ボッチな訳
りりんが仲良くしていた子は、いつの間にか他の子のグループに混じって遊ぶようになっていて、私が気が付いた時には既にぼっちは彼女だけと言う状態になっていた。
一体何でこんな状態に?
夏休みが終わった後も、運動会の時も、妹はいつも他の子供と一緒にいたのに。
首を捻りつつ、思い返していくと微妙な違和感を感じた。
最初、りりんが一緒に居た子は……入園したてで母親から離れたくないと大泣きしていた陽菜ちゃんだ。
りりんが登園して来ると、それまで泣いていたのがウソみたいにいつも笑顔になって一緒に下駄箱に行くから、『りりんちゃんが居てくれて助かるわ』と先生が言っていたのを思い出す。
確か、一月もしたら泣かなくなってお母さんにちゃんと『行ってきます』って言えるようになってハズ。
その次に一緒に居たのは、湊君。
やっぱり、中々幼稚園に馴染めないでいた子だ。
妹の側にいた子供達を次々に思い浮かべていきながら、私は頭を抱え込みたくなってきた。
りりんが側にいたのって、全部、幼稚園に馴染むのに苦労してたメンツじゃないか!!!
なんてこった!
物凄く自然にりりんがフォローしてたとはいえ、今になってから気が付くなんて。
もう少し良く見ていれば気が付けた筈なのに、今まで気が付かなかったのは私の怠慢だ。
というか、散々世話になった筈なのに他の友達出来た途端にりりんは放置とか、ちょっと薄情なんじゃないのか?
自分がそうされた訳じゃないけれど、それまで仲良くしていた子が他の子とばかり仲良くしている姿を見せつけられているりりんの気持ちを考えると、なんだかやるせない。
良く見て見ると、明日太も最近は幼稚園ではりりんに近寄らなくなっていた。
まぁ、明日太が近寄ろうとすると、取り巻きの様になっている女の子たちに物理的に邪魔されているんだけどさ。
明日太はちょっと、押しの強いタイプに弱いらしい。
おかげで、すっかり幼稚園では押しの強い女の子の尻に敷かれている状態になってる。
あっちは下手に手を出すとめんどくさそうなので放っておこう。
女の戦い勃発! なんて事になったら、私にはとても対応できそうにない。
魂は男だから、女の戦いなんて怖すぎる。
大体、ハブられたり、苛められてる訳じゃないし本人がなんとかできるだろう。
それよりも、今は寂しい思いをしているに違いないりりんのケアの方が重要!
そう思って、妹にその事を謝ると、腹ばいになってせっせとひらがなの練習をしていた彼女は、両脇に高く結んだ髪を揺らして驚いた様に目を瞬いた。
最近彼女が凝っている、ひらがなの「ん」の文字が大量に書かれた紙の上を、クレヨンがコロコロと転がって横に座り込んだ私の膝にコツンと当たって止まる。
「……なんで??」
「なんでって……。」
心底意味が分からないと言いたげな表情で首を傾げる彼女に、思わず言い淀む。
「寂しくなかった……?」
やっと口に出来た言葉は、なんだか小さくて微かに震えていて、ひどく覚束ないものだった。
「へーき。」
「……そっか。」
きっと寂しくて、心細い思いをさせちゃっていたのに違いないと言う思い込みが打ち砕かれた瞬間だ。
呆然としながらそう返すと、もぞもぞと起き上がって女の子座りをし直すと私の頭に手を伸ばす。
「らんちゃん、だいすき。」
そうして、りりんの口から出てきた言葉と同時に向けられた笑顔に、私の心臓が早鐘を打ち始める。
「りりんねぇー。おうちでらんちゃんひとりじめ。だからよーちえんではみんなにかしてあげてるの。」
「……え?」
「りりん、えらい??」
思いもよらない理由に、思わず一瞬思考が止まる。
すごいな。
3歳にして、他人に好きなモノを貸せるのか……。
人間の貸し出しって言うのはちょっとナンでアレだけど、褒めて貰える事を期待して目をキラキラさせているりりんの姿に、そんな事はすぐにどうでも良くなった。
貸し出されてるの私だし。
貸し出されてるって知らなかったけど!
その後は、互いに『すきすき大好きー!』と叫びながら床をゴロゴロと転げまわった。
幸せそうに笑うりりんの姿に、私はもう大満足だ。
それはそれとして、その翌日から私は幼稚園での彼女の様子に今までよりも気を配る様になった。
その結果分かったのは、りりんは苛めらっ子ではないけれど、1人で居たがる気質らしいと言うのがわかってくる。
1人でいるのがどうも気楽らしくて、用事がない場合は出来るだけ一人で居たいらしい。
確かに1人は気楽だけど、集団行動はやっぱり出来ないと将来的に問題児コースへまっしぐらだ。
まっしぐらでイイのは猫のご飯だけかなぁ……。
そう判断した私は、彼女がそこそこは集団行動出来るようにサポートしていく事にする。
具体的に言うんだったら、彼女が1人の世界に入っていてもあまり気にしないタイプの子達と引き合わせてみた。
まぁ、とても良いかどうかはともかくとして、悪くなさそうで一安心。
程良い距離間で付き合っている様に見える。
そうして幼稚園時代は、割と穏やかに過ぎていった。




