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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第二章「万策を尽くすべし」
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第8話

 カティは、まずはその辺に、と二人で空いているスペースに腰掛ける。


「それで、何があったの?」


 その目は優しくも、厳しい。この場で起きていたこと、その連絡や報告がされていなかったという事実がすぐに浮かび上がってくる。もちろん、義務化されていた訳ではないのだが、今、こうして改めて問われて誠一郎は思った。そう、頼れるはずの人に、自分は何一つ情報を共有していなかったのだ。


「それがですね──」


 誠一郎は腹をくくり、これまでの経緯を洗いざらい話した。

 事の始まりである、ランスからの知らせから始まり、どういう経緯で成分調整弁の取り換え作業を行うという判断をしたか、そして、自分がしてしまった失敗。成分調整弁の交換作業は問題なくできた、しかし、その交換作業は問題の解決に至らなかったということ。後悔の念が強かったからか、その口ぶりは重い。

 それら全てを、カティはゆっくりと聞き遂げた。途中で口をはさむことなく、ただ頷き、報告が終わるのを待った。そして、報告が終わったことを確認すると口を開く。


「まるで、罪の告白みたいな報告の仕方だなぁ」


 あまりに誠一郎が絶望的な声で報告していたからか、若干の苦笑をこらえきれないという表情で言う。場がほんのすこし和む。


「え、えっと、いや、すみません」

「うん、なるほどね。せいちゃんがやらかしてしまったことは分かったよ~。でも、後悔だけで先に進まないのは最悪の形になるのは分かるよね。次、どうするつもり?」


 カティは答えを示さなかった。誠一郎は考えた。どうするべきなのだろうか。

 本心を言うならば、もうカティに何もかもなんとかしてもらいたい。こうやって聞いてくるということは、きっとこの人は答えを持っているに違いないと思った。余裕のある態度や顔からも、そのことは手に取るようにわかる。だけれども──それは、なんとなくいけない気がした。誠一郎が答えあぐねていると、見かねたように、カティは口を開く。


「一つだけ、若者にアドバイスをしてあげよう!」


 なんだろうか。思わず顔をあげて、カティの顔をじっと見てしまう。


「そ、そんなに注目されても……」


 苦笑いするカティ。思わず、すみません、と小さく謝る。カティはこほんと小さく咳ばらいをすると、言った。


「万策を尽くすべし!」


 その言葉の意味は分かった。全力を尽くせという意味だろうか。真意は定かではないが、励ましとかんがえれば良いのだろうか。色々な思いが頭の中を渦巻くが、どれもピンとこない。けれど、とにかく今の現状、なんとかしなければいけないのは確かだ。


「……とりあえず、今日一日、一人で最後までやってみます」

「……そう? んー」


 カティは、少し悩みながら答える。何か思い当たるところがあるようだったが、今の誠一郎にそこ

を読み取るだけの余裕はない。


「それじゃ、最後にヒントをあげよう。たぶん、目が行かないような場所だったのかも、あくまで私の予想だけど。もう一度、じっくり、根本に戻ってラインを見直すといいかもね」


 カティはそういうと、立ちあがる。


「じゃ、せいちゃんが一人で頑張る、っていうことなら私は詰所戻るかな~」


 カティは意味ありげに言い、その場を去る。誠一郎は、分かりました、とだけ告げると。作戦を立てることにした。

 万策を尽くすべし、と言われたが果たしてどういうことなのだろうか。そう考える暇もなく、今回の事態、どうすればよいか考える。


「原因……かぁ……」


 計器を一つ一つ見て回る前に、座りながら全体のラインを目で追ってみる。カティと話して、少しは感情が収まっていたからか、思考はカティが来る前に見回った時よりも鮮明な気がした。

 まず、成分調整弁に問題はない。誠一郎は思考の整理をつけるために、メモ帳に一点一点確認のため書き出していく。

 次に、検査の機器だが、そちらも問題はない。検査の機器は来たものを測るだけ。何より、これがズレているのならば、すべての製品に誤差が生じているはずで、その結果クレームや問題などが一切来ていないというのは考えにくい。

 そうなると、残る可能性は、温度調節の機械だが、それは問題ないということは確認済みだ……。

 やはり、分からない。

 そこで、カティのアドバイスを思い出してみる。見落としているかもしれない、ラインをじっくり見直す。じっとしていても思い付かないのだから、これに従う他はないだろう。誠一郎はそう考えると、再び上流工程である調整釜から一つ一つ見ていくことにした。

 一つ一つ見ていくといっても、ラインの装置はほとんどない。自分が整備を担当している成分調整弁および温度調整釜から始まって、最後は自分が調整している検査機器で終わる。そう、たった二つ──ではない。

 歩く途中、一つの装置が目に入る。


「──魔力管……!」


 頭の中で、何かが弾ける。自分の担当ではないからか、全く視界に入っていなかったそれ。魔力という自分の全く未知の成分が注がれているということしかわからない完全なブラックボックス。ゆえに、自分のテリトリーではないと思考から排除していた──。

 しかし、しかしだ。それは、いけない。何故なら、この装置もまた作られたものなのだから。間違いがないとは言い切れない。その魔力管に対する考えの一切を思考から捨ててしまっていたのだ。自分の中で勝手にフィルターをかけ、これは自分の担当ではない、関係のないものだという思い込みで捨ててしまっていた。

 もちろん、この魔力管に問題があると決まったわけではない。だが、他の装置が正常に動いている中、特定の仕組みを持つ装置で残っているのはこの一つのみだった。ゆえに、これが黒である可能性は限りなく高いだろう。限りなく高い、だが、調査は必要。

 そこで、誠一郎は時計を見る。日を跨ぐまで、後三時間。

 調査に何時間かかるだろうか。わからない。そもそも、この魔力管が間違っているという確証を、魔力を供給している担当の部署に聞かなければ事は解決しないだろう。仮に解決したとして、自分ができることは何か。依頼を出すことだけだ。担当でない場所を触る訳にもいかないし、何より、魔力に関する知識などある訳もない。


「……ダメだ……」


 とても間に合わない。今日中どころか、見積もりさえつかないのだから。原因がわかったところで、どうしようもない。

 誠一郎は、少しの間、うなだれる。しかし、途中ではっとする。何もしないでこのまま手をこまねいていても、意味がないのだ。悔しいが、打つ手がない。

 仕方なく、足を詰所へと戻すことにした。その足取りは思い。今日一日一人で最後までやってみます、そう宣言したことを後悔する。分かってもないのに、そんなことを言うもんじゃなかった。

 カティは怒るだろうか。どなるといったイメージはないが、実は、先ほどの会話の時、すでに不機嫌だったのではないか。そんなネガティブな考えを頭の中に浮かべつつ、誠一郎は詰所のドアに手をかける。重い──この一押しが重い。怒鳴られる覚悟を決める。何、これまで社会人をやってきて、怒られたことなどたくさんある。この職場で初めてというだけ──そう思い、ドアノブを回し扉を押す。


「や!」


 事務所にほとんど人は残っていない──そんな中、出迎えるのは、何故か談笑しているマウロとカティ。風の噂によると、この二人は、プライベートでは非常に仲がいいらしい。


「えっと、あの──」


 思わずたじろぐ。果たしてこの異様に軽い空気の中に自分は溶け込んで言っていいのだろうか。


「ああ、聞いたよぉ誠一郎くん~」


 そう言うのはマウロ。聞いたというのは、おそらく、今の状況のことだろうか。困惑する誠一郎を察したように、カティが変にくつろいでいる様子で口を開く。


「あー、部長に話しちゃった~新人頑張ってるよーって意味で! まぁまぁ、そんなところに立っていないで自分の席座りなさい。もうこんな時間だし」


 言われるがままに自席に座る。見ると、カティの机には、飲み物のカップが二杯。どうやら、マウロもカティも業務を終えたか休憩しているかのようだ。ますます、困惑する。


「せいちゃん、それで、どう? わかった?」


 にやにやしてカティが聞いてくる。


「えっとですね……あの、魔力管の担当部署に連絡しようと思うんですけど」

「ほら! 部長! せいちゃんは優秀なんですって!」

「ん、ああ、すごいねぇ。さすがだねぇ」


 なんだろう、この軽い空気は……。戸惑う誠一郎。


「ああ、でも、残念ながらもう魔力管の担当者の人残ってないよ~。こんな時間だからねぇ。そんで、ランスさんももう帰ったからね~」

「えっ! えっと、あの、それは」


 それはもう、見切りをつけられて帰ってしまったということだろうか。もう、どうしようもないのだろうか。そこで、マウロが口を開く。


「二宮くん、君は真面目だね~真面目すぎるといっても良いくらいだ。キッティラくんとは大違い」


 それに横からすかさず、一言余計ですよという突っ込みが入る。マウロは真面目な顔で続ける。


「ただ、一人でなんでも抱え過ぎだなぁ。キッティラくんに頼るという気にはならなかったのかい?」


 そう言われて、誠一郎は、はっとする。そうか、あの時、カティがこちらに対して少し思い当たることがあるような態度を取っていたのはそのためだったのか、と。


「気づいたかな。たぶん、もう、ずいぶんと早い段階で、二宮くん一人にはどうしようもない状況になっていたんじゃないかい?」


 全くもって、その通り。返すことのできる言葉はない。


「まだまだここに来て日が浅いんだから。うーん、確かにキッティラくんは普段頼りなさげに見えるかもしれないけど……こういう時は、きちんと頼っていいんだよ? なんなら私に頼ってくれてもいい。私も君の上司なんだからね」

「部長~一言余計ですって! というか、部長よりは私の方が頼れるんじゃないの? ね、せいちゃん!」


 誠一郎はそれに苦笑を返す。


「ああ、やっと笑った! さっきから地獄に落ちるような顔してるんだもん~ 私そんなに怖い?」


 誠一郎は理解する。この人たちは、敵じゃないんだと。そして、頼っていい人たちなんだ、と。思い出す。右も左もわからない頃、最初の職場で自分はふんだんに頼っていたこと、そして、オヤジのように慕っていた上司のこと。

 それを今はどうだったか。自分に実力があると考え、一人で何でもやろうとした。失敗が起きないうちはそれでいい。それは自分の実力をきちんと把握し、一人前に仕事をしているということなのだから。しかし、今、事実として失敗はもう起きていたのだ。それにも関わらず、依然として一人でやるとどこに見せるでもなく頑張りを見せようとしていた。そのことがいけない。


「すみません、ありがとうございます」


 出たのは謝罪というより、感謝。怒りもせず、この遅い時間だというのにずっと待っていてこのことを自分に教えてくれる。その事実だけで十分だった。

 誠一郎は思ったのだ。良い人に会えたな、と。


「さて、私は言いたいこと言ったから、後はキッティラくんに任せるね」

「はいはーい、お疲れさまです~」


 マウロはそう託すと、そそくさと帰っていってしまった。


「えっと、あの、これから──」


 言おうとする誠一郎を止め、カティが口を開く。


「今日はもう大丈夫。せいちゃんは良く頑張ったよ。実のところ、魔力管の不具合だろうってのは話聞いて分かったのよね。確認のためあの後ランスさんに資料もらったしほとんど確定。でも時間切れだった。だからもうランスさんには帰ってもらったの」


 やはり、この人は答えを知っていたのだ。しかし、時間切れ、か。うつむく誠一郎。

 カティはそんな誠一郎に一つ問う。

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