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わたしの〔ソウル〕こっくりさん  作者: 俺(41)
第一夜「こっくりさん」
2/22

〇.

 新潟県糸川市生能町に住む、中学一年生の永倉えいくら 佳奈かなさんの話。


 二〇二〇年七月初旬のことだという。

 中学一年生になって三か月。

 佳奈さんは一週間ほど前からずっと、「やってみたいこと」があった。

 ところが、その「やってみたいこと」は、その日からこっち、先約が入りっぱなしで、かなりの引っ込み思案な彼女には割り込むことなどできなかった。

 その「やってみたいこと」とは――〈こっくりさん〉であった。


 ――近頃の子供のほとんどは、それに触れることなく育つ。

 存在は知っているし、やり方もなんとなくは耳に入るのだけども、敢えてそれをしようという気にはならないのだという。

 「なんとなく、こわい」

 「やり方がよくわからない」

 「わかっててもやりたいと思わない。こわいから」

 ――と、 このように、心霊そのものを否定しているわけではない。

 どちらかと言えば危険なものに触れたくないという、防衛本能によるもののようだった。

 では逆に、なぜ昭和の子供はその防衛本能を突破してまで、こっくりさんで遊んでいたのだろうか。

 西暦二〇〇〇年を迎えるまで、少なくない数の人々が一九九九年に地球が滅びるという、〝ノストラダムスの大予言〟を信じていた。いや、信じていたわけではなかろうが、滅びへの漠然とした不安のようなものを抱えて過ごしていた。

 終末思想というやつだ。

 そうした不安につけ込むようにテレビでは、心霊番組をこぞって放映していた。

 放送すれば視聴率が獲れる――くらいの、安易な発想だったのかもしれない。

 死後の世界。幽霊。呪い。這い寄る怪物。

 特に夏場は納涼を名目に、多くの心霊番組が放映されていた。

 となれば、こっくりさんを忌避する精神的な安全弁が故障していても、おかしいことはない。

 安全弁の故障と終末思想の相互作用はとても強かったらしく、こっくりさんは現代とは比べものにならないくらい頻繁に行われていた。

 しかし、西暦が二〇〇〇年を越えると、今度は心霊番組自体が減少していった。

 視聴者からクレームが入るようになってきたのである。

 曰く、「子供が怖がる」「テレビを点けたら心霊番組で、心臓が止まるかと思った」「公序良俗に反する」等、「それなら観なければいいのに」以外の感想のないクレームがそれなりに寄せられるに至って心霊番組は、めでたく地上波テレビからほぼその姿を消した。

 そうやって時間を置いたことで、危険を忌避する安全弁が回復したのであろうか。

 心霊番組を浴びずに育った子供たちは、大人たちがたまに話題にする、こっくりさん等の恐怖譚を聞いては、そんな危険な遊びはしないでおこうと、心に誓うのである――。


 では、佳奈さんをその危険な遊びに駆り立てたのは何か。

 それにはどうやら、あるユーチューバーが絡んでいるらしい。

 すでに更新は途絶えているが、半年ほど活動していたユーチューバーにより、あろうことか〈こっくりさん〉が配信されたのだという。

 それを見てからというもの佳奈さんは、理由もなく、それで遊んでみたいという欲求だけが膨らみ続けていた。

 ところが、性格的な問題もあり、クラスメイトのするそれに参加表明をすることもできず、さりとて友人も多くないという、なかなかに難儀な状況が続き――そのチャンスが訪れたのは十日以上も経ってからのことだった。


 その日は暑かった。

 佳奈さんの中学校は、暑い日は運動系の部活も軒並み活動を休止する。

 最近の部活動は、指導者の管理不足による熱中症死などへの批判の高まりを受け、高温多湿下での運動に制限をかけるところも多くなっている。

 そのため佳奈さんはソフトボール部の部員で数少ない友人でもある、尾藤びとう 伊佐美いさみさんを、こっくりさんのメンバーとして確保できたのだった。

 しかし、できればもう一人は居てほしい。

 そう思った佳奈さんは、ひとり暇そうにしている男子に声をかけた。

 本当なら男子よりは女子のほうが気楽で良かったのだが、残っていた女子は「そういうこと」をやりたがらない子だったから、仕方のない選択だったらしい。

 だが、反応は芳しくなかった。

「ええと……」

 いきなり声をかけたことで気を悪くしたかと思い、謝った。すると、

「何が『ごめん』なんだ?」

 と、思いがけない追撃を食らった。

 元々引っ込み思案の娘である。佳奈さんは、隣にいる友人に視線で助けを求めた。

 男子は、そこでようやく佳奈さんと伊佐美さんの二人組だと認識したようだった。

「オレ、人の名前と顔を一致させるの、あんまり得意じゃないんだよね」

 男子はそう言って、最初の反応も誰だか分らなかったせいだと釈明した。

 二人が名を名乗ると、ようやく得心したように、ああ思い出した、と言った。

「で、なんの用?」

 からりとした受け答えだ。

 およそ、裏表とか駆け引きとかいう言葉とは無縁のように見えた。

 男子の名は、竹林たけばやし 虎二とらつぐくん。

 剣道部のトリックスターだと誰かが言っていたのを、佳奈さんは覚えていた。

 背は低いが、それでも佳奈さんよりは高い。というか、佳奈さんは全体に小さいのだ。

 男女一列ずつで並ぶと、虎二君は前から二番目、佳奈さんは前から一番目だった。

 多分、隣同士であれば虎二君も、佳奈さんのことを覚えていてくれたのかもしれない。


 佳奈さんは虎二君に、こっくりさんをしたいのでメンバーに加わってほしいと伝えた。

 虎二君は少し驚いたようだった。

「こっくりさん、って、あのこっくりさんか」

 他になんのこっくりさんがあるのか。

 佳奈さんは頷き、虎二君の返事を待った。

 しばらく――と言っても一分にも満たない時間だが、考えた後、虎二君は

「いいよ」

 と言った。

 佳奈さんはそれから嬉々として準備を始めた。


「今考えると、なんであの時あんなに浮かれてたのか、わからないんです」

 怖いことだと、危ないことだとわかっていたはずなのに。

 特に佳奈さんは濫読家で、各方面の知識量が凄まじい。

 それなのに、なぜかこの時だけは、警戒心や忌避感といった本来働くべき機能が消失していたのだという。


 当時、虎二君には、

「こんなことに誘って、ごめんね」

 と謝ったりもしたのだが、それも口先だけだった。

「この子、すっごい楽しみにしてたからさ、助けると思って付き合ったげてよ」

 伊佐美さんもフォローしてくれたが、虎二君は、自分は間に合わせだから気にするな、とぶっきらぼうに答えるだけだった。

 かくして佳奈さんと伊佐美さん、それに虎二君の三人で〈こっくりさん〉が始まった。


「こっくりさん こっくりさん 北の窓からお入りください」

 破ったノートに、鳥居と五十音などを鉛筆で書き入れ、鳥居の柱の間には十円玉硬貨。

 参加者が人差し指を十円玉に、触れる程度に置くと、リーダー格――この日は佳奈さん――が先の口上を唱える。十円玉が動くか、リーダーが諦めるまで続けるのだが、この日は五分もするとコインが動いた。

 佳奈さんは驚き、思わず虎二君を見た。

 虎二君は困り顔で応じた。「自分ではない」という表明のようだった。

 伊佐美さんがコインを動かすというのも、彼女の性格上考えられない。

 ということは、つまり――。

 その事実に、佳奈さんはいたく感動したという。

 ぶっつけ本番で成功するとは、自分にもそういう才能があるのではないかと思ったのだそうだ。

 ただ、その後の質問の内容と言えば、誰それは誰が好きか、あの人との相性は、誰と誰が付き合っているかなど、外野からすれば「そんなことを聞くために、こんな危険かもわからないようなことに手を出したのか」と呆れるような質問ばかり。

 答えの方はといえば、嘘か誠か、彼らの知る人物を挙げることもあれば、およそ人名とは考えられないような文字列を示すこともあったようだ。

 ――やがて時間も過ぎ、こっくりさんに聞くこともなくなった佳奈さんと伊佐美さんたちは、こっくりさんの終了を相談した。

「ええと……こっくりさん こっくりさん 北の窓から……お帰りください?」

 なぜ、疑問形なのか。

 それは彼女が、正確な口上を知らなかったからである。

 彼女が参考にした動画では、その口上が始まる前に配信が終了してしまったのだ。

 だから佳奈さんは、自信なさげに開始の口上を逆にしたのだろう。

 何度も唱えられる口上は、およそ二十分の間、間断ありつつ続いた。

 いくら「帰れ」と言っても、動かなかったり、〈いいえ〉に移動する硬貨に、佳奈さんは次第に涙声になっていった。

 伊佐美さんは時々、虎二君の方にきつい視線を向けていた。

 虎二君も首を横に振り、「俺じゃない」とアピールしている。

 もうほとんど泣いている、完全に涙声の佳奈さんの

「もう!帰って!ください!!」

 という叫びにも似た懇願に、ようやく十円玉が〈いいえ〉以外に向けて動き出した。


〈はい〉


 その瞬間、

 三人は揃って、大きな、大きなため息をついた。

 それから三人は、しばらく声を失い、たっぷり三分間、茫然としていた。

 ――よかった。帰って、くれた。

 佳奈さんは大きく息を吸い、それから両手で顔を覆った。

 伊佐美さんも虎二君も、ひどい汗をかいていた。額には大粒の汗が浮かび、髪の毛の先まで濡れていた。Yシャツも肌に張り付いている。

 もちろん、暑いからというだけではない。

 虎二君は泣き笑いとも苦笑いとも取れる表情で、伊佐美さんに話しかけた。

「……すっげぇ汗だな」

 聞いたこともないような情けない声だった。

「そっちこそ」

 伊佐美さんは顔面から赤みが失せ、汗なのか涙なのかわからないほど鼻先や顎から汗を滴らせながら、半泣き状態で応じた。

 そのやりとりをよそに、

「よかった、帰ってくれて。よかった……」

 言い出しっぺの佳奈さんはそう声を絞り出しながら嗚咽していたという。


 少し時間も経つと、参加者全員が冷静さを取り戻したようで、現金なことにこっくりさんの最中の出来事について談笑できるまでになっていた。

 なんであんな質問したの、だとか、あの面白い返答は本当に誰もズルして動かしてなかったの、とか。

 全員の言を信じるならば、どうやら、今回のこっくりさんは本物で、その回答が真実かどうかはわからないものの、こっくりさん自身が答えたもののようだということに、ひとまず落ち着いたようだった。

 そんな時、

「……ところで、そのこっくりさん、もう帰ってもらってたっけ?」

 そう聞いてきたのは、虎二君の幼馴染だった。

 佳奈さんは、できれば彼女に参加してもらいたかったのだが、こういうことに参加するのを家族に禁止されているからと断られていたのである。

 彼女に言われて気付いたが、こっくりさんを帰すには、鳥居(⛩)の柱の間に十円玉が移動しなければならない。

 気付けば、先ほどまで確かに〈はい〉の上にあった十円玉はいつの間にか、その位置を移動していた。

「〈こ〉?……誰か動かした?」

 佳奈さんが言い終わるかどうか。

 その声を聞いて、他の参加者が顔を佳奈さんの方へ向けたところ。

 十円玉は、

 ひとりでに動き出した。

 完全に想定外の超常現象に、教室内の四名はパニックになった。

 それだけではない。

 動きを止めたコインは、次は引き千切られるように形を変えていく。

 佳奈さんは、あまりの出来事に何も考えられなくなった。

 ただただ、がたがたと震えるだけだったという。

 十円玉の変形が終わると、ほんの少しだけ緊張が緩んだ。

【ばぁんっ】

 そこに、窓が鳴った。

 もちろん窓側に人などいない。そもそも、全ての窓ガラスをいっぺんに叩くなど、人間にできることではない。

 佳奈さんは、緊張しすぎて震えすら止まったという。

 そんな中、さらに追い打ちをかけるかのような、突然のつむじ風。

 教室内を巻くように、強烈な風が四人を襲った。

 これがダメ押しになった。

 こっくりさんに参加したメンバーは脱兎のごとく、教室から逃げ去ってしまった。

 鞄も靴も何もかも、全てを学校に置き去りにして。


 どこをどう帰ってきたものか、佳奈さんは気付けば自宅の玄関に立っていた。

 上靴で帰宅した彼女は、母親に食欲がないと嘘を吐き自室に篭った。

 嘘と言っても、本当に食欲は湧かなかった。

 恐怖感が勝ちすぎていて、それどころではなかったようだ。

 疲労もピークに達していたのか、彼女は部屋着に着替えると、日も沈まないうちからベッドに潜り込んだのだという。


 深夜。

 正確な時間はわからない。

 佳奈さんが目を覚ますと、室内はやけにひんやりとしていた。

 空腹はない。

 疲労もそれほど回復した気がしない。

 寒気がした。風邪でも引いたのだろうかと思った佳奈さんだが、ふと、カーテンが閉まっていないことに気が付いた。

 夕日が差し込むからと寝る前に閉めたはずだった。

 白い月明りが射し込み、室内の温度をさらに下げているように感じたという。

 閉めたいが、寒気と室温の低さから、布団から出るのをためらった。

 長い間そうして行動に移そうとしなかった佳奈さんだが、意を決して起き上がろうとしたところ、身体が固まったように動かなかった。

 金縛りと呼ばれる状態だ。

 佳奈さんは、その原因が身体は眠っているが脳は起きているという、レム睡眠中の覚醒によるものだと知っている。

 だからそれほど焦りはしなかった。

 しかし、つい先ほどまで寝返りを打っていたはずだ。

 覚醒状態から、いきなりレム睡眠に突入するものだろうかと心の中で首を捻っていた佳奈さんだったが、にわかに窓の方から気配を感じた。

 確認したいが、動くのは眼球だけだ。

 佳奈さんには少しだけ嫌な予感もあったが、窓に視線を向けた。

 すると――

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