産まれる前
私、吹雪蘭には、前世の記憶がある。
……なーんて、この世界のライトノベルではよくあるお話だ。
地球から異世界になんて、生きたまま異世界転移したりとか、死んでいたなら異世界転生か?
私の場合は、死んでからの話しだから異世界転生と言うヤツだな。
前世は長過ぎて、全ての記憶を覚えてはいないが、死んだ後に私の魂を巡って揉めている世界の創造主たちの会話はよく覚えている。
「全く、よくもまぁこんなにボロボロにしたものだな……。」
彼は、漂う元気もない私をそっと手の上に載せて嘆息した。
「それはその……。ゴメンナサイ。」
その声に答えるのは、私の世界の創造主。
相手の方が格が上なのか、もしくは弱みでも握られているのかは分からないが、彼の前では随分と大人しい様に見える。
「謝れば良いってものじゃないだろう? その挙句、アレを代わりに寄越せだなどと、一体どの口で言えるのか……。全く想像もつかないな。」
「クリフちゃん、そう言わずに……!」
アレと言うのが何かは分からないが、どうやら私と交換で別の誰かをあの世界に連れていきたいらしい。
私が、何千年もの間死ぬ事も出来ずに生きていた、あの世界に。
既に体は無いのにもかかわらず、背筋がぶるっと震えた気がした。
アレ、と言うのが渡されなかったら、私はまたあの世界に戻らなくてはいけないのだろうか?
それは嫌だ。
私は、歪な丸い身体を彼の掌に必死に押しつける。
もう、何があってもあの世界には帰りたくなかった。
あの長い長い人生には、すっかり心が擦り切れて、疲弊しきってしまって……。
代替りの方法を、やっと創造主が作ってくれた時にはもうどうしようもなく安堵した。
せめて、後輩たちの様に最初から、同じ時を生きてくれる連れ合いが居たのならばまた違っていたのかもしれない。
だが、彼等が産まれた頃には、最も愛しく思っていた女性も、その子供達も喪われた後で……どの道、手遅れだったのだろう。
「……本人の意思もあるから仕方ないが……。」
「良かった~!」
「ただし、天寿を全うするまで待て。」
「!?」
「強制的に連れ去るのは無しだ。」
「そんな~! 結構、一刻を争う状態になってきてるのに……。」
「コレがこの状態になるまで対処できなかったんだから、その後継ぎの心を保たせる位はなんとかしておけ。」
「うーん……。ソノ子が、育てる時点で大分痛めつけちゃったからなぁ……。」
「言い訳は要らない。」
「はい……。ナントカシマス。」
私は、無事に彼の手元に残されるらしいと言う事に安堵すると同時に、私の後継者の話に移っていた。
アレ、と言うのはあの子の連れ合いにされる予定らしい。
後の始末を押しつけて来てしまった彼は、一体どの程度の時を耐えられるだろう?
彼は、私の望みを果たしてくれるだろうか?
きっと、連れ合いが出来たら無理だろうな。
私の護り続けていたあの街を滅ぼして欲しいなんて望みは叶わないだろう。
「……さて。」
私がぼんやりと考えごとをしている間に、あの世界の創造主は居なくなっていた。
「何はともあれ、『お帰り、嵐』。……それとも、『お帰り、魔王グラムナード』の方が良いか?」
後の方の名前は嫌だ。
もう、私はグラムナードなんかじゃない。
それにしても、『お帰り』?
「どんな状況であれ、古巣に戻ったんだからゆっくり休むと良い。」
そっと彼が、両手で優しく私を包み込む。
フワフワと、なんだか暖かくなってきて、私の意識が彷徨いだす。
それが、産まれ直す前の私の最後の記憶だ。
2017/6/26
主人公の名字を変更しました。
変更前) 藤咲 → 変更後) 吹雪