蘭の見る夢~自業自得~
赤子の泣き声が聞こえてきて、うつらうつらとまどろんでいた意識が浮上する。
目を開けると、両脇に転がした乳児たちが腹が減ったとか細い声を上げる姿が目に入った。
もそもそと起き上がるとあくびを噛み殺しながら、お手製の人口乳を用意して二つの口に哺乳器をくわえさせる。
「いい飲みっぷりだね。」
無駄に広い部屋に、私の声が虚ろに響く。
赤子は好きだ。
ぷにぷにふにふにしていて温かくて。
要求は色々としてくるが、大人みたいに叶えて貰った内容が気に食わないと文句を言う事もない。
一心不乱に哺乳器の中の液体を吸う姿に、笑みが浮かぶ。
――なんて、無害で可愛らしいんだろう?
順番に抱き上げてゲップをさせてやると、すぐに異臭が立ち上る。
飲んだら出す。
それが赤ん坊と言うモノだから仕方がない。
手早くおむつを替えてやると、赤子たちは揃ってまた眠りに落ちていく。
「早く、大きくなって。そうして、どちらでもいいから私のこの長すぎる生から解放してくれるかな?」
眠る赤子たちに、そう語りかける。
もうすでに、3人の子供たちで失敗していて、もう正気を保っている時間の方が短く、発作的な破壊衝動に駆られる度に、自らを強制的に眠り込ませて凌ぐのもそろそろ限界が近い。
「まずは、無事に育てないと……か。」
自らに対して眠りを強要し、その場に倒れ込む。
目を閉じる寸前に、さっき眠ったはずの赤子の片割れと目が合った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
今、前世の私が育ててるのは息子から取り上げた双子の男の子。
『取り上げた』と言うのは文字通りの意味で、『嫌がる息子から』と言う前置きも付く。
こういっちゃなんだが、前世でとは言え自分がやったその行為は、どんな理由があったとしてもまるで悪魔の所業だろう。
前世で私がこことは別のキトゥンガーデンと言う世界で、『管理者』なんてものをやっていたって話はしたっけ?
まぁ、話したかどうかはどうでもいいか。
とにかく前世では、その世界を創った創造主と猫神の代わりに、世界を管理する役割を私は担っていた。
そりゃぁもう、長い長い時間を、だ。
私には同僚と呼べる存在も、共に歩んでくれる伴侶もいなかった。
だから、たまに様子を見にやって来る創造主達以外は、どんなに仲良くなった相手でもみんなあっという間に死んで逝ってしまう。
例えるなら……そうだな。
2~3年で死んでしまうハムスターしかいない環境で、ごくまれに遊びに来る友人を待って一生を過ごすような感じ。
実際には言葉が通じるし、見た目は私と大して変わらない人間だったから自分が孤独だなんて認識するのには随分と長い時間がかかった。
多分、少しずつ感覚がマヒしていってたんだろうな。
そんな環境で何千年も過ごすうちに、いつの間にか私は『輝影の支配者』なんていう大層な名前で呼ばれていた。
名前の由来は、創造主から与えられていた管理者としての能力だ。
傍から見ると『光』と『闇』を主に操っているように見えたらしくてそんな名前が付いた。
実際には、『知識』や『認識』みたいな結構あいまいな要素も扱えたんだけど、わざわざ自分の出来る事をあれこれ吹聴する趣味はない。
ちなみに、『輝影の支配者』なんて二つ名を呼んでたのは、私が創世期に娶った妻との間に産まれた子供達の子孫だけ。
その子らも最後の方では、私の事を『自分たちの生活を豊かにしてくれる』存在としてしか見てなかったかもしれない。
『少し、甘やかしすぎたかもしれないね。』
創造主が、ずっとずっと昔に苦笑交じりに呟いた言葉が不意に脳裏に過る。
――ああ。
そうだな。
今になって、あの言葉の意味が腑に落ちた。
私は、自分の手で自らを破滅するまで追い込んだのか。
確かに、自業自得かもしれないと今なら判るな。
そのとばっちりで被害を被ったあの子らは、なんてひどい親の元に産まれてしまったんだろう。
始まりは、そう――。
創造主が、『代行者』と『代行者』への『管理者』としての能力を引き継げるようにした、あの時。




