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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第二章「万策を尽くすべし」
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第6話

 誠一郎が独り立ちして、数日。スライム生産ラインでの保全は誠一郎一人でほとんどなんとかなるようになっていた。機器そのものがさほど難しい仕組みでないことや、カティのサポートがすぐに受けられるという点が影響しているものと思われた。

 誠一郎が書類仕事をする時間がなくなったため、また少しずつカティの書類仕事が増えるかと思われたが、スライム生産ラインという一工程が丸々カティの負担からなくなったことで、全体の進捗もほんの僅かではあるが、改善される兆しが見えるほどになっていた。まだまだ業務が完璧に正常化される日は遠いものと思われたが、それでも、少なくとも以前よりは随分と良くなったのは確かだった。

 そんなある日、これまで問題なく稼働しており、これからもなんらかのラインそのものの仕組みを変えるといったような企画さえなければ問題なくいけると思った矢先、問題の火種が見え隠れしてくる。

 始まりはランスからの相談。誠一郎が現場にてその日の、計器の調整を終え、詰所に戻ろうとした時のことだった。


「あ、二宮くん、ちょっといいかな」


 なんだろうか、振り返り返事をする。ランスから話しかけられるということは、何かしらの問題が起きているのだろうかと推測する。


「ここしばらく、あ、いや、実のところ、二宮くんが一人がこのラインを担当するより前からなんだけど、ここ最近特に、検査工程で品質が若干ずれているモンスターが出ることがあってね……」

「えっと、詳しく聞かせてもらってもいいですか……?」


 こういう声は慎重に調査しないといけないと誠一郎は考えていた。検査工程で弾いているとはいえ、小さな火種はいつか炎上へとつながる危険の種である。摘み取れるうちに摘み取ってしまわなければいけない。

 二人は空いているスペースに腰掛け、話を再開する。誠一郎は懐からメモ帳を取り出し、書きとめる。


「検査工程のチェックは、十数体置きに一体チェックというようにやってるんだ。そこで、成分が基準値から外れていると、付近数十体をまとめてチェックしてる。ここまではいいかな」

「はい。つまり、十数体に一体のチェックが問題なければ、その付近はチェックしない──これは、成分そのものの間違いがあれば、一気に何体も不良が出るはずだからってことですよね」

「その通り、それで──」


 ランスは懐から一枚の紙を取り出す。スライムの種類ごとの成分表だ。すべてではないが、例として示されている。


「成分は厳密に全くの誤差なく均一でないといけないという訳ではなくて、多少の誤差は許されてる。だから、この誤差内に入れば出荷は可能なんだよ。ただし、基準値から一定外れていれば、誤差内であっても一応付近のチェックは行うようにしてる」


 うなずく誠一郎。工場ではよくある話。いちいちすべての製品のチェックをしていてはあまりにも検査に時間がかかるから、このように対応しているのだろう。この手法を一般に抜取検査という。

 また、こうした手法を用いる場合、抜き取る基準も問題になってはくるが、そもそも成分の間違いが起こるということは最初の工程で間違っている、つまり、連続して成分に間違いが起こることは明白であるため、抜き取る基準もこの形で問題ないだろう。

 今回の話、ここまでで問題はない、問題はないはずだ、しかし、誠一郎の頭には何かもやもやとした感覚が残る。ランスの説明は続く。


「最初に言ったように品質は若干ずれてる。といっても、実は、チェックしたスライムは、誤差の範囲内で出荷することはできるんだ。ついでに、その付近でチェックしたスライムも、同様に基準値内に値は収まっているんだよ。だから今のところ廃棄しないといけないだとか派遣した先で問題が起きたということはないのね」

「なるほど」


 そこで、誠一郎は、ようやく自分がもやもやしていた要因が一体なんだったのかということにピンとくる。


「あれ……でも、おかしいですね」


 その言葉に、ランスは、意外そうな表情をこちらへ向ける。疑問を浮かべるオーク顔に答えるように、誠一郎は手にしていた計器の調整結果をランスに見せる。


「これ、最近の成分調整弁や釜温度調整の計器の調整結果です。ここしばらく、全く問題なく動いているように見えますよ……?」


 そう、誠一郎の疑問とは、スライムの成分を調整する大元の計器の保全結果だった。今日も、計器の点検を終えたところだったが、特に数値に異常は見られなかったし、この調査結果を見る限り、成分は正しく調整されているように思えたのだ。

 ランスは頷く。


「うん、確かに、その結果は間違ってないと思う。ただ、確実に値はズレてきている。だから、実はちょっと確かめてもらいたいことがあってね……」


 なんと、ランスはすでに解決の糸口を見つけているというのだろうか。現場の人間の声、それも、経験豊富そうな大先輩らしき人が言うことなのだから、信頼度は高いだろう。誠一郎はよりメモを取る手を早める。


「たぶん、温度調整釜の方は問題ない。問題は、成分調整弁で、実はあれもう最後に交換したの何年か前のはずなんだよなぁ……。それが定かじゃないんだけど、そろそろ交換の時期のはずなんだよ。数値で問題なくても、モノそのものが駄目になってるかもってな。前も似たようなことがあって、その時もキッティラさんに交換してもらったし」


 ランスは、問題が根本的なところ、そもそも部品がおかしいのではということにあるのではないかと見ていた。


「確かに、それは考えられることですね。弁は出てきた液体によってその量を数値として表示させてる訳だから、弁そのものが駄目になってるなら、いくら表示されている数値を見て調整を重ねていても、正しくない可能性はあるかもしれません」


 誠一郎としても、弁の消耗具合は日々見ていたはずだった。しかし、誠一郎の目にはあまり劣化しているように感じられていなかった。だが、ランスがこういうのなら、弁は相当古いものなのかもしれない。


「そっちの詰所に記録があるとは思うから、それとかを確認してみてもらえないかな?」

「はい、ありがとうございます。もろもろ含めて、今から確かめてみます」


 そう言い、誠一郎は、さっそく詰所に戻ろうとメモを片付けようとしたところ、思い出したようにランスが口を開く。


「あ、そうそう、で、なんで今その要請をしてるかってことなんだけど……実は近々、生産強化の命令がくるかもしれなくてね、その前に課題を一つ潰しておかないとって思ってね。だから、申し訳ないんだけど、この件について、一週間以内に片付けて欲しいんだ。近頃検査工程でかかっている時間がいやに多くなっちゃってるからね……」


 そういうことか。検査で一つ引っかかるとそれに伴って、検査しなければいけない対象が何十個も出てくる。増産時に不良が多発したら、それはもう悲惨な結果になるのは目に見えている。ランスさんが細かいところも気にしてくれる人で助かった。

 もしこの相談がなく、このまま生産強化に突入し、その時にこの問題がさらに大きくなり、規定値にさえ収まらないような値のズレが続発してしまっていたら、取り返しのつかない事態になっていただろう。


「わかりました。部品到着にかかる時間がどれくらいかという不安はありますけど、それさえすぐに届くのなら、取り換えるだけなので十分間に合いますよ。調査後に、追って連絡します」


 誠一郎はそう返事をする。そう返事をしてしまった、といった方が正しいかもしれない。誠一郎の頭の中には、納期一週間というタスクが刻み込まれた瞬間。




 詰所に戻ると、誠一郎はすぐに調査を開始した。コンピュータがないため、ある特定の情報を探し当てるにも、詰所内にある大量の紙資料の中から目的のものを見つけ出さなければならない。ある程度棚別けされているとはいえ、必要とする時間は意外にも多い。

 もしかしたら、カティに聞けばすぐに解決できるような内容であったかもしれない。しかし、カティは詰所にいないし、そもそも自分に任されている仕事をわからないからといってすぐにカティに頼るというのは誠一郎として行い難い行為であった。ゆえに、頼らない。自分の力でなんとかやりきってみせると考えた。

 一時間ほどかけて探し当てたのは、成分調整弁の仕組みに関する資料と、何より大切な成分調整弁の交換記録。

 自席に戻り、資料を読みこむ。その様子を、マウロはどこか頼もし気に見守っていたりする。

 成分調整弁の仕組みは、劣化していることによって、数値の表示に誤りが出うるものだった。ランスの言っていたことは正しかった。これで一つ裏付けを取ることができた。

 機器そのものを変えてはどうだろうかと思うものの、技術レベルやその他色々な要因から難しいのだろう、そこは、今度、そこはかとなくカティなどに聞いてみてもいいかもしれない。

 さて、この事実が明らかになった以上、後は、交換記録が古く、規定の年数以上使用されていたのならば、成分の値にズレが生じているのは必然とも言える。誠一郎は願った、どうか、この交換記録に自分が思っているような結果が記載されていますように、と。


「……えっと……」


 しかし、その記録帳に書かれたものは、予想を斜め上に裏切るものだった。記録が新しいわけではない。記載されている記録は、けれども、遥か昔。十何年も前の記録。しかし、ランスは数年前と言っていたし、弁が十何年も部品交換なしに問題が起きないということは非常に考えにくい。これが意味することは、正しい記録がされていないということ。

 こうなってしまうと、当初の思惑とは外れてしまうが、カティに直接聞くしか解決の手立てはないだろう。それに、それくらいの質問なら、記憶を少し掘り返してもらうだけでなんとかなる。ここまで来てしまったら、どうせ正確な年月なんてわからないのだ、おおよそ何年前かさえ答えてもらえばいい。

 カティが戻って来るまでの間、誠一郎は片付けなければいけない書類仕事などを終わらせ、一人でご飯を食べるなどして時間をつぶした。

 しばらくして、ガチャリと詰所の扉が開く。


「ただいま~」


 そういって戻って来たのはカティ。すかさず聞く。


「すみません、キッティラさん、この成分調整弁の交換記録なんですけど……」


 記録帳を見せると、ああ~、とすぐに思い当たる節があるのか声をあげるカティ。


「それね、どこにいったか分からなくてね~。見つけてくれたんだ! ありがとう!」


 笑顔のカティに、ひきつった笑顔を返す誠一郎。この調子だと、実はこの記録帳意外にも色々と埋もれている紙媒体があるのではなかろうか……。困ったものだ。


「ありがとう、じゃないですよ、キッティラさんっ! 記録はしておかないと大変なことになるんですから……お願いしますよぉ~。それで、えっとですね、成分調整弁が、最後にいつ交換されたのかを知りたくて……」

「ああ、それなら──いつだったっけな、でも結構昔だよ。確かに交換の時期かもね~作ってる組織に連絡して、直接やり取りしてもらえる? 通信機で連絡できるからさ」


 どうなることかと思ったが、さすがカティというべきか、きちんと行われた作業についてある程度は把握していた。今回はなんとかなりそうである。今後については、少し考えてもらわなければいけないだろうが。

 カティは、誠一郎に指摘されたことを少しは気にしているのかそうでもないのかわからないが、書類仕事に入る。それを横目に、誠一郎も今自分のするべきことを考える。

 納期は一週間。成分調整弁は交換すべきだということが分かった。

 成分調整弁の取り換え自体は比較的容易で、半日あれば点検も含めて十分に行えるだろう。となると、次に行うべきなのは、当然、成分調整弁の部品そのものの調達となる。

 当然ではあるが、部品がすぐに用意できるものとは限らない。何年もずっと使っていることや、基本的な部品であること、カティの口ぶりから見るに、取り寄せられないということはないだろうが、いずれにしても、できる限り早く連絡するべきだろう。そして、その結果をできる限り早く、ランスに伝えなければいけない。

 誠一郎はそう考えると、すぐ通信機を手に、カティに教えてもらった連絡先へと連絡する。数回のコールの後、相手が応答する。

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