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彼の握り締めるシーツの皺がすべてを物語っていた

ちょいちょい私が出会ったリアルを組み込んでます。

彼はいつも天井を眺めて、窓の外を眺めて、流れる景色を眺めていた。


僕はそんな彼のことを救うことも、助けることもできない。


彼は言った。


「ひとりにしてくれ」


と。


僕は彼が生まれた頃から知っている仲だ。


いつも僕は彼といた。


彼は僕といつも笑いあった。


僕と彼はいつも一緒。


だから、これからも一緒だと、一緒に人生を歩めると思っていた。


でも、そんな幸せに崩れた。


事故に遭った。


目の前で轢かれた彼を僕は眺めることしかできなかった。


流れる血と反応の知らない彼に僕は泣き崩れることしかできなかった。


彼は僕と歩むことができなくなった。


彼は車椅子の生活を強いられるようになった。


下半身が麻痺して動かなくなったからだ。


手は動くが、その手で足の力を補うことになる。


歩くことのできない足を何度も、何度も、


「動けよ、動けよ」


と言う彼に、僕は何も言うことができなかった。


ただ病室から音もなく離れることしかできない僕は胸が苦しくなった。


僕が彼のいる病室にいくと、笑ってくれる。


それも心から笑えることができず、愛想笑いのようなものだった。


最初の頃はそんなことも気付かずに笑ってしまった。


だけど、時間が経つに連れて気づいてしまった。


彼の笑顔の裏でシーツを震える手で握り締めるその手に。


僕が笑わなくなると、彼は。


「どうしたんだ?大丈夫か?」


と問う。


僕は、


「元気だよ」


と答えることしかできなかった。


彼が僕と一緒にいると無理矢理笑う。


僕も彼と一緒にいると無理矢理笑う。


彼がひとりになると泣く。


僕もひとりになると泣く。


彼と僕は同じだった。


歩くことができなくても、救うことができなくても、


彼と僕は同じだった。


歩くことのできない彼に僕は歩み寄った。


歩くことのできない彼は僕を突き放した。


立ち止まった彼に僕は歩み寄る。


立ち止まった彼は僕から離れることができない。


だから彼は車椅子で逃げた。


リハビリから逃げてた彼が車椅子で逃げた。


僕から逃げるために彼は歩み始めた。


逃げる彼を僕は追いかける。


シーツを握り締めていた彼の手は逃げるためにハンドリムを握り締める。


彼は逃げて、逃げて、逃げまくった。


逃げた先は外だった。


閉じこもっていた彼が外に出た。


逃げるためだった。


でも、彼は一歩踏み出した。


必死に逃げる彼を追いかけた。


彼は必死だった。


これから生きていけるか不安だった。


事故で歩く足を失い、いつも一緒だった彼女と一緒にいられなくなると怖くて仕方がなかった。


だから逃げた。


歩けないことを肯定したくなかったから乗らなかった車椅子に乗って逃げた。


それでも彼女は追ってきた。


慣れない車椅子を動かすのはとても体力が必要なことだった。


曲がり方もわからない、使い方もわからない、動かない足を引き摺りながら逃げた。


逃げた先は外だった。


眩しい陽射しが目を焦がした。


その一瞬に彼女が追い付いてきた。


慌ててハンドリムを動かすとそこは段差だった。


歩いていたときはものともしなかった段差がこれほどの衝撃を与えてくるなんて知らなかった。


驚きのあまり前のめりに倒れてしまった。


このまま倒れてしまうのか、頭を打ち付けてしまうのか、このまま死ぬのか?


そんな思いが込み上げた。


目を閉じると衝撃は来ることもなく、肩を、腰を、力強く掴まれていた。


閉じた目を開けて振り返るといつも笑っていた彼女が悲しそうな顔をしていた。


いつものように「大丈夫か?」と問うと。


「大丈夫じゃない」


と震える声で言われた。


そうか、不安だったのは自分だけじゃなかったのか。


体勢を立て直すと、彼女はしゃがんで視線を合わせた。


視線が合わさったことでやっと気付いた。


彼女の目にあった涙の跡に。


「ごめん」って言うと、彼女は「ごめんじゃない」と肩を震わせて言った。


また「ごめん」と言うと、彼女は「ごめんじゃない」と繰り返した。


あぁ、そうか、自分が不安にさせていたのか。


しゃがんだ彼女の頬に両手で触れると、彼女は自分の手に合わせるように重ねた。


そのまま自分の肩の上まで引き寄せると、彼女は声にならない声で泣いた。


彼女が泣き止むまでリズムよく背中をぽんぽんと叩くことしかできなかった。


泣き止んだ彼女はスッキリしたのか、そのまま説教を始めた。


やっぱり逃げておくべきだったか。


それからの日々は苦しいものだった。


体力をつけ、筋肉をつけ、リハビリをし、面談をした。


医師には選択肢を幾つか出されたが、やっぱり自分の足で歩きたいと思い、一番辛い選択肢をした。


動かない足はどうにもならないが、残った機能を有効に使い、なくなった機能を代用する装具を装着することになった。


最初は足の型取りをされるのはとても怖かった。


診療室の前に見たこともないくらい駄々をこねる子供がいたが、そんなに恐ろしいものなのかとひやひやした。


終わってみればそんなことはなく、冷たい、熱い、はやいとしか思わなかった。


数日が経った頃にその装具が届いた。


それは驚くほどぴったりでどうやって作っているのかと興味津々で色々聞いてみたが、「曲げた」としか言われなかった。


曲げるってどういうことだ?と思いつつ着け心地を答えたが、どうにも微妙だったらしく、回収されてしまった。


なにがいけなかったのだろうか。


それからまた数日が経つとまた装着していくつか問答があったあと、渡された。


それを着けると少しだけ歩けるような気がした。


だけどそんなに歩けなかった。


でも、彼女は立ったことに大喜びだった。


ク○ラじゃないにしろ、まだ歩けてないのだし、大袈裟すぎる。


彼女はあのことがあって笑うようになった。


目のくまもなくしっかりと寝れているようで安心した。


彼女がいてくれて本当によかったと思っている。


これからも彼女といられると思うと嬉しくてたまらない。


そのときの顔を見られたのか彼女に「なによ?」と聞かれてしまったが、「なんでもない」ともっとにやけながら言ってしまった。


彼女の気に触れたのか顔をぐにぐにされてしまった。


倒れそうになり、ベッドに腕を伸ばして身体を支えると彼女は動きを止めてなにかを見つめていた。


その先には自分の腕しかないのだが、どうしたのだろう。


「どうしたの?」と聞くと、彼女は「なんでもない」と言い返した。


彼が僕の顔を見てにやけていた。


いたずらでも考えてるのかな。


それが気になってほっぺたをぷにぷにした。


彼の頬はいつものように柔らかくまるで肉球みたいだった。


どうしてこんなに柔らかいのかと夢中になっていると彼が後ろに倒れかかっていることに気がついた。


彼もそれに気がついたのか腕で身体を支えた。


彼の手は力強くシーツを押さえつけていた。


震えることなく押さえつけられた皺には不安などなく、力強さしか感じられなかった。


ついにやけてしまうと彼に見つめられてしまった。


彼はするどい。


彼女はするどい。


彼は僕のことを何でも知ってる。


彼女は自分のことを何でも知りたがる。


だから僕は彼のことを知りたい。


だから自分のことを知ってもらいたい。


これからも僕は彼と一緒にいたい。


これからもずっと彼女と共にいる。


だから、


「もうひとりにしない」

子供の駄々ってすごいよな。

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