それは駄目でしょう
6年生になって修学旅行も終ると、クラスでの話題は中等科と高等科の間を過ごす事になる学園都市での生活への不安感や期待感に満ちた話題でもちきりになる。
私達の通う『龍玉学園』は中等科と高等科の間、長期の休み以外を家族の元から離れて、廃村寸前だった場所を改造しまくって作った学園都市で過ごすらしい。
今は廃村寸前だったのがウソみたいに、小奇麗な街並みになってるらしいけど。
凛ちゃんが言うには、学園都市は山に囲まれた場所にあって、他の町に行く為には私道(有料)を通らないといけないから、生徒の出入りが管理しやすいんだそうだ。
それを聞いた時、『監獄学園?!』と思ったんだけど、あながち間違えでも無いと思う。
ちなみにこの話、知ったのは私も割と最近なんだよ……。
普通に家から通うんだと思っていたら、6年になった途端に現地での住宅案内が配布されてビックリした。
親も姉もここの卒業生だからこの事は勿論知ってたらしいんだけど、あんまり早くに教えると不安がるかと思って黙っていたらしい。
まぁ、私はビックリした位だったけど、りりんは涙目になってたからなぁ……。
そっちの方が普通の反応なのか。
名目は自立心を養うとかそう言う感じらしい。
でも、ちょっと自立早すぎないかね?
……私の前に生きてた世界だと、12歳で働き始める子も珍しくないから早くもないのか??
でも、日本人としては早過ぎるイメージだなぁ。
自立させるって言っても現地に使用人を連れていくのも有りらしいから、前の世界ほどは厳しくはないかもしれない。
「私は、使用人を二人連れて行く事になったので、最低でも部屋は三つは必要ですわね……。」
「わざわざ二人も連れていくの?」
「連れていかないと不便ではありませんの?」
お昼休みは、強制的に校庭に追い出される事は無くなっているから、このところもっぱらこう言った話題をする為の時間になっている。
今は明日太とりりん、それから葵ちゃんと四人でざっくりとした予定を話しているところだ。
葵ちゃんは使用人付きで学園都市に住む予定らしい。
「うちは、明日太の処遇で揉めてるところなんだよね……。」
「そうなんですの?」
「蘭ちゃんと明日太の間で、だけど。」
「蘭様と明日太様の間でですの?」
普段、明日太とは割と仲良くしているのもあってか、葵ちゃんは不思議そうに首を傾げてこちらに視線を向けてくる。
ただ、この件だけは私も妥協するつもりはない。
明日太は葵ちゃんを味方につけようと、哀れっぽく自らの心情を訴えかけはじめる。
「葵さんも、蘭とりりんは一緒なのに僕だけ一人だなんて寂しすぎると思わない? 今まで、クラスは違っていてもいつも一緒に居たのに……。」
「まぁ……。確かに、いきなりお一人になると言うのは寂しいですわね。」
明日太のその言葉に、ちょっぴり葵ちゃんも同情気味だ。
多分、元々私の顔が好みのタイプらしいし、私に良く似た顔立ちの明日太に甘えを含んだ声で問われたらちょっとクラクラ来ちゃうんだろう。
私はため息をつきつつ、明日太の額を指ではじく。
「葵ちゃんの同情を引いたって駄目だよ。狼と同居する予定はありません!」
「蘭はちょっと、横暴だと思う!」
思いきりデコピンしてやったから、赤くなった額を抑えた明日太は涙目で抗議してくる。
狼君は黙ってなさい!
「オオカミ、ですか?」
「最近、明日太ってば私達のお風呂に乱入しようとしたり、覗いたりしようとするからね……。」
訝しげな葵ちゃんの問いに、頬杖をついて半眼で明日太のほっぺを引っ張りながら、どんな悪行を行っているのか教えてやると、葵ちゃんの眦がキリキリと釣り上がっていく。
「それは……同じ屋根の下に、と言うのは言語道断ですわね。」
「でも、お風呂からりりんのヘンな声が聞こえたり……」
「聞き耳も立てていらっしゃるんですのね。」
葵ちゃんは私の考えそのままの答えを出すと、明日太を氷の様に冷たい目で睨みつける。
即座にヤツが口にしようとした言い訳(言い訳になってないけど)も、即座にスッパリ切り捨てる辺り、覗き行為は不届き千万と言う事らしい。
良かった。
家だと、何故かみんな明日太の肩をもつから途方に暮れてたんだよ……。
我が家……と明日太の家では、明日太のセクハラ行為もりりんに限定してならば何故かオッケーらしい。
不可解だ。
「取り敢えず、私が良いかなって思ってるのはここ。」
「あら。イイですわね。」
私が指差したのは、3LDKの『女子専用』マンション。
広いテラス風のベランダ付きだ。
丁度、葵ちゃんが言ってた条件にも当てはまるかな。
「同じマンション内にもう少し部屋数がある部屋もあるから、葵ちゃんはそっちも見てみたら?」
「そうなんですの?」
「せめて女子専用は……。」
「明日太はこっちにしたらいいんじゃないかなぁ……。」
未練がましく言い募ろうとする明日太の肩をポンポンと慰めるように叩いてりりんが提案したのは、私が考えているマンションから徒歩で5分位のセキュリティ付きのマンションだ。
一人暮らしなのに、2LDKは贅沢だと思う。
ああ、でも明日太は使用人の一人位は連れ込むのかな?
「……その心は?」
「夜ごはんは、蘭ちゃんと三人で食べよ?」
「りりんが作ってくれるの?」
「ん。これ位が落としどころじゃない?」
ここんところずっと、パンフレットを眺めながらりりんが黙り込んでいたのは、割と真剣に私と明日太の要望をすり合わせられそうな案件を探していたらしい。
『これで妥協して?』と言わんばかりの表情で、上目遣いに見上げてくるのがちょっとあざとい。
「りりん様って、お料理をなさるんですの?」
「この間遊びに来た時、りりんが作ったケーキ食べてるよ。」
りりんの手からパンフレットをとり上げて一瞥。
これなら別に良さそうかな、と明日太にソレを渡して、後は本人の意思に任せる事にする。
葵ちゃんはりりんが料理をすると聞いて、ひどく驚いて目を瞬いた。
りりんって、料理に限らず鈍くさく見えるらしくて身の回りの事が出来ない子認定なんだよね。
服も造ったりするし、意外と器用なのに。
「ちなみに、掃除の類は私が担当する予定だから使用人はなし!」
「……そうなんですの?」
「うん。もし、手が足りない様な時には通いの家政婦も雇えるみたいだし。」
「そういうサービスも有りますのねぇ……。」
「結構至れり尽くせりだよ。」
なにせ、そういう需要を見込んで家政婦協会とかも現地にあるみたいだしね。
陸の孤島のクセに、ナマゾンの通販も可能だしインターネットも通っているのだ。
金持ちの子供が親元を離れているからって、たまに妙なのが入り込む事もあるらしいから最低限のセキュリティは必要かと思うけれど、生活自体にはあまり不安は無い。
余所様のお嬢さんから氷のような目で見られたのが応えたのか、それともりりんが毎日通い妻よろしく毎晩ご飯を作ってくれると言うのがきいたのか?
どっちかは分からないけど、明日太はりりんの提案を飲む事にしたらしい。
ちなみに明日太。
小姑も一緒だってちゃんと分かってるよね?
私がりりんと一緒に訊ねて行った時に、嫌そーな顔したら、泣くかしばき倒すかどっちにするかな。




