4話 《乱れ始めた世界》
「おっとっと…」
黒い渦巻く穴から再び異世界に降りた神様のシュヴァルツ様とメイドのミーシャさんと私、メイド2号となってしまった鳴神薫です。
落下するのも二回目だし地面に激突しないと分かっていればスリルのあるバンジーのように楽しめ…なかったわ畜生!やっぱり怖い!悲鳴を上げないだけで精一杯だったよ!本当よく平然としていられるな二人は!
そして落ち着いたところで周りを確認したところ降りた場所は学院ではなく豪華な謁見の間だった。
「あれ?ここって、王宮?」
「ルージュ王国の王宮だ。あそこにいるのがルージュ王国現国王だ」
シュヴァルツ様の視線の先である謁見の間の奥にいたのは項垂れている初老の男の人だった。煌びやかな衣装を着て王冠を頭に被っていなければ王様と分からないくらいその顔は憔悴していた。
「何かあったのでしょうか?」
「この前王女と公爵令嬢が転生者に惚れていたのを確認したな?」
私は前に学院で目撃したところを思い出した。
ああ、確かにイチャイチャしてましたね。それが原因で憔悴しているのかな?それにしてもやつれすぎだと思うけど…。
「王女は隣国のアジュール王国の王子と婚約していた。それを王女が公の場で婚約破棄を宣言、公爵令嬢とともに転生者と結婚すると発表したんだ」
「は、はぁ!?」
私は予想外の事実に思わず開いた口が塞がらなかった。
別の人と、しかも他の国の王子と婚約していたのにあんなにイチャイチャしていたの!?馬鹿じゃないのあの王女!?
しかも公の場で婚約破棄からの重婚宣言!?悪徳令嬢の逆バージョンしやがった!?
「それに婚約の内容は王女がアジュール王国への嫁入りではなく王子がルージュ王国への婿入りという形だ」
婿入り拒否ってことは相手が態々婚約するためにやって来たのに無礼にも返品したってことだよね。確実に外交問題になるよね、そりゃ王様も心労であんなに憔悴するよね。
「しかも王女はローズルージュ学院で行われた王子が婚姻の儀式のために訪問したことを記念した歓迎パーティで婚約破棄した。王子は結婚のために来訪したにも関わらず目の前で婚約を破棄され、侘びもなく国に送り返されたのだ」
うわぁ、何も言えない…。
前の世界では転生者を優しそうな目で見守っていたミーシャさんも呆れているし。
「勿論ルージュ王国首脳陣は寝耳に水、アジュール王国首脳陣は怒り心頭。平和だった二国間の関係は一気に悪化し戦争一歩手前だ」
「思いっきり世界の流れを乱してますわこれは…」
うん、この世界の流れがどんなものなのか分からないけど絶対に世界の流れを乱していますねこれは。
「発端は王女の婚約破棄で転生者の提案ではなく公爵令嬢の案で行われたものだ。転生者は婚約破棄には何も関わっていない。だが転生者には魅了の加護を持ち、判断を狂わせたのは間違いない」
ええ…あの顔にさらに魅了のチートを貰っていたのね、貪欲過ぎるよ桜崎昴君。
「それで、その二カ国は戦争になるのですか?」
「なる」
ミーシャさんの質問に即答するシュヴァルツ様。
「確定ですか…」
「そもそも世界の流れでルージュ王国が滅びるのは確定事項だ。反乱で滅びるか、戦争で滅びるか、それとも王族などの首脳陣を乗っ取られ吸収され滅びるか、後はどう滅びるかだった」
淡々とルージュ王国が絶対に滅びると断言したシュヴァルツ様。
まあ私は反乱で滅びると前に聞いたときから薄々感じてましたよ。
「だが奴、転生者の力により戦争に勝つそうだ」
「はぁ!?」
シュヴァルツ様が衝撃的発言に私とミーシャさんは驚愕した。
え、どうやってこの詰み状態から勝つの!?チートを貰ったといっても人間だよね!?転生者の力って私の想像以上に強いの!?
「一人の力で国同士の戦争の戦況を変える力があるのですか?」
「ある、憎たらしいほどに」
シュヴァルツ様か苦虫を噛み潰したような表情で説明を続ける。
「まず地理条件からだな、ルージュ王国が隣接する国はアジュール王国のみだ。というより国境の西側は海に囲まれ、国境の東側はアジュール王国に囲まれている。元々アジュール王国のほかにアンディゴ王国、ターコイズ諸侯連合が隣接していたが全てアジュール王国が戦争で勝利し併合した。戦争が起きた際にルージュ王国はアジュール王国と同盟しており婚約破棄まで良好な関係を築いていた」
転生者、互いに利があった良好な同盟関係一瞬で壊しちゃったのね。ルージュ王国にとって死神のような奴だよ。
「一方アジュール王国は西のルージュ王国のほかに南東のオランジュ王国、北東にヴェール公国の二国と接している。アジュール王国は目下の目標はこの二国だったのだが今回の件で後顧の憂いを絶つほうを選択する」
他にも接している国があるってことは、アジュール王国は戦力を全部投入できない?
「もう分かるだろうが地理上はルージュ王国は全ての兵力をアジュール王国に注げ、アジュール王国は他に隣接する二国の警戒のため兵力を温存しなければならない」
「つまりいい勝負になる?」
逐次投入と全力投入の差で兵力の差は殆どなくなるのかな?
「ならねぇよ。どちらの国も王族だけじゃなく貴族がそれぞれ兵を出すんだ。高い爵位の貴族は自分達の領地を護るために兵を出すが…」
「あっ、低い爵位の貴族達…」
ここで前回の異世界解説で話題に上がっていた不満を持っていて近い内に反乱を起こす低い爵位の貴族達のことを思い出した。
「そう、この戦争を機に待遇に不満を持つ低い爵位の貴族達が一気に反旗を翻す。そのため本来の戦争はあっという間に二正面、三正面から攻められルージュ王国は滅びる」
「この絶望的な状況でどのような力を使えば転生者一人の力で勝つのですか?」
ミーシャさんの疑問にシュヴァルツ様の顔の機嫌がさらに悪くなった。
「転生者は膨大な魔力の加護を受けている。魔法を使って戦況を打破する」
シュヴァルツ様の言葉に私は困惑する。
いやいや、いくらチート魔法でもこの絶望的な状況は無理でしょ。
戦場一つだけならまだしも複数の戦場があるんだからどうやって移動するんですかね?身体は一つしかないじゃないか。
「まずこの世界には攻撃魔法などの人を傷つける、弱らせる魔法の研究は発展していない。逆に人を助ける補助魔法及び治癒魔法が非常に発展している。医療技術だけなら鳴神、お前がいた世界よりも高い。そのため戦争での死傷者が非常に少なく、怪我の後遺症も殆ど取り除け、四肢欠損なども魔法を用いた義手義足で補える。つまり戦争による労働力減少が非常に少ない」
え、ということはこの世界の魔法は武器ではなく医療って認識なのかな?てか私の世界より医療レベルが高いってこの世界の魔法凄いな…。
…あ、そういうことか。私は転生者がこの状況を打破するのかなんとなく察してしまった。自分で開発した、というより漫画とかゲームからパクった攻撃魔法で敵国の兵士相手に無双するのね。それに膨大な魔力があるなら転移魔法くらい使えてもおかしくない。
「…なんとなく分かってしまったのですが、想像通りですか?」
「想像以上だぞ。転生者はルージュ王国との戦争のため戦線に参加したアジュール王国の兵士及び貴族を全員殺す」
想像以上の答えに私達は戦慄した。
ぜん…いん…殺す?
「全員、ですか?」
聞き間違えたのかと思って私はシュヴァルツ様にもう一度確認した。
皆殺し?そんな残酷なことをしてしまうの?
「ああ、全員だ。今まで通り死傷者は少ないと考え褒美の領地のため兵を戦線に参加させた貴族全員、そして参加した兵士全員を殺す。その後戦争に参加した貴族の領地全てで深刻な男子不足が発生するほどに」
「え?そんなに兵士を参加させるんですか?普通もう少し国に残すでしょう?」
シュヴァルツ様の説明の一部に疑問が浮かんだ。
男性不足に陥るって相当だよ?そんなに男手を奪うの?むしろこの世界だとそんなに兵士いらないでしょ。
「さっきも言ったが本来この世界の戦争は死傷者も少なく労働力減少も少ない。さらに略奪も許可されている。つまりこの世界の戦争は死地ではなくちょっとした危険を冒すことで多くの報酬を得られるローリスクハイリターンの仕事と考えられている。ゆえに傭兵も、農民も、小さい規模の商人も、兵糧が許す限り領地の男子が戦争の兵士として参加する。そして今回勝ち確定の戦争だと確信したアジュール王国の貴族の7割が戦争に参加した。戦争に参加しなかった3割は東の2国の警戒のために不参加を決めた東側に領地を持つ貴族と領内でトラブルが起きてその対応をしているため参加できなかった極少数の貴族だけだ」
あ、略奪とか許可されているなら参加する理由も納得できた。
アジュール王国の兵士達は自分達が惨劇の一部になるとも知らずに参加してしまうのね…。
「その後アジュール王国はルージュ王国と秘密裏に漁夫の利を狙っていたオランジュ王国、ヴェール公国の3国にそれぞれ分割され滅びる」
「…」
「…」
それ以上シュヴァルツ様は言わなかった。ミーシャさんも私もこれ以上聞く勇気はなかった。私もミーシャさんもその後のアジュール王国領地の結末が簡単に想像できたからだ。
東の二国に支配された領地は男不足にはそこまでならないから痛手は最小限しか受けないだろう。けどルージュ王国方面の領地はおそらく絶望しかないだろう。
略奪が許可されているから戦う男手がいない領地ではどんどん物資が略奪されていき、生きるのも苦しいほどに物資不足になって集団餓死が発生してしまう。
略奪を運よく免れた領地のその後も悲惨だ。男手不足に陥ったら年頃の女性は飽和するから婿を他所から受け入れるか領地から嫁に出て行くしかない。婿を他所から受け入れれば自分達の伝統は失われる、嫁に出て行けば人口は減り土地はやせ細る。どうあがいても自分達の積み上げていったものが失われる絶望感に苛まれながら生きていくんだ。
どうあがいても、元アジュール王国領地の人々は苦しみながら滅んでいくんだ。
「転生者の立ち回り方や殺し方、聞くか?」
「結構です…」
私はシュヴァルツ様の更なる解説を拒否した。
今でもちょっと泣きそうなのにこれ以上はお腹一杯です。皆殺しの方法なんてどの道碌なものじゃない。
「どうして…スバル・スリジエは…そんな残酷なことが出来るんですか?」
それでも私はどうしても聞きたいことを振り絞ってシュヴァルツ様にぶつけてみた。
「鳴神、お前のいた世界では魔法という存在は既に漫画やゲームなどの創作物にしか存在しないものとされていたな」
「はい、そうですが…」
「それともう一つ、お前がこの異世界に来たときどう思った?」
「綺麗だな…と。あと今までの現実とは離れていると」
しかしシュヴァルツ様は直ぐに答えず見当違いと思える質問が二つ返してきた。私は思っていたことをありのままに答えた。
するとシュヴァルツ様は怒りと困惑と呆れの感情が入り混じった良く分からない表情になり答え始めた。
「…転生者も同じ考えをした。生きてきた世界とは全く違う風景と人々、今までの常識では計れない摩訶不思議の力。転生者はこの世界が現実ではなく創作物の世界と勘違いし、この世界を現実と考えていない。それに神から多大な加護を受け取り、世界も自分を中心に回る構造のため自分を世界の主人公だと偏見を持ってしまった。そのため主人公の自分の命は誰よりも重要でこの世界にある命を非常に軽いと冷酷な思想に染まった。だから大虐殺を平然と行う思考ができる。生きている人間一人一人の命の価値はどの世界でも変わらず等しいものであるにもかかわらず」
「でも、世界の主人公だからってそんな思考になるなんて…」
神様にチートを与えられて、自分の周りで事件が起きてそれを解決して、お姫様に惚れられる。そんな人生を歩めば世界の主人公と勘違いするのは私にだって分かる。だからといってこの世界が現実と考えず人の命を軽く見るなんて私には理解できなかった。理解したくもなかった。
「転生者は過去の失敗の経験により人間不信と重い苦悩を味わった。さらに人の命を軽くしている創作物を読み、残虐な思想に触れた。本格的にその思想に染まった原因は生徒連続殺人事件を解決したときだ。」
私は前の解説で話題に上がった生徒連続殺人事件を思い出した。
確か低い爵位の貴族の子息が高い爵位の貴族を恨んでその子息を殺害して、転生者が解決して二人のお姫様に惚れられたきっかけになった事件だったよね。
「その時転生者は犯人である貴族の子息を殺害している」
「え…」
私は事件が解決したって事は犯人を逮捕して法の罰を与えたものだと思っていたから殺害して解決したことにショックを受けた。
「犯人が拘束される直前に抵抗して転生者が魔法の威力調整を誤って殺した。その時転生者にはまだ殺害したことに対する罪悪感があった。しかし周りの人間が全員転生者を肯定してしまったことが転生者を歪ませてしまった。自分がこの世界の人を殺しても誰も責めない、前世のように失敗一つだけで全てを否定する人間は存在しない、もし存在しても自分の魔法で殺してしまえば大丈夫。このように転生者は間違った思想に傾いていき、虐殺を起こしてしまうようになる」
私は転生者が残虐な思想に染まる過程をシュヴァルツ様が説明している中、必死に自分はこうならない、自分が転生してもこうはならなかったと否定し続けた。
「ちなみに転生者が残虐な思想に傾くのは時間の問題だった。実際奴は生きていれば自分を捨てた家族に親交のある人間を多く巻き込む復讐をして三人全員を自殺に追い込むばかりではなく多くの人間に災厄を振りまく。内容は…聞かないほうがいい」
そしてシュヴァルツ様の説明が終わると同時に私は転生者は元よりこうなるべくしてなった人間なんだと無理やり納得した。
そう思わないと私も残虐な転生者と同類なんだという考えに苛まれそうだったから。
「話が逸れたな。本来の世界の流れではルージュ王国を併合したアジュール王国は名をアジュール帝国と変え、東の二国と決着を付けてその後世界の覇権を数百年に及び握っていくことになる。アジュール王国が滅びるとなれば世界の流れの乱れは深刻だ」
アジュール王国が帝国に名を変えようが、世界の覇権を握るとか、その後の流れとか、私にはそれ以前の問題に感じられた。
そんな横暴、転生者がどうとか世界の流れとか関係なく絶対阻止すべきだよ…。
「さて鳴神、お前に聞く。ここの転生者はどうやって世界の流れを乱している?」
どうやってって…一目瞭然じゃないですか。
「…戦争で人を殺して、国を滅ぼして」
「30点だ、もう少し具体的に答えろ。奴は、スバル・スリジエは魅了の加護を無意識に悪用して何十年も続いていた国同士の同盟関係に亀裂をいれ、本来死ぬはずもなかった兵士達を魔力の加護を用いた魔法で殺戮し、多くの戦争被害者を無意味に増やし、何の非もない王族が築いた王国を理不尽に滅ぼす。全て自分自身のために、自分勝手に、神の加護を悪用して」
シュヴァルツ様は怒りで語気を強くしながら拳を強く握り締めている。
「だから転生者は嫌いなんだ。いつも胸糞悪い情報を世界の本に刻む。それを読まなければならない神の気持ちを考えろ」
シュヴァルツ様の怒りは私なんかがまだ理解しちゃいけない段階だろうけど、こんなことをする転生者ばかりじゃないだろうけど、こんなことを一回でもされそうになれば転生者に対して怒りしか感じなくなるのも分かる。
「この世界を管理している神は?それと彼を転生させた神は?」
ここでミーシャさんがシュヴァルツ様に最大の疑問をぶつけた。
確かにこんなことをさせている神様はどう思っているのかな?彼を転生させた神様はこの状況を見てどう思っているのかな?凄い気になる。
「俺が殺したあの翁だぞ。ちなみに奴を転生させたのも奴だ」
あ、あの優しそうなお爺さんがこの異世界の神で、あの転生者をこの世界に転生させた!?何考えてたのあの神様!?
「奴は確信犯で自分が見て楽しむためのこのような転生者を量産していた。その調査をしている際にお前が転生されかけていたんだ。現行犯の場合は即処断してもかまわないという許可があったためその場で殺した。理解できたか?」
「はい…」
私の頭の片隅に残っていた疑問がシュヴァルツ様の言葉で解けた。
為事の四つ目、神様の処断をする時には裁判とか取調べとか情状酌量とかあるのか分からないけどなんであの時神様を即処断したのか。神様を処断するにしてもなんであの時は段階を踏まなかったのか。
私が最初に出会ったときのあんなに優しそうなお爺さんの笑顔が今では邪悪な笑みにしか思えなくなった。
おまけ「王国と帝国の違い」
「シュヴァルツ様、なんでアジュール王国は帝国に名前を変えたんですか?」
「ならば先に聞こう。鳴神、王国と帝国の違いが分かるか?」
「分かりません!」
「堂々と言うな。王国は王様が治める国のことで、帝国は王国より強大で多くの地域や民族を支配し皇帝が治める国のことだ。アジュール王国はルージュ王国を併合する前にもアンディゴ王国、ターコイズ諸侯連合と二つの国を併合していてその支配地域は他の国を既に凌駕している。ルージュ王国ないし他の地域を併合した際に現アジュール国王は皇帝になると決めていたためルージュ王国を併合したタイミングでアジュール王は皇帝となりアジュール王国はアジュール帝国になった。分かったか?」
「成程、分かりました!」