19話 《為事代行デビュー》
神様に失敗することを願われてイライラしながらも先程からあった緊張が消えてなんかシュヴァルツ様の掌の上で踊らされている感がすっごく嫌な元女子高校生の私、鳴神薫は今為事デビューをしようとしています。
まずさっき台本に書いてあったこの場面の状況を少しだけおさらいしよう。
一言でこの場面を表すと『この国の王子様であるアーサー王子が貴族学校で出会った平民の娘であるリリィと恋に落ちて、貴族学校の卒業パーティで婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げてリリィとの結婚を発表する』である。
悪役令嬢ものだったらこの場面で悪役令嬢が前世の記憶を取り戻したりするのだがそんなことはないようだ。
で、台本を全て見てこれまでの出来事や目的、行動の意図を客観的に知った私がどっちが悪いかを判断しました。
ほぼ100%アーサー王子とリリィちゃんが悪いという結論に至りました。まあ公爵令嬢も悪いといえば悪いのだけれども。
それを加味して耳から聞こえる台詞を高貴な心を込めてこの場に響き渡るように声を出そう。
「なぜ王子は公爵令嬢との婚約を破棄なされるのですか?」
「それは勿論、私とリリィとの関係を断ち切ろうとしたからだ!だからこちらから公爵令嬢との断ち切ろうと決意した!」
アーサー王子はリリィのことで頭がいっぱいのご様子だ。
まずアーサー王子はリリィちゃんの貴族の女性には全くない態度や振る舞い方に新鮮さを感じ、魅力の加護も相まってアーサー王子は直ぐにリリィちゃんにメロメロになった。
そこまではいいのだ。別にリリィちゃんを側室にして元々の婚約者を正室にすればそれで終わる話で、実際公爵令嬢はリリィちゃんがアーサー王子にアプローチをかけることに目くじらを立てることもなく、アーサー王子がリリィちゃんにメロメロでもリリィちゃんを受け入れる覚悟はできていた。だがそれで終わらないのだから為事の対象になっているのだ。
「ではなぜ関係を断ち切ろうと模索していると結論付けたのですか?」
「公爵令嬢はリリィをこの学校から追放するためにリリィへ数々の屈辱を与えた!証人もいる!」
「アーサー…」
アーサーの呼びかけで何人かの貴族学校の生徒が俺が証人だと声を上げる。それを見たリリィちゃんが嘘の涙目で感激するふりをする。
このリリィちゃんが王子の一番じゃないと嫌と駄々をこね、それを王子が真に受けたのが悲劇というかこの惨状の始まり。
リリィちゃんは転生者で魅力の加護の恩恵を最大限に利用して王子の取り巻きを味方につけ、公爵令嬢を悪者にしようと公爵令嬢を貶めるための証拠集めという名の偽装をした。
具体的にはちょっとマナーが悪いこと注意しただけなのに平民の身分であることを蔑まれた、とか王子以外の男性と気軽に喋っていることに対して王子が嫉妬すると遠回しに忠告したらどんな男にも股を開く売女と罵られた、とか他にも色々あった。
この時点でリリィちゃんは粛清されてもおかしくないのだけれども公爵令嬢はあえて見てみぬフリをしていた。公爵令嬢はリリィちゃんとアーサー王子の恋愛を応援していたからだ。
「ふむ…ではこの学校の生徒に聞きます。公爵令嬢がそこの女子生徒に対して屈辱を与えたことを知る証人はどれほどいますか?」
アーサー王子に呼応して声を上げたのは王子の取り巻きや取り巻きの取り巻きである数人のみである。そして私の呼びかけには殆どの生徒がそんなことはなかったというリリィや声を上げた。そしてほぼ全員がそれ以外の数人を疑う顔をしていた。さらには公爵令嬢はそんなことをしないという擁護の声が複数挙がった。
てか全然根回ししてないなリリィちゃんと王子の取り巻き。私以外に追及する人がいたらどうするつもりだったんだよこれ。いや、いないから私たちが出張ることになったのか。
「どうやらこの場にいる生徒たちはそんな事実はないと認識してらっしゃるみたいですね」
「嘘だ!他の全員は公爵令嬢に騙されているんだ!」
アーサー王子はリリィちゃんのことを全く疑っていない。恋は盲目ってこういう事なんだなって身に染みて分かりました。
「では言い換えさせてもらいます。あなたが女子生徒に騙されているんです」
「違う!私は騙してなんかない!公爵令嬢は私とアーサーに嫉妬して…」
私の言葉をさえぎるように嘘の涙を流しながら叫ぶリリィちゃん。この子絶対前世で何かやらかした悪女だよなぁ・・・。
でかリリィちゃん、公爵令嬢はあなたに嫉妬するどころかあなたの恋を応援してたよ。公爵令嬢滅茶苦茶優しいよリリィちゃん。本当なら追放とか暗殺とかしてもおかしくないのにあなたの存在を認めて裏で他の派閥からあなたを守ったり王子様と結婚させるための根回しをしてあげたりしてるんだよ。あなたの恋を応援して実るように身を粉にして頑張ってた人なのよ!
「公爵令嬢、何かあればここで吐き出したほうがよろしくてよ」
「はい…」
私の呼びかけに先程から沈黙していた公爵令嬢が沈黙を破った。
「アーサー王子…私はあなたを笑顔にしたことはなかった」
公爵令嬢の言葉は震えていた。彼女の言葉に会場全体が静まり返り、彼女の一言一言に注目が集まる。
「私はアーサー王子の事を思い、この国を背負うあなたの事を思い、常にあなたに高い目標を迫っていました。それがあなたのためになるならという思いで。でも私がどれほどあなたの事を慕おうとも私の思いはあなたに届かなかった。それがこの結末を呼んだ」
「それは…」
ここに至ってようやくアーサー王子は公爵令嬢が自分の事をどれだけ思っていたかを思い知った。
「確かに私はリリィさんに嫉妬していた。あなたの事を笑顔にしてくれるリリィさんに嫉妬した。でもそれは私にはできないことをリリィさんがしてくれることへの嬉しさでもあった。だから私は、あなたたちの恋を応援することにした」
「へ…?」
ここでリリィちゃんが呆気にとられる。やっぱり気づいてなかったんだねリリィちゃん、まあ気づいていたらこんなことをする気なんて到底起きないもん。
「リリィさんが王の妃にふさわしいようになるために指導してきたつもりだった。リリィさんから排除しようとする動きから守っていたつもりだった。リリィさんとアーサー王子の恋が成就する様に周りを説得していたつもりだった。でもそれはリリィさん、あなたにとって邪魔なだけだったようですね」
「う、うそでしょ…」
衝撃の事実にその場で言葉を失うリリィちゃん。多分ゲームの中の悪役令嬢と同じ目で彼女を見ていたんだと思うけどそれは間違いだって今になって気づいたんだろうなぁ。
でもこんなに王子とリリィちゃんを応援してたのに婚約破棄にまで追い込まれる公爵令嬢…まああなたも悪いよ。
だってそんなこと一切口に出さないからこんなことになったんだよね。ツンデレのツンの部分で止まってるからこうなったんだよ。せめて認めてるくらいは言ってあげなよ!
まあ言ったところでリリィちゃんの頭の中では公爵令嬢=悪みたいな方程式が出来上がっているから王子様がメロメロになった時点でこうなる運命だったんだろうけど。
「こ、公爵令嬢…」
「アーサー王子。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。…これまでお慕いしておりました」
公爵令嬢は王子に頭を下げ、婚約破棄を受け入れてしまった。
てかなんでこんな状況で王様とか王妃様とか宰相とか公爵令嬢のお父さんである公爵がなんでこんな場面なのに何も言わずにいるのか理由を考えてるのアーサー王子とリリィちゃんは。公爵令嬢の根回しの結果この場でリリィちゃんとアーサー王子の婚約を発表することになってたのに急転直下で最大の功労者を婚約破棄するんだから皆呆然自失で開いた口が塞がっていないんだよ!特に娘の幸せを思って最後まで反対していた公爵は、公爵令嬢が人前で久しぶりに涙を流して説得したおかげで最後の最後で折れた公爵は今、台本に書かれていた予想が的中していたら、一周回って冷静になって王子の弟を担ぎ上げてのクーデターの算段をしている最中だよ!
ん?でもこのままだと公爵令嬢が婚約破棄したら私たちの為事失敗じゃね?
《鳴神、戻ってこい。そのままフェードアウトだ》
そんなこと思っていたらシュヴァルツ様からテレパシーが送られてきたのでそろっとその場から立ち去りシュヴァルツ様に合流する。
「…チッ」
会って早々舌打ちしたってことは成功のサインなんだろうけどすっごいむかつくなおい!
「舌打ちしてんじゃねぇよ!成功したのに舌打ちするなよ!」
「図に乗るから成功してほしくなかったんだがなぁ」
「この野郎…」
初めての為事を成功させた人間に対してその反応はないよ!多分調子に乗らせないとかそんな事を考えてるんだろうけどせめて労いの言葉一つくらい言ってもいいじゃないか!
「この後の展開が見たければ余計なことはするなよ。何かしたら一瞬で神の世界へ帰還だ」
「性格悪いなぁシュヴァルツ様はぁ…」
シュヴァルツ様の脅しにここで反抗するのをあきらめる私だった。だって続きが気になるもん…。
「言いたいことを我慢しないだけだ」
「はいはいそうですか」
いつかシュヴァルツ様をコテンパンにして跪かせて靴をなめさせて五体投地で今までのことを誠心誠意謝罪させようと怒りの業火で心を燃やしながらその後の展開を見守る私だった。




