6話 《図書空間》
「ヒーマー!」
あの為事実習から少し時間が経ち、制服も乾いたためメイド2号から元女子高校生へと戻った私、鳴神薫は今現在暇を持て余していた。
「ミーシャさん、暇だよー!」
あまりに暇すぎて今はミーシャさんの部屋にお邪魔しています。私の部屋には何もないからね。
何も嫌な顔をせずに対応してくれるミーシャさんマジ天使です。
ちなみにミーシャさんの今日のメイド服は近未来的サイバーメイド服です。SFロボットアニメに出演してそうだ。
「確かにこの世界には娯楽がありませんし、その気持ちは分かります」
「そうそう!」
ミーシャさんの言葉に私はうんうんと頷く。
そうそう、ここって何も娯楽がないの!スマホもない!テレビもない!パソコンもない!本もない!ついでに私には可愛い服がない!
暇すぎてお風呂に入ってベッドで寝ることしかできないってどうなっているんだ!娯楽道具すら自力で調達しろと?あ、でもシュヴァルツ様は娯楽道具なんて必要ないとか言いそう。
「ではそろそろ案内いたしますか。シュヴァルツ様の許可は得なくても大丈夫でしょう」
「え?」
するとミーシャさんが立ち上がりどこかへ向かおうとした。
「どこに行くんですか?」
「鳴神さん、本はお好きですか?」
何処へ向かうのか聞くとミーシャさんが唐突に聞き返してきた。
「えっと…漫画とか小説とかファッション雑誌とかなら」
とりあえず正直に答えておいた。漫画は主に人気がある少女漫画や少年漫画を、小説はライトノベルやネット小説、ファッション雑誌は買う服を選ぶために読んでました。
「…まあ大丈夫でしょう」
ミーシャさんは少し悩む様子を見せて顔を上げた。
まあ真面目な本とか読んでいないのは自覚しています。活字だらけの難解な本なんて読むだけで眩暈がしそうです。
「それで、どこに行くんですか?」
「図書空間です」
私はミーシャさんに付いていき、ミーシャさんがドアを開けるとそこには見渡す限りの本棚に入った大量の本があった。壁が見えないほど本で埋まっており、目では確認できないほどの高さまで本棚が聳え立っている。本当に周りは本だらけ、どこを見渡しても本しかなかった。
「何これ…何これー!本がいっぱーい!」
あまりの光景に一瞬思考が止まったが次の瞬間見たことがないほどの量の本の数に私の気分は舞い上がった。
何この本の量は!右を見ても左を見ても上を見ても奥を見ても本だらけ!私の家の近くにあった図書館とは比べ物にならないほどの量!世界中の本全てを集めてもこの量には届かないでしょ!一体この空間はどうなってるの!
「君は、ミーシャさんだったね。隣の子は…初めてですね?」
「今日もお世話になります。ゲデヒトニス様」
「はい、えっとあなたは?」
舞い上がっている私に声をかけてきたのはミーシャさんが会釈をする先にある近くのカウンターに座っていた男の人だった。
その人は男にしては長いくらい灰色の髪を伸ばしている優しそうな黒い眼をしている人だった。服は古代ギリシャの歴史を学んだときに見た白い布の服と茜色の上着を着ていた。
私は着ている服を見てなんとなく察しました。あ、この人神様だ。
「ここの管理をしています神の一柱、ゲデヒトニスと申します」
「わ、私は鳴神薫です。よろしくお願いしますゲデヒトニス様」
ゲデヒトニス様が神様なのに初対面の私に対して頭を下げてきたので私は失礼のない様にそれよりも深く頭を下げた。
かなり礼儀正しい神様だった。まあ初めて会った神様があのシュヴァルツ様だから次はどんな神様に会っても礼儀正しく感じるとは思ってたけど。シュヴァルツ様みたいな神様だったらどうしようかと思ったよ。
「ここは世界のありとあらゆる図書を保管する空間です。ここを利用する方々は図書空間と呼称していますが正式名称はありませんのでどのように呼んでくださっても構いません」
「はあ…」
優しく大雑把にここの説明をするゲデヒトニス様だった。
多分神の世界で本のある場所がここしかないから正式名称が必要ないのだと考えた。この本の量を見ればそう考えていいですよね。
あと世界のありとあらゆる図書ってことはここにある本はあらゆる世界から集めたってことですか!?ということは私の読んでいた漫画や小説も元より絵本とかエッチな本とかもあるんですか!?ちょっと気になりますねぇ…。
「ここにある図書は全て借りることが出来ます。鳴神さんは神ではありませんので神以外閲覧禁止の図書は借りれませんのでご了承ください。ここの使い方は二つ、一つは自分の足でこの中から図書を探す。無作為で偶然目にした図書を読むというのも良いものです」
ゲデヒトニス様が続けてここの使用方法について説明を始めた。
こんな広い場所で本を自分の足で探すなんて私はしたくありません。でもありとあらゆる世界の本が集まっているから偶然選んだ本を読むのは面白そう。
「二つは私に目当ての図書を教えていただければ次回来られる時までに探しておきましょう。ミーシャさんはこの方法でご利用していただいております」
良かった、ゲデヒトニス様が本を探してくれるんだ。ミーシャさんもこっちの方法で利用しているみたいだし最初は私もこっちの方法で利用しよう。
「ではミーシャさん、これがまだミーシャさんが知らない世界の料理本です」
「ありがとうございます」
ミーシャさんはゲデヒトニス様が取り出した数冊の本を受け取った。
「どんな本を…」
一体どんな本なんだろうと気になり私はチラッとミーシャさんが受け取った本を見ると表紙ですら見たことがない文字がずらっと書かれていた。
え、まさかここにある本は全て日本語で書かれていない?まあここは日本じゃないし当たり前の事だけど実際に見た事のない言語の文字を見るとビビッてしまう。
「よ、読めるんですかこれ?」
「はい、この眼鏡があれば読めます」
私がビビリながら質問するとミーシャさんは余裕な笑みを浮かべ眼鏡をクイッと上げた。
え、ちょっとなにそのしぐさ、すっごい可愛いんですけど!
「眼鏡?」
「はい。私は生まれつき目が弱いので眼鏡を掛けているのですがこれはゲデヒトニス様とシュヴァルツ様が下さった特製眼鏡なんです。どんな言語も自分の一番知っている言語に変わる優れものなんです」
ミーシャさんの普段かけていた眼鏡が神様二人…じゃない二柱から貰った物でトンデモ性能だったと判明した瞬間だった。
てかなんですかその超高性能な眼鏡は!私も欲しいんですけど!
「へ~、私も欲しいな~」
「鳴神さんも欲しいですか?でしたら差し上げます」
ちょっとわざとらしく欲しいと駄々をこねるとゲデヒトニス様がミーシャさんがかけている眼鏡と同じものを渡してくれた。
え、何この神様!シュヴァルツ様と違って太っ腹なんですけど!シュヴァルツ様なら自分で探せと絶対拒否してくるところなのに!この人が為事を教えてくれればいいのに!というか直ぐに変わって下さい!
「え、いいんですか!」
「はい、ここをご利用してくださるのなら」
「はい!是非!」
ゲデヒトニス様の笑顔での対応に私はここを必ず利用しまくると心に誓った。
「あ、漫画とかってありますか?」
「勿論ありますよ」
私が漫画の有無を確認するとゲデヒトニス様は笑顔でうなずいた。
良かった、これで漫画がないというオチだったらどうしようかと。
「では借りたい図書のタイトルを仰って下さい。思いつかなければジャンルでも構いません」
「じゃあ…『花と乙女と聖騎士』をお願いします」
ゲデヒトニス様から探して欲しい本のタイトルの質問をしてきたので私は死ぬ前に読んでいた漫画のタイトルを答えた。
少女漫画で聖騎士と花が似合う少女との恋愛ファンタジー大作で凄く人気だった。早く続きが見たいとワクワクした漫画だ。
「ふむ、確か…これかな?」
ゲデヒトニス様が立ち上がり両手を動かすと多くの本が引き寄せられてきた。
念力かこれ!ゲデヒトニス様はエスパーだったのか!
「わぁ、凄い!」
そしてカウンターの上に私の読みたかった漫画が綺麗に積みあがった。
凄い!これこそ神の力って奴だよ!あの真っ黒なけち臭い神様モドキとは格が違いますね!
「初回サービスです。次回からは事前に仰ってくださいね」
「ありがとうござい…あれ?多い?」
積みあがった漫画を確認すると私が読んでいたころよりも漫画の巻数が多いことに気がついた。見たことのない巻数があるし。あれ、この漫画に外伝とかはなかったはずだよね?
「ここにある漫画、長編小説などは全て完結しています。あなたの世界でまた連載中だったものも不人気であったり作者の急病などで打ち切りになったものも、全て人気が出て作者の構想通りに完結した場合の本が保管しています。勿論打ち切りされた場合の単行本も保管されています」
「す、凄い!」
どうやって未来の漫画を集めているのか細かいところが凄い気になるがとにかく凄いことだけは分かった。
「世界線や平行世界、創作物に関してはシュヴァルツ様に教えてもらいなさい」
「シュヴァルツ様を知ってるんですか?」
「ご存知も何もあの方が一番ここを利用しています」
「え、そうなんですか?」
ゲデヒトニス様から教えられた意外な事実に私はビックリした。
シュヴァルツ様がここを一番利用しているの?あ、そういえば世界の全てが描かれている分厚い本を持ってし、為事に利用するために色々と借りてそう。
「鳴神さん、前回の実習でシュヴァルツ様が持っていた世界の全てが記録される本を覚えてますか?」
「ああ、あの分厚い本ですよね?」
「あの本は通常ここに保管されています。シュヴァルツ様は為事の度にここに本を借りに来ています」
「へ~、そうなんだ」
シュヴァルツ様がここにいつも来て一々分厚い本を借りている姿を想像すると口元が緩んだ。
もしかしたら世界の本の中に如何わしい本を挟んで借りてそう。あいつはムッツリだ、間違いない。
「それだけではございませんよ?シュヴァルツ様は行く世界に関する本をいつも借りていますよ。世界の本の他に例えば生物や植物に関する図鑑や歴史学、法学などの学問に関するの本に加えて辞典なども借りていますね」
え?世界の本に書かれてそうな事なのに世界にある本を借りているの?意味あるのそれ?
「でもそういうのって世界の本に全部書いてあるんじゃあ…」
「その世界の人間が書いた本を読みその世界ではどのように知られているか、どのように伝わっているのかを知っておかないといざというときに判断を誤る場合があるからだ」
「げぇ!?しゅ、シュヴァルツ様!」
私がゲデヒトニス様に質問するといきなり背後から突然分厚い本を大量に持ったシュヴァルツ様が降臨して心臓が飛び出そうになった。
この人どうやって現れたんだ!?心臓に悪いってレベルじゃないぞ!?
「ゲデヒトニス、本を返しにきた」
「ありがとうございます」
するとシュヴァルツ様は大量の分厚い本をカウンターに置いた。
あの量をいつも全て読んで異世界に降りているのかと想像すると感心を通り越してドン引きする私だった。
「次に借りる世界の本はまた後で伝える。用意しておけ」
「分かりました」
え、つまりあれは前の異世界の本じゃなくて次に行く異世界の本なの?ということは私が暇している間に全部読んだって事!?あんな量を読めるほど時間は経ってないはずなんだけど!どんだけ速読なのシュヴァルツ様!
「鳴神、ミーシャ。授業の用意と実習先の世界の様子を把握した。借りた本を部屋に置いて教室にこい」
「は、はい!」
「かしこまりました」
私はカウンターに置いたままの漫画を急いで抱えた。しかし巻数が多く少しよろける私だった。
お、重い!でもこれくらいならいけます!
「ではゲデヒトニス様、また来ます!次は『みにくいパンダの子』を用意しておいてください!」
「私はいつもどおりでお願いします」
「はい、承りました」
一旦本を置いてドアノブを私の部屋に繋げ、本をもう一度抱えて図書空間を出る際に次に借りたい漫画のリクエストをゲデヒトニス様に伝えた。
一世を風靡したアイドルの母を持つ地味な顔つきの娘がアイドルとなり、トップアイドルになるまでを描く少女漫画だ。これも続きが気になってしょうがなかった。
「あ~、読むの楽しみだ~」
これから今まで続きが気になってしょうがなかった漫画を完結まで一気に読めるのかと歓喜しながら私は教室へ向かった。
あらゆる世界の人気漫画を全部一気読みできるなら為事代行をするのも悪くないかな!と安易に考えてしまう私だった。
おまけ「眼鏡」
「この眼鏡って絶対作るの大変ですよね?」
「いいえ、この眼鏡は正式名称を翻訳眼鏡と呼び、主にシュヴァルツ様が管理されている世界で製造されています」
「へぇ~」
「ですがこの図書空間にある本の言語全て、つまり全ての世界の言語を登録するのにかなりの時間を必要とするため神の中での流通量は多くありません」
「なら他の神様に売れますか?」
「売らないでください」