蘭の見る夢 ~四霊の愛し子~
フーガの後に作った子のソルも、フーガ同様に不適合。
自分の血を引くものなら、無条件に代行者たり得るに違いないと思い込んでいた私は打ちひしがれながらも三人目の子を作った。
二人目のソルの時には、相手を厳選したのにも関わらず不発に終わったから、三人目の時の相手は何も考えず、無作為に選んだ。
結果は子が産まれた瞬間に判明する。
今回も、不適合。
産まれたのは、私と同じ『管理者』、だ。
冗談じゃない。
私が欲しいのは、輝影の支配者を継いでくれる者だ。
生まれながらの管理者なんて欲していない。
「……これは、まずいな。」
とてつもない脱力感に見舞われながら、生まれたばかりの娘をぼんやりと眺めていた私は、ぽつりと呟きその子を抱いて部屋を出る。
後ろから、子の母親の声が聞こえた。
人気のない場所に着くと、今は結構な規模の町になっているグラムナードから出来るだけ遠い場所に向かって闇の道を開き、その中へと飛び込む。
僅かな浮遊感を感じるうちに、出口となる光の道が現れスルリと闇の道から外へと抜けだす。
着いた先は、グラムナードよりも大分南に寄った場所らしく、乾いた冷たい風が吹きつけてきて、手の中の赤子が抗議するように泣き出した。
慌てて魔法で風除けをしながら視線を巡らせると、小ぶりな船が数艘浮かんでいる。
どうも、ここは小さな漁村であるらしい。
――もっと、人が居ない場所でないと駄目だな。
意識を広げると、丁度この漁村から北西の方に獣の気配しかない場所がある。
改めて、闇の道を開きそこへ向かう。
着いた場所は、昼もなお暗い深い森の中の小さな泉の近くの僅かに開けた場所だ。
泉から湧き出す水が、細い流れになって東の方へと向かっている。
小さな生き物が沢山生活しているらしく、周囲は静けさとは無縁の空間で、時折吹く風の音と共に彼らの立てる音が満ちていた。
「ふにゃぁ」
その音が気に障ったのか、腕の中の赤子が声を上げると鋭い風の音に一歩遅れて太い木の幹に傷が刻まれ、泉の水が吹きあがり、木々の葉に穴を開ける。
赤子が泣き声を上げるたびに、その規模が大きく、酷くなっていく。
私に風や水が襲い掛かってこないのは、単に赤子を抱いているからと言う、ただそれだけの理由だ。
赤子を泉に放り投げると、大きな水音を立ててその子の姿が水中へと一瞬だけ消える。
姿が見えなくなったのは、ほんの僅かな時間だ。
僅かな時間だけ見えなくなった赤子を中心に、半径一メートルほどの水のない空間が発生すると共に、大きな抗議の声が上がり、その声と共に風の刃が私に向かって鋭い音を立てながら襲い掛かる。
もちろん、斬られてやる義理などないからその不可視の刃には闇の道を通って彼方へと旅立ってもらう。
私だって、痛いのは嫌いだ。
――流石『四霊の愛し子』、と言うところか?
強すぎる力をもって生まれてきてしまった娘に、少し胸が痛む。
――私が欲したのは、並び立ってくれる存在ではなく、後継者だ。
なのに、この娘は私と同じ管理者として生まれてしまった。
それも、前世なしとしては過剰な程の力を持った状態で、だ。
この赤子は、器に見合わない力をもって生まれた。
腹が減っては風の刃を撒き散らし、寒さを感じては地を揺らす。
そんな危険な存在として。
とてもじゃないが、この状態のまま放置しておくわけにはいかない。
彼女が持って生まれてしまった、余剰分の力を散らしてやらなければ、周囲の人間だけでなく本人にも待っているのは『死』だけだろう。
襲い掛かってくる風の刃を彼方へと送りながら、私は機を窺っている。
――力が尽きるより、命が尽きる方が早い。
余剰分の力を散らす事が出来るのは、その力か命が尽きる直前のみだ。
私は、じりじりしながらその時を待つ。
冷たい泉の水に濡れて泣きわめく赤子の声が段々と細くなっていく。
それに伴って、風の刃では埒が明かないとばかりに大地が大きく揺れ、私の足元に細かな亀裂が走り始める。
「――近づかせない、と言うのは良い手かもしれないけど、相手が悪かった様だ。」
地面が揺れていようが何だろうが、足が地についていなければ何の問題もない。
小さな泉に湛えられていた水は大分その嵩を減らして減らしてしまっているが、次々と湧き出ていて、今は私の踝程度の深さだ。
水音を立てながら、先ほど放り投げた赤子の元へと向かい、赤子の元へ辿り着くと傍らに膝をつき彼女が扱いきれない分の力を世界へ還元した。




