アルの店
装備屋『アルの店』。一部のプレイヤーの間では有名で最近では攻略サイトにも名前を載せられていたりする。
性別不明、本名不明、いつも変な仮面を付けており、そのせいで声がこもって聴き取りづらく、素顔も見えない。しかも、愛想が悪ければ、口も悪い。だが、商品の品質はNPC産のものより格段に良く、値段も半額。それでいてラインナップも豊富なのだ。
アーシャ自身も何度か世話になっており、ぶっきらぼうでありながらも実は世話好きな店主の顔を度々見に来ていた。
「アルさん、久しぶり。このお店、中級プレイヤーの間では評判ですよ」
「いいメーワクだよ。こちとらテキトーに作ってるだけなのによォ」
「それだけアルさんの腕が認められてるってことですよ」
「チッ、コッチの気も知らねぇでヨ」
大きな仮面を付けたまま、器用に肘をついて舌打ちする。
視線を漂わせたかと思うと、商品を物色していたハルナに声をかける。
「どーだ?お気に召すものはあったカ?」
「気になるものはいくつか見つかったけど、、オススメとかあります?」
「さぁな、フィーリングじゃネ?」
「えぇ、、そんな適当な」
「別にテキトー言ってるつもりはねぇよ。周りに言われたままやるのとテメェで考えてやるのどっちのがいいか。んで、テメェで決めるなら何に頼るか、それがフィーリングってか、テメェの直感サ。オレはそうしてル」
「そういうものですか、、アーシャはどんな武器使ってるの?」
「私?私が使ってるのはこれ、ソードブレイカーとバックラー」
装備をオブジェクト化してハルナに渡す。
見た目の特徴としては、峰に櫛状の凹凸がついた短刀と小さな丸い盾。ジャンルとしては片手近接武器と小盾と呼ばれるものだ。
「おー、かっこいい。なんでこれ使おうと思ったの?」
「えーっと、必要に迫られて、、かな?」
「あはっ、なに必要に迫られるって、どんな状況?」
思い出されるのは前のパーティのリーダーアベルの無茶振りを始めとした苦い思い出だった。
「、、アーシャ大丈夫?遠い目をしてるけど」
「大丈夫。、、大丈夫だけど、まだこの傷カサブタになってないから触らないでほしいかな」
「あー、りょうかい。そっとしとくね」
ハルナはアーシャを気遣い、それ以上の追及をやめて武器探しに戻る。
あらかた見て回ったところで店の片隅。乱雑に並べられた商品の中で目に止まるものがあった。それは傘立てのようにも見えた。
立てられた筒の中に何本も突き立てられた刀たち。ハルナはそのうちの一本を手に取る。
「、、おぉ!これがフィーリング。ビビッときた」
「お、見つけたカ?、、へぇ、面白いもん選んだじゃねぇかヨ」
「面白いもの?」
どれどれ?とアーシャがハルナの手の中を覗き込むと顔をしかめる。
「うわ、妖刀じゃん!?」
「えっ、なにそれ!?私呪われるの!?」
妖刀と聞いて顔を青ざめさせるハルナ。その手からアルが刀を取り上げる。
「ちげぇーヨ。妖刀っても呪われてるってわけじゃねー。使い手を選ぶってコッタ」
「使い手を選ぶ?選定の剣みたいな?」
「そーいうのでもないんだナ。例えばこれ見てみ」
アルが棚に並べられていた木刀に向かって指を動かすとウィンドウが開いた。それをスイッとハルナの前へ飛ばす。
『訓練用木刀 STR+5』
次はこっち。と取り上げた方の刀のウィンドウを開いては飛ばす。
『大包平 DEX+20%』
「違いは分かったカ?」
「こっちはSTRで、こっちはDEX?」
二つのウィンドウを何度か見比べて眉をひそめた。
「これってどんな違いがあるんですか?」
「んー?あーそうカ。アーシャ、説明してやレ」
「えーっと、、どこまで分かるかな?STRとかって分かる?これなんだけど、、ほい」
アーシャが自分のステータス画面を開くとハルナに見せる。
『アーシャ lv24 STR73 VIT90 INT15 MND76 DEX5 AGL33』
「大体は分かるよ。上から筋力、耐久、知力、精神力、器用さ、敏捷だよね?んで筋力が物理攻撃でー」
前もって調べたのかハルナは得意げに語る。その内容は大半は正しいのだが、
「で器用さが命中率とかクリティカル発生率」
「ぶっぶー。そこは間違いでーす」
「えぇ?なんで!?」
ちゃんと調べたのに!と不服そうにしているハルナをなだめ、説明を再開する。
「普通のRPGだとそれで正しいけど、このゲームでのDEXは生産系スキルの成功率とクリティカルダメージの上昇なんだよね」
「へぇ、、、ん?」
大人しく聞いていたハルナはそこで首を傾げる。
「はい先生!」
「なんですかハルナさん」
「命中率の補正ってないんですか?」
「いい質問ですハルナさん。ところでこのゲームで不人気な武器を知ってますか?」
「えっと確か遠距離武器、、あぁ」
「察しがいいですね。つまりそういうことです」
なにやら妙な茶番を挟んだが簡単に説明するならこうだ。
器用さの能力値は命中率に影響することがある。しかし、ファンタジークエストにおいては命中率ではなく、クリティカルダメージに補正がかかるようになっている。
「つまりDEX上げれば、ダメージモリモリなわけですね先生!」
これだけならいいことのように聞こえるのだが、もちろんそんなうまい話ではない。
「そうですね。ダメージは凄いです。クリティカルヒットすればですけどね」
「クリティカルヒット?」
「このゲームにおいてクリティカルは確率で発生するものじゃなくて、自分でウィークポイントや弱点と呼ばれる部位に攻撃を当てることを言うの」
「弱点、、じゃあひたすら頭とか首狙えってこと?」
「基本はそうだけど、モンスターごとに弱点が違ったりするからその限りではないかな。あと物騒だからそのジェスチャーやめなさい」
首を切るジェスチャーをするハルナを窘める。
「まァ、人を選ぶってのはそういうこっタ。どれだけ火力高くても当てれなけれりゃ意味がねェ」
クリティカルヒットすれば強い。裏を返せば弱点に当てるだけの技量がなければあまり効果が出ない、それがDEX振りの不人気の理由である。
「だからDEX刀の基本構成はSTRとDEXを7:3がメジャーかな。人によってはAGLにも振るらしいけど」
「ふむふむ、7:3、、武器に要求値あったよね?」
「こいつはDEX10だナ」
「え、DEX刀やるの?」
何やら雲行きが怪しくなってきたので話に割り込む。だが、
「うん。やってみようかなって、、ダメ?」
「えーと、ダメではないけど難しいよ?」
「大丈夫大丈夫。なんとかなるって」
「んー、、ならレベル上げようか。今のステータスじゃ装備出来ないし」
「大丈夫!ちょうど10ポイントあったから全部DEXに振っといた!」
「あ、、。そっかぁ」
アーシャの言葉にハルナは笑顔で返す。対照的にアーシャは肩落とす。
「まァ、まだ取り返しはつくサ」
「他人事だと思って、、まぁ本人がやりたいって思うことが一番か」
「いいこというじゃねぇカ」
「体験談から来る感想ですよ。お代いくらですか?私が払います」
「いらねぇ。どうせ買い手はいねぇんダ、欲しいってやつにくれてやるヨ。まぁ、たまに成長した姿を見せに来てくれりゃいイ」
「アルさん、、」
アルの優しい言葉にアーシャは思わず目尻を拭い、笑顔を浮かべこう言った。
「さては面白がってますね?」
「、、フッ」
「フッじゃなくて」
「お買い上げありあとあしター」
「あっ、逃げた!」
刀を所有権ごとハルナに押し付けると、アルは店の奥へと戻っていく。
「えっと、、これどうしよう」
何も伝えられずに押し付けられたせいか、ハルナは刀を胸に抱いてオロオロする。
「アルさんからのプレゼントだって、大切に使ってあげて」
「そっかぁ、、アルさんありがとう!」
「ありがとうございます。また来ますね!」
大きな声で店の奥に向かってお礼を言うと、「うるせェ!礼なんていいからレベル上げでもしてきナ!!」とぶっきらぼうながらも満更でもない様子の声を聞いて二人は店を出る。