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恋敵は前世の孫  作者: 霧聖羅
2.5章 アスタールと祖父の夢
22/27

明日太の見る夢 ~アスタール12歳~

 兄が居なくなり、『僕』と祖父の二人きりの生活が始まった。

とはいっても、祖父は一日の半分も『僕』と居る事は無い。

『僕』は一人きりで、殆どの時間を本を読んで過ごしていた。


「兄上、これって……」


 一人きりのガランとした部屋に、『僕』の声が響く。

そこは祖父と『僕』しか入る事が出来ない図書館で、だから、彼の返事が返ってくる事は有り得ない。

そもそもが兄は『僕』の側に居なくなってから、もう随分と時が経っているのだ。

この頃には既に兄が連れ去られてから三年は経っていたけれど、思考に詰まると兄に相談するこの癖はなかなか抜けてくれない。

遠く離れてしまった兄は、手紙を送ってはくれたけれど、叔母上に連れていかれてから一度もここに戻ってきた事はなかった。

たまにやってくる手紙によると、叔母が王都から出してくれないらしい。

ここに連れてくる事で、兄が再び祖父に捕らわれてしまう事を恐れているんだろう。

そして、未だここに捕らわれたままの『僕』の事は、忘れ去っているに違いない。

そもそもが、彼女と会ったのもあの日で2回目だったし。

もう、叔母上と言う人の顔もよく分からないから、人の事は言えないか。

どんな理由にせよ、ずっと会う事が出来ていない兄上。

思い浮かぶのは三年前。

『僕』達が五歳の頃の姿だ。

『僕』はため息を吐いて、兄だったらどんな返事を返してくれただろうと思いを巡らせる。


『会いたいな』

「……私も会いたい」


 思い浮かべた兄からの返事は、全く違うもの。

ソレがただの自分の願望だと分かっていても、やっぱり涙が出る。

しかも、ただの自分の願望へ返事まで返してしまう間抜けさ加減には笑うしかない。

うっかり、彼に意見を求めようとなんてしてしまったから、兄が居なくなって寂しいと言う事を思い出してしまったではないか。

自分の間抜けさには何重にもあきれ果ててしまう。


 つい先日もそうだ。

不意に兄が恋しくなって三年前に彼が着ていた服を探した。

今自分が着ている服と比べてそれは随分と小さくて、彼もきっとあの頃よりも大きくなっているのだろうとそう思い、今の姿を想像してみる。

けれども、『僕』は想像とか創作の類は苦手らしくてその成長による変化は想像がつかない。

鏡を見たら結果は違うのではないかと、鏡を覗く。

……兄と自分では目つきが違い過ぎて、彼の姿に結びつかない。

かわりに突き付けられるのは、自分は祖父に似ているらしい言う事実。

実は正直、普段の祖父は気さくなタイプで嫌いじゃない。

けれど、あの日の様に(・・・・・・)どこか狂気を感じさせる言動を行う事があって、その時の彼が『僕』は怖くて仕方なかった。

そういった時の彼を見ていると、いつか、自分がそうなるのではないかとそう思えて仕方がないから。


 思考が暗い方へと傾きだしてしまったのは、ついつい声を出してしまったせいだろうと首を振り、机に手をつき立ち上がる。

独り言を言うと、それに応える相手が居ない事を否応なしに突き付けられる事に気がついてからは、声を出す事を避けていたのに。



――仕方がない。

本をめくるのはもうやめにしよう。



 『僕』は椅子から立ち上がると、気分を変える為に祖父が『実験室』と呼んでいる部屋へと向かった。

実験室には祖父が『僕』に造らせた『箱庭』がある。

その頃の、祖父は『僕』に大規模な魔法を教え始めていて(その世界には魔法があった!)、ソレを実地で試す為と『箱庭』の造り方を学ばせる為と言う理由で作らされた物だ。

その箱庭は、一見大きなガラス玉のようにしか見えない。

けれども、簡単な呪文を唱えるだけでその内に造られた大小の魔物達が跋扈する世界へと行けるのだ。

気持ちが鬱屈してくると、そこで魔物と命の遣り取りをする事が、その頃の『僕』に出来る唯一の憂さ晴らし。

そんな事で寂しさが消える事はなかったけれど、魔物と命の遣り取りをする時は、なんだか生きている様に感じた。

終わった後に、何とも言えない虚しさは感じたけれど。

いっそ、自分が死んでしまうのも良いかもしれないとその時の『僕』は思っても居たみたいだ。


 ちなみに、その世界では生き物は寿命以外で命を落とすと、魔力石と言う魔力の固まりを落とす。

見た目は透明なビー玉みたいなもので、魔力が大量に詰まっているものほどそのサイズも大きい。

コレは、魔導具の燃料となったり、作る為の素材になったりと用途の広い素材だ。

箱庭を作る前段階の祖父が『賢者の石』と呼んでいるモノの素材にもなる。

憂さ晴らしをした後に、箱庭とは別口で作った『賢者の石』をただただ大きくするのが、その頃『僕』にとって唯一のお楽しみだった。


 魔力石に魔力をうっすらと均一に纏わせて、賢者の石へと同化させる。

それを何度も何度も繰り返していくうちにじわじわと大きくなっていく時は、何も考えずに済む。

ソレを使ってもう一つの箱庭を作るつもりは欠片もなかった。

そんなものは、憂さ晴らしに使っている箱庭だけでもうお腹一杯だ。

ただ、この賢者の石と言うのは大きくなればなるほどその能力が高くなるらしい事が、憂さ晴らし用の箱庭で分かっていたから、もっともっと大きくしたら何かが起きるのではないかとそんな期待が心の片隅にある。


 そうやってひたすら育てた賢者の石が、異世界と繋がったのは兄が居なくなった7年後の事。

何故か、その世界の言葉の一部は解読できないでもない。

『僕』はその言葉の解読に、沢山の時間を割く様になった。

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