに加えて、十円玉。

 ちなみに、呪符を置くテーブルには、火を灯したロウソクを東西南北に立てるとされているが、教室で火を扱うのは難しいためそこは省いている。他にもお供え物をするとか、そもそも夜にやるものだという話もあるのだが、それらもあまり重視されることなく、省かれてしまっていた。

 手順を省いてしまって良いのかと言えば、もちろん良いわけがない。――だが往々にして子供というものは、手前勝手に解釈してしまうものなのだ。

 集まった者たちは、鳥居の柱の間に置いた十円玉に指を触れる。

 もちろん、自力で動かしてはいけない。

 そして、口上を垂れる。


「こっくりさん こっくりさん 北の窓からお入りください――」


 しばらく続けると十円玉が

 ゆっくりと動きだす。


 その時点で、恐声とも嬌声ともつかない声が上がる。

 そして、参加者を集めた主催者が質問をする。

 それに回答があると「やっぱりねー!」「いやー、全然違うよー」などと盛り上がり始め、次第に参加者はこっくりさんに馴れ馴れしくなっていく。

 そしてひとしきり質問をすると、飽きたのか「もうよくない?」という声が上がり、「そうだね」「じゃあ帰ってもらおうか」などと相談する声が聞こえてくる。

 ――声の大小はあれど、毎回参加者も違うというのに、毎回似たようなやりとりになっているのは少し面白いなと、悠花は思う。


「こっくりさん こっくりさん 北の窓からお帰りください――」


 そう唱えると十円玉は、元いた鳥居の間に収まり、晴れて、これにて終了と相成る。

 終了したら、その呪符は四八枚になるように破り、燃やした灰に塩を振ってから水に、主に川などに流すこととなってはいるものの、――やはり校内で火を使うのは難しいため――塩も振らずにゴミ箱に捨てられるのが常であった。

 わりとぐだぐだである。


 たまに例外的に帰ろうとしないモノもいるが、たいていの場合は多くの無礼を働いた上に酷使しておいて、何の礼もせずに「帰れ」と言われても素直に帰るのである。

こっくりさん。

 それはいったい、どんな霊的存在なのだろう。

 悠花は、こっくりさんを知った時に、それを不思議に思って調べたことがある。

 調べていて少し面白かったことには、呼び寄せるために唱える口上にも地域差があるらしく、現在流行っているものと調べたものでは、その口上が違っていることだった。

 そして、インターネットよるとこっくりさんの正体は――動物霊や自然霊だという。

 いわゆる低級霊である。


 そんな存在モノが、いったい何を知っているというのか。

 それに、そうした低級霊が人間に何の害意も持たず、何の力も持たない人間に素直に従うものだろうか。

 霊的な存在を信ずるならば、中学一年生にもなって、それに思い至らないわけがないではないか。

 悠花はそう思うのだが皆、そんな素振りは微塵も見せずにこっくりさんに興じている。

 ――まあ、インターネットに書かれていることが全て真実とは限らないし。

 悠花はそう考え直す。


 こっくりさんで遊んでいた小集団の中に、ひと際にぎやかな、美少女と言っていい少女がいた。

 榊井(さかい) 望美(のぞみ)

 悠花を日本人形に例えるなら、望美はビスクドール――にしてはやや派手だが――であろう。ビスクドールよりはやや吊り目で、着崩しが様になるスタイルの良さを見れば、どちらかと言えばリカちゃん人形の方が例えとしては適切かもしれない。

 スクールカースト(厭な響きだ)で言うなら最上位に位置するタイプだが、それを笠に着るような行動はほとんど見られず、どちらかと言えば気配りの人だ。

 だから、その容姿と相まって、クラスの女子からの信頼というか信仰は篤かった。

 今日のこっくりさんはこの娘が呼びかけ、それに応じた女子により執り行われていた。

 それも先ほど終了し、呪符も四十八枚――あるいはそれ以上――に千切られている。

 ――望美とやるこっくりさんは、よく当たる――

 そんな噂、というか、実際そうなのだが、彼女の参加するこっくりさんは、的中率が高い。人間関係、特にクラス内での対人関係に関しては、ほぼ的中するという精度で、だから望美と一緒にこっくりさんをしたいという者は男女の別なく多い。

 もちろん悠花にもその気はあるのだが、望美との個人的な確執――悠花には身に覚えがない――と、家族にこっくりさんなどの呪術的行為を禁止されていること、さらには決定的な、ある事象により、断念せざるを得ない状況だった。

 家族からの禁止令については先日、同じように望美に誘われた際に伝えた。

 だからもう誘われることはないだろうと、悠花は思っていたのだが。

 望美は、やや意地悪な笑顔を作り、悠花に向かって言った。

「あ、橘さん!橘さんもやらない?こっくりさん」

 ――なんで、また誘うんだろう。

 悠花は内心、首を捻りながらも

「うん。やりたい気持ちはあるんだけど……アタシは今日はちょっと」

 と、曖昧な笑顔で曖昧に断った。

 そこで望美は間髪入れず、

「そっか~。危ないとかって、オバーチャンに禁止されてるんだっけ!叱られたくないもんね、オバーチャンに!」

 子供でもあるまいに――。

 そんな言外の意図が汲み取れる、見事な言い回しで悠花を茶化す。

 実際、子供なのだが。

 取り巻きの女子も、仕方のない娘だなぁといった表情で悠花を見ては苦笑している。


 これはいわゆる、マウント行動である。

 猿山のボス争いが有名だが、それに似た行動は人間にもよく見られる。

 つまり、望美の方が悠花より立場が上であるとクラスメイトに知らしめるため、悠花が祖母の教えを妄信する子供であるかのように強調していたのだ。

 だからと言って、それで実際に望美の格が上になることはない。しかし、それで序列が定まってしまうということが往々にしてあり、人間の心理とはなかなか複雑である。

 こういうコミュニケーションもあるのだ。

 まったくのディスコミュニケーションではあるのだが。

 しかし悠花は、そういったことに疎かった。

 だから厭な感じこそしたものの、マウント行為だとか上下関係だとかいうのは、よくわからなかった。

 クラスメイトに向け怪訝な表情を向ける悠花に、一人の少年が声をかけた。

「悠花、まだ帰らないのか」

「リュウ」

 悠花にリュウと呼ばれた少年は、彼女の幼馴染である。

 彼は望美を一瞥する。

 望美の表情が明るくなった。が、彼はすぐに悠花に視線を戻すと、

「用事がないなら、早く帰ろう」

 きょうは――。

 と言いかけ、やや渋面を作った。

 それから少し黙って、

「いや、ごめん。なんでもない」

 と、口ごもった。

 言いたいことを言えない。そんな印象だ。

 悠花は眉を顰めた。

 少年の名は、(ひいらぎ) 龍一(りゅういち)

 彼は、小さい頃はもっと明け透けだった。

 昔の彼なら、こっくりさんをしている彼女らにお構いなく「そんなもの見てないで、早く帰ろうよー」くらいは言ってのけたはずだ。

 そんな危うい素直さも小四あたりから影を潜めはじめ、中学に上がる前には、ずいぶんと寡黙になっていた。

 それと同時に身体の方は加速度的に成長し、今では中一にして百七十五センチという高身長を得るに至った。現在も伸びている最中だという。

 それに加えて父親譲りらしい端正な――美形のほうが適切かもしれない――顔立ち、成績優秀という盛りに盛ったスペックは、学年のみならず上級生の女子からも注目を受けている。

 ただ、彼の方から会話を切り出すことはほとんどなく、だから一般的な評価は「真面目だが、あまり面白い人ではない」というものだった。

 そこには悠花には異論がある。

 彼は親しい間柄、例えば悠花やもう一人の幼馴染の虎二相手にはよく話すし、その内容は知識に裏打ちされた話題や頭の良さによる巧みな話術から、大変面白いものだからだ。

 とは言うものの最近は、その幼馴染相手にさえ口数が減ってきた。

 どうして、そんなことになったのか。悠花は理解に苦しむのだが、彼には彼の事情があるのだろう。

 ただ、それを打ち明けてもらえないのは、少し寂しい。とも思っていた。

 そうやって悠花が思案の海を泳ぎ回っているうちに、龍一は

「まぁ、あまり遅くならないように、な」

 と言い残し、立ち去ろうとした。

 そこに、

「柊くぅん。また誘うから、今度は参加してね」

 望美が後姿の龍一にアタックをかけた。

 声色が悠花に向けるものより甘い上に、音階も一オクターブ高い。

「狙っているな」と悠花以外の誰もがわかる露骨さだった。

 が、どうやら悠花の他にもわかってない奴がいるようで、

「いや。俺もそういうのは、遠慮しておく」

 つまらなさそうに、そう答えた。

「――母さんに、叱られたくないからな」

 正面を向いたまま、悠花にだけ聞こえる声で呟くと龍一は、鞄を下げ教室を出て行った。

 その背中を見送りながら、考える。

 気を使ってくれたのだろうか、と。

 龍一の真意は、わからない。

 けれど、少しだけ嬉しい気持ちになった悠花は、にっこりと微笑んだ。

 そして龍一に別れの挨拶をしていないことに気付き、しまったなぁ、と反省するのであった。


 それを見ていた望美は突然、勢い良く立ち上がったかと思うと、イライラした様子で帰り支度を始めた。

 周囲の労いの声にも生返事で、

「それ、捨てといてね」

 と吐き捨てるように頼みながら呪符の切れ端を取り巻きの一人に押し付けると、大きめの足音を立てて教室を出て行った。

 あの剣幕は、龍一を追いかけて行ったようには見えなかった。だから、よくわからない何かが彼女の気に障ったんだろうと、取り巻きは自分たちを納得させた。

 言われたとおりに呪符をゴミ箱に捨て、開けっ放しだった、生ぬるい風を送り込んでくる窓を閉じてから、

「悠花ちゃん、ばいばーい」

「また明日ね」

 などという挨拶を残し、思い思いに帰路について行った。

 悠花はそれに応えながら、望美の行動に、何か腑に落ちないものを感じていた。

 それがなんだかわからないまま、気付けば、教室に一人になっていた。


 廊下側にわずかに残っていた生徒も、いつの間にか帰っていたらしい。

 夕暮れと言うには、まだ早い。それでも、十七時は回っていた。

 荷物はすでに鞄にまとめてある。鞄を取り、引き戸の取っ手に手をかける。

 手を止めて、やや翳ってきた教室内を見回す。

 教室の窓側後方。

 先ほどまでこっくりさんが行われていた場所。


 やはり、納得できなかった。

 こっくりさんの流行や、その原因に、ではない。

 もっと単純なこと。

 なぜ、十円玉に指を乗せる必要があるのか――である。

 指など乗せたら、不正を働く参加者が出るのは、間違いないではないか。


 ――超常的な存在ならば、指など乗せなくても十円玉を動かせて然るべきだ。

 悠花は、そう思うのだった。

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