蘭の見る夢~フーガ~
暫く、蘭の前世を夢で見ています。
既に終わってしまった出来事なので、
現在の蘭の気持ちや感覚は関係ありません。
その時、私達は元々住んでいた、子猫大陸から遠く離れた手毬大陸と言う土地の中に隠れ里を作っていた。
その里の名前はグラムナード。
本当は私の前世での名前だったけれど、いつの間にか私の住む町の名前として定着していた。
面倒だから、それに関して指摘はしない。
隠れ里を作った理由?
思い出したくないのか、思い出せないから話しようがないな。
町の人間の私に対する呼称は、いつの間にか『錬金術師様』に代わっていた。
それも、『輝影様』と大差ないなと気にすることはない。
自分が呼ばれているというのが判れば、そもそもが呼び名なんてどうでもよくなっていたから。
そして、私の可哀相な最初の犠牲者は――フーガ。
創造主が『代行者』という、管理者の能力を引き継げる対象を作った事によって、生まれた子だ。
隠れ里での生活が少し落ち着いたところで私が子を欲しいと口にしたら、この子の母親候補はすぐに見つかった。
むしろ、一族の女全員が名乗り出てきてひと騒動になったほどだ。
最終的に一番年嵩の女性を選ぶと、「もっと若い娘にした方が……」と苦言が呈される。
「必ず身篭るように薬を使うから、年齢は問題ない。」
「左様でございますか……。」
私の一族は子供ができ辛かったから、それを心配したらしい。
薬を使うと言うと、少し物欲しげな雰囲気を醸し出す。
「その薬を使うと、二度と子を産むことが出来なくなる。普通の手段で子を増やした方が良い。」
そう口にして薄く嗤う。
その時は、一人、子供を作ればその子が代行者になって、管理者の役を引き継いでくれるのだとそう信じていたから、最初の子であるフーガには過剰な程の期待を寄せていた。
「――そうじゃない、何度教えれば判るのかね?」
「ご、ごめんなさ……。」
「もう一度。」
フーガは、期待には到底及ばない能力の持ち主で、私は常に苛々しながら彼の教育を行っている。
褒められることなく、常に「足りない」と言われ続けて育った彼が笑った事もない。
そりゃあそうだ。
常に叱りつけるばかりの相手に、笑顔なんて向けられる訳がない。
涙を浮かべて、それでも私の意に沿おうと努力を続けていたのは、きっと親に認めてもらいたいという本能に近い気持ちからだったのではないかと思う。
結局、フーガは代行者に不適格で、ソレが分かった途端に私は彼の育て親になってくれる者を見つけると、その世話を丸投げしてしまった。
でも、きっとそれが正解だったのだろう。
その何年か後、何かの機会にフーガの暮らす地区に出向いた時、初めて彼の笑うところを見た。
傍らの小柄な少女と手をしっかりと繋いで、彼女に向かって微かに頬を緩めたのがその頃の彼にとって最大限の微笑みだったらしい。
私の姿に気が付くと、その口元に微かに浮かんでいた笑みが消える。
傍らの少女が、それに気づきこちらへ視線を向けると、たれ気味のその目に怒りの色が浮かぶ。
フーガの手を一瞬だけきつく握り、その前に出るとその小さな背中に彼を庇う。
慌ててその娘を抱え込み頭を下げる息子の姿に、安心すると同時に、苛立ちが募る。
――育て親に大事にされててよかった。
――代行者になれなかった癖に、のほほんと幸せをむさぼるなど許しがたい。
どっちもその瞬間に感じた本音。
だけど――
前世から離れた私は、一瞬だけ合ったフーガの目の中に言葉にされなかった期待を感じて胸が痛む。
――僕を、見て。
僕を、愛して。
私は、その声に気が付くことなく、フイッと視線を逸らすと彼らの横をすり抜けた。




