18話 《指令:悪役令嬢を救え》
先程異世界のことについて色々と学んだ元女子高校の私、鳴神薫はシュヴァルツ様から為事の説明を受けようとしている。
「では降りる世界でお前が何をすればいいか説明する」
「はい!」
するとシュヴァルツ様から薄い本が手渡された。中には台詞や場面の内容などが書かれていた。
「なんですかこれ?台本?」
「お前が今回の為事で読み上げる可能性がある台詞全てが書かれている。ある人物に憑依してある状況でそれを代弁するのがお前の最初の為事だ」
「はあ…ん?」
私は気になって台本を開いて少し読むとどこかで見たような内容だと気づいた。
「私の役って貴族ですか?」
「そうだ」
私の質問に肯定の返事をするシュヴァルツ様。
となるとこれ、アレだよね…。
「場所は貴族学校の卒業パーティで、向ける相手は公爵令嬢と平民の女の子と王子様ですか?」
「お前にしては理解が早いな。一体どうした?」
シュヴァルツ様が私の理解の速さに少し驚く。
理解が早い?そりゃそうだもん、だって小説で見たことあるもんこんな場面。
「悪役令嬢ものじゃないか…」
台本に書かれていた内容は貴族学校の卒業パーティで公爵令嬢が婚約者の王子に婚約破棄されて、王子が平民の女の子と結婚する場面とその台詞だった。
昔読んだことがあるぞこの内容の小説…。
「世界の流れでは王子と公爵令嬢が結婚するがこの卒業パーティで王子に婚約破棄される。王子と公爵令嬢の婚約を保つのが目的だ。お前が憑依する人間はエミリア・ワーグナー、今回の舞台である王国ではなく隣国の公爵令嬢だ。俺はお前の付き人であるエルリッヒ・ドルメンに憑依する」
シュヴァルツ様の説明に私は耳を疑った。
え?私が隣国の公爵令嬢で婚約破棄を阻止する、そこまではまあわかる。でもシュヴァルツ様が私の付き人?プライドの高い神様のシュヴァルツ様が私の下に付くってこと?
「え、シュヴァルツ様が私の従者?」
私は思わず声に出して聞いてみた。だって本当にシュヴァルツ様が私の下に付くって信じられないんだもん。
「お前のフォローするためだ。それともお前一人で出来るか?」
「無理ですのでお願いします」
シュヴァルツ様の気遣いに頭が上がらない私だった。
「よし、じゃあ行くぞ」
するとシュヴァルツ様が指を鳴らし、私の下に大穴を開けた。
「え、ふぉわー!?」
やっぱり急なことに反応できなかった私はその穴に絶叫しながら落ちた。
そして落ちた場所は移動中の馬車の中だった。
「だから!急に!落とすなって!」
「慣れろ」
「慣れてたまるかー!」
私はシュヴァルツ様に大声を挙げながら身振り手振りで抗議するも馬耳東風な感じしかしない。
いつか絶対に下剋上してやると何度目か忘れた決意をする私だった。
ここで馬車の周りに兵士たちが付いてきているのが見えた。
あれ、これ会話の内容聴こえてないよね?聴こえていたら結構不味い状況だと思うんだけど、シュヴァルツ様が動じていないってことは大丈夫なのかな。
「って馬車の中で色々と喋っても大丈夫なんですか?周りにいる人に聞こえませんか?」
「確かに護衛の兵士たちが馬車を警護しているが問題はない。俺たちの会話はたわいのないものか聞こえないように細工してある」
「ふ~ん」
一応確認を取ってみるとシュヴァルツ様が何か細工しているみたいだ。つまりご都合主義ってことですね、神様って色々便利なことができて凄いですね本当。
「ちなみに大事な場面を除いてこの細工はずっと有効だ。下手なことがあってもたいていは問題ないため安心しろ」
「はーい」
かなり気を遣われているのか頼りないと思われているのか、それとも両方なのか分からないけど前々からシュヴァルツ様の優しさが感じられる。多分両方なんだろうけどなぁ…。
と、ここで私はシュヴァルツ様の服が黒のスーツにレザーコートから執事がいつも着ている服に代わっていることに気づいた。
「…」
「一体なんだ?」
シュヴァルツ様は私がじっと見ているのが気になるようだ。
「いや、スーツじゃないシュヴァルツ様って新鮮だなーって」
いや、スーツじゃなくてもシュヴァルツ様はやっぱり顔は良いからなんでも似合うなって思っただけです。まあ今までのあなたの行動のせいで胸キュンは全然しませんけどね。もし初めて会った時なら恋に落ちていたでしょうけど。
「お前だって初めてのドレスじゃないか」
「あ、そういえば…」
ここで私はドレスになっていることに初めて気づいた。いつ着替えたのか全く分からないが鮮やかな青の綺麗なドレスだった。しかも胸が強調されていないドレスで100点満点のドレスだった。
生まれて初めてのドレスはまさかの着替えシーンがなくありがたみがないものだった。
ここで今の私はエミリア・ワーグナー公爵令嬢で、シュヴァルツ様はエルリッヒ・ドルメンというただの従者。つまり上下関係が逆転しているという事に気づいた。
つまり、今の私はシュヴァルツ様に色々と命令できる立場なんだと思考した。
「エルリッヒ」
「いきなりどうした」
いきなりのエルリッヒ呼びにいつも通り無粋に反応するシュヴァルツ様。
いいのかな~そんな反応で。
「何ですかその言葉遣いは。あなたは従者、私は公爵令嬢、身分の差を弁えなさい」
「…鳴神」
私が公爵令嬢の振る舞いをしているとシュヴァルツ様が何か黒いオーラを出しながら忠告しようとしていた。
「私はエミリア・ワーグナーですわよ!罰としてそこに跪きなさい」
だが私は調子に乗ってその忠告が行われる前に神様のシュヴァルツ様に無礼な命令をしてしまった。
「調子に乗るな」
「げふぅ!?」
ここでシュヴァルツ様が調子に乗った私の頭をハリセンで思いっきりひっぱたいた。
「残念ながらお前に従うのはパーティの時だけだ。それにパーティの時に変な命令をしたらその場で殺すから覚悟しておけ」
「はい…」
今後シュヴァルツ様の前では調子に乗らないと誓う私だった。次やったらハリセンが凶器に代わると確信したからだ。
「さて、お前に今回の為事の注意点を言っておく」
「なんですか?」
「まず台詞だがこれを耳に装着すればその場で話すべき台詞が聴こえるため完璧に覚えなくてもいい」
その場で渡されたのは片耳に付けるイヤホンだった。てかこれならさっき渡された台本いらなくないですか?
「じゃあ何で台本を渡したんですか?」
「どんな台詞を話すのか先に把握しておけば即座に言葉を出せるだろう。それに相手の状況によって話す言葉のパターンが違うためそこも把握するための台本だ。しっかりと読んでおけ」
「はーい」
シュヴァルツ様はやっぱり用意周到に準備するんだなと感心する私だった。
「次に貴族らしく高貴に、上品なしぐさを忘れるな」
「無茶振りだぁそれ…」
シュヴァルツ様のいきなりの無茶ぶりに私は困惑する。
貴族らしく高貴ってそんなの創作物でしか知らないよぉ…。上品なしぐさなんて絶対にできる自信がない…。
「次に全く噛まずに、心を込めて台詞を話す」
「演技はともかく噛まないってのは自信がないなぁ…」
次の無茶ぶりも私の自信を削っていく。日常生活でもたまに噛むことがあるからいざ本番で噛まない自信はないですよ…。
「最後に、何かあればテレパシーで指示を出すが顔に出すな」
「うわぁ…これも自信ないなぁ」
テレパシーかぁ、これが一番自信ない…。せめてイヤホンに流すとかのほうが…。
《テレパシーはこんな感じだ。指示は一方通行だからお前が意見を想像しても意味ないからな》
「ほわぁ!?」
そんなことを思っていたらシュヴァルツ様のテレパシーがいきなり脳内に直接響いて私は驚いて転げそうになった。
「…本番でするなよ」
「急に耳からじゃなく脳内に直接伝えられれば誰だって驚くわ!」
大穴もそうですが何でもかんでもいきなり何も言わずにする癖はやめてくださいよ!
「ともかく、貴族として釈然とした態度で望み、最初の言葉でパーティ会場を席巻しろ。そうすれば後はどうにかなる」
「うう…緊張する」
「…安心しろ鳴神」
「へ?」
シュヴァルツ様が私の肩に手をポンと優しく当てた。私を安心させようとしているのかな?
「最初は失敗したほうが謙虚になるだろうから遠慮なく玉砕してこい」
「ぜっっっっったいに成功してやりますよ!」
優しい言葉をくれるのかとちょっとだけ見直した私の心を返してほしいです!性格悪いな本当に!
多分私のやる気を上げるためにわざとやってるんでしょうけどあなたへの好感度が下がっていることも知ってやってるんでしょうね!
この神様だけは絶対に好きになれないと理解した瞬間だった。
※
「公爵令嬢!あなたとの婚約を破棄させてもらう!」
「どうしてですか!?」
「どうしてだと!そんな台詞を吐けるとは思わなかった!」
そして場面はいきなりクライマックスでした。
到着早々私とシュヴァルツ様は王子にご挨拶して、場面の移り変わりを待っていたらものの数秒で公爵令嬢が到着。
そのまま公爵令嬢に婚約破棄を伝える場面になりました。
「いや~テンプレだね、これ」
まさかこの場面を生で見られるとは思わなかったな~、と傍観者気分でいる私ですがこれでも結構緊張しています。
「どうした?」
「いや、あの、平民の女の子と婚約破棄されている公爵令嬢、どっちが転生者なんですか?」
「平民の女だ。前世の記憶と魅力の加護を与えられている」
「あーやっぱり」
私も一目見て分かった、あの子は転生者だと。だって二人の剣幕を他所にほくそ笑んでるもん。絶対あの子も性格悪いよ、シュヴァルツ様ほどじゃないけど。
「おい、そろそろ出番だぞ」
「はーい」
「盛大に失敗して来い」
「ふざけるなよ馬鹿神様。是が非でも成功しろといったのは誰ですか」
「最終的に成功すればいいんだ。過程で大失敗しても別に問題ない」
「私的には大問題なんですがねぇ…」
シュヴァルツ様の皮肉な激励を受けて私は一歩前へと歩き出す。
「兵よ!この無礼者を牢獄へ!」
「さあ行け鳴神、お前の為事デビューだ」
「はい!」
シュヴァルツ様に後押しされながら私は騒動のど真ん中へと歩みを始めた。
「お待ちになって」
「あなた様は…」
公爵令嬢は既にこの世に絶望したかのようで泣きそうな表情になっていた。王子はやってやったぞというすっきりした顔に、平民の女の子は何が起きたのかわからないという顔をしながら心の中でほくそ笑んでいるのか口元が緩んでいる。
「先ほどご挨拶したばかりですのにお忘れとは嘆かわしい。ラインズベルク・ワーグナー公爵の娘、エミリア・ワーグナー公爵令嬢でございます」
私は精一杯優雅な雰囲気を出しながら自己紹介をした。
よし、噛まずに言えたぞ。
「隣国の令嬢が何のようだ!これは我が国の問題だ!控えていただこう!」
さあ、ここからが問題だ。聴こえている通りに話すだけでいいんだ。初めての為事代行、絶対に成功して見せる!
《ミースーれっ、ミースーれっ》
私のミスすることを切に望んでいる神様は後でぶん殴ろうと思う。
おまけ「悪役令嬢」
「シュヴァルツ様は悪役令嬢についてどう思いますか?」
「乙女ゲームのライバル役のことだな。主人公の目には悪役に見えているだけで本来は普通の由緒正しい貴族であることが多い印象だな」
「じゃあゲームのエンディングのようなことは現実では…」
「ほぼない、だいたい主人公の平民の女ポジションが因果応報で死ぬことが多い」
「因果応報…」




