第4話
生産一部。モンスター生産の役割を担う工程だ。生き物はもちろん通常は自然交配で命を授かる。しかし、中にはそうでない生き物もいる。人間界で言えば、例えば、原生生物や細菌などでは交配をする必要がないものも多い。ここ、生産一部ではそういったある意味科学的に作れる生き物を生産しているのである。
誠一郎はそういったことはあまり詳しくない。そもそも人間だし、高校は工業高校だし、そんなことにはあまり興味がない。けれど、目の前に仕事として、それらの事項が並べられるとなると話が変わる。
「この場所では、主にスライムを作っているんだよ。敷地内の他の場所では、ゴーレム系とかマシン系のモンスターとかもね。あ、あとは──あ、これはちょっと人間には刺激が強そうだから数年してから話すよ」
そう説明する人、いや、豚のような人は、オーク。その巨大な身体に似合わず口ぶりは妙に穏やかっだ。外見が外見だけに、若干萎縮しながら話を聞く誠一郎。二足歩行をしているだけまだよかった。それにしても、刺激が強すぎるとは一体何なんだ……。
そのオークと、誠一郎、カティの三名は、工場のように若干薄暗く煙か水蒸気か定かでない靄がところどころのパイプから漏れ出している屋内施設にいた。
ところどころにサビが見える生産ラインは年代ものであることを匂わせる。スライムという流動性の高いものを生産しているからか、内部は鉄鋼関係の設備を小さくしたような様相を呈しており、上流工程から下流行程までがわかりやすく一本のラインで繋がっていることが見て取れる。
「あぁ、ランスさん、そんな丁寧じゃなくても~」
横で暇そうに聞いているカティがあくび交じりに言うが、誠一郎は、あまりにも知識がなさすぎるため、少しでも情報を知りたい。いえ、とても勉強になります等々言っておく。
「まぁまぁ、今、成分調整終わったばかりだからちょっと時間あるしさ。それに、これから生産一部の大切な設備を保全してもらう訳だから、スライムのことを知らないってのも心もとないよ」
オークのおっちゃん、図体はものすごくでかく、小さめのカティと比べるとおよそ二倍くらいの差があるが、実はいい人なのかもしれない。
「はい、助かります。スライムっていうと、あのゼリーっぽいのですよね……?」
「そうそう、やっぱスライムは知名度あるんだねぇ。スライムと一言に言っても色々なタイプがいるんだけどね、自然界で生息しているのはやっぱり勇者たちと戦うには力不足感が否めないんだよ。だから、ここで、人為的に毒の力を持ってるやつだとか、魔力が高いやつ、固いやつ、色々あるんだけどそういうのを作ってるってこと。どう、すごいでしょ」
誠一郎はそれを聞いて、鉄鋼業界の成分調整みたいなものかなぁと予想してみる。大体あっている。
「そんで」
オーク──氏名ランスは、場所を入口付近から歩き場所を変えつつ話を続ける。
「スライム生産ラインで保全チームに担当してもらってるのは、これと、奥の二つ」
合計三か所、指をさす。
「この入口付近の一つは検査工程の計器ね~。これは俺は主担当じゃないからあまり詳しい説明はできないんだけど、要するに、完成したスライムの成分が本当に正しいか検査する機械。ちなみに、検査が間違って、品質の間違ってるスライムが派遣先に行ってしまったら、どうなると思う?」
誠一郎は考える。
「えっと……。やっぱ発注先からクレームが来るとか、ですか?」
これまでの仕事での経験を活かして答えてみる。ランスは、惜しいと笑いながら言う。
「クレームというか、死ぬね、最悪」
「し!? 死ぬんですか!?」
妙に驚いた顔をしている誠一郎に、補足的にカティが付け加える。
「そりゃそうさ~。仮に、強い予定のスライムが弱いならまだいいよ。でも、弱い予定のスライムが強かったら? 派遣される先の弱いモンスターたちがいる区域で、そのスライムが暴れまわったら生態系はぶっ壊れて、種族が滅ぶこともありえる。勇者が予定外のところで死んだりね。つまり、ここは最後の砦さ」
そういうもんか、恐ろしい……。
「だから、メンテナンスは念入りにお願いしてる、ね」
「そうね~。このスライム生産ラインは、生産一部の中でもわりと分かりやすい流れだから、最終的にはせいちゃん一人に担当してもらおうかなと思ってるからね~、頼むよ」
誠一郎は、はい、とうなずく。次に、奥の二つと紹介された機械のところへと移動する。
そこには、巨大な、人何十人かが一度に入れるくらい大きな釜。上部へ通じている。釜上部は空いており、そこへ無数の管から液体か何かが流れ出てくるのだろうと推測できた。
「これ調合釜ね。何種類もの物質を混ぜる。保全チームに担当してもらってるのは、成分調整弁と、それによって表示される成分量表示のボード。後、釜の温度調整の機械」
誠一郎はこれなら一通り仕組みさえ理解できればモンスターの知識などが多少なくてもなんとかなりそうだと思った。
「工程としては、この調整釜で成分調整した後、どうなるんですか?」
疑問はまずそこ。検査の工程と、成分調整の工程では、保全する計器が使われているのでわかったが、その途中、つまり、成分調整してから検査するまでの工程の間が分からない。これでは、もし、成分調整の計器に問題がないにも関わらず、検査の計器で問題があるとわかったとき、どう対処したらよいのか分からない。先ほどランスが言っていたように、誠一郎もまた、きちんと工程の流れを把握しておきたかったのである。
「おぉ、関心関心、偉いね~」
カティが少しからかうように褒める。
「ほんとだよ、キッティラさんの若い頃とは大違いだねぇ、もう」
「もう、ランスさん! そんな昔のこと掘り返さないでよね~」
あっはっは、と笑うカティ。
「いえいえ、とんでもないです、人間なので」
フォローになっているのかどうかは分からないが、誠一郎はとりあえずフォローらしき何かを言っておく。ランスは先ほど通り越したところを指さし、
「さっき素通りしたけど、あっちね、あっちの方では、調整した液体に魔力入れる作業ね。といっても、人はいなくて、外部から供給されてる魔力管が直接注がれてる。成分そのものに最初から魔力は含まれているし、スライムはそこまで複雑な魔力も必要ないからね、結構機械的に作られるんだよ」
「ということは、人力で行っているのは、成分調整と、検査ってことですか?」
誠一郎の質問。
「おお、分かってるね、さすが若いと飲みこみが早いな~。人間は知能が高いとも聞くしな。大体そんなもんだねぇ、基本的に俺が成分調整と全体がきちんと動いているか見回りをやってて、検査は別のオークだ。今日はもう少ししたら出勤してくるけど、ま、そいつは基本的な作業とかしか分かってないから、保全チームへの相談はほとんど俺が窓口になるからさ、っと、そろそろ俺も次の成分調整に入らないといけないな」
ランスは、あくせくと計器を操作する。
「ああ、ありがとうね、ランスさん」
「ありがとうございました」
カティと誠一郎は共にお礼を言う。
「いやいや、こちらこそ。すまんね、最近ちょっと成分調整がうまくいかないことがあってね、早めに操作しないといけないんだよ」
少し気になる一言。
「ええ、また、見ておきますよーそれでは」
カティはそう一言付け加える。そうして、誠一郎の初めての現場見学は終わった。
場所が移り、詰所。
いるのは、誠一郎と、勇者迎撃施設部の設備担当者一人のみ。カティは先ほどの見学を終えた後「それじゃあ、私は他の設備点検に行かないといけないから~適当に詰所の棚の資料とか、机の上の資料でも見て勉強しといて~」と言い残して出て行ってしまった。
「なんか、もうちょっと仕事としてやるべきこと聞いておけばよかったなぁ……」
ふぅ、とため息をつく。もう一人詰所にいる人に聞こうとしてみたものの、完全に寝ている……。いいのか、それで。そういえば、勇者迎撃施設は勇者が来るという情報がないと稼働しないという話を今日の朝カティにされていたことを思い出す。これは愚痴られても仕方がないありさまだ。とはいえ、相手はカティやマウロでさえ注意をしないような人物だ。たぶん、やるときにはやるんだろう。もしくは、相当のベテランか、何らかの権力を後ろ盾に持っているか……。いずれにせよ、今すぐに叩き起こすのは良くなさそうだ。
それに加えて、見た目が、怖い。マウロのような猫耳だけ生えているタイプの獣人ではなく、全身毛むくじゃらの獣人。狼人間。下手をしたら食べられそうだ。
「ん、狼? 狼人間? そういえば、ヴァンパイアと狼人間は仲が悪いとか聞いたことがあるようなないような」
そんなつぶやきにピクリと耳を動かすその寝ている狼人間。狼人間だから、仲が悪いのかもしれない。そのうち機会があったら聞いてみようか。
仕方がないので、見てもよさそうな資料でも探してみる。
詰所内を自由に動き回ると、狼人間さんの目が覚めそうで怖いため、自席の隣、カティの机の上を見る。コンピュータがない分、詰所内は紙媒体の資料が所狭しと棚という棚に置いてあるのだが、それと変わらずカティの机の上も、相当量の紙媒体の資料などが置いてあった。ペラ紙を見てもあまりためにならないと思い、それっぽい、ファイルに閉じられた冊子を無作為に手に取る。
「へぇ……字も読める」
そう、一つ気になっていたことだ。だが、その点については問題なさそうだった。一つ安心。
「ん……案件……いっぱいあるな」
その冊子に挟まれていた紙は、何十にも及ぶ案件の用紙。
「改善、メンテナンス、新規導入……未納、期限切れ……」
大丈夫か、これは、と心配になるような内容の文字が次々と目に入る。至急、緊急、と書かれた文字が赤いスタンプで押されている数々の紙。あの人、これまでの時間ずっと自分一人を相手にしてくれていたけど、実はものすごい量の仕事を抱えまくっているのではないだろうか、いや、間違いない、抱えてる。きちんと消化されている痕跡はあるが、明らかに量が多い。
想像するだけでも恐ろしい。彼女一人に一体どれだけの仕事が降り注いでいるというのだろうか。そして、そんな状況にも関わらず終始笑顔でイライラすることもなく自分一人の教育のために朝から今までの5,6時間もの間自分に付き合ってくれていた。あの笑顔の裏にはこんな膨大な仕事が降り注いでいたのかと考えると、ただの適当な人だと思っていたが、実はあの人、すごい人なのでは。
さらにペラペラとページをめくってみる。
これは、これは──
「それにしても滞納し過ぎでしょ……俺がなんとかしないといけないんじゃ」
というようにも思える内容でもあった。そもそも、こんなにたくさんの仕事をいっぺんにできるわけがない。明らかに、人手不足であるというように思えた。ゆえに、自分がここに配属されたということも理解できるのだが、それにしたってもう少し早く人を増やしてもよかったのではないかと、カティに同情する誠一郎。
また、中には、スライム生産工程という文字も見え隠れし、先ほど説明していたオークのランスからの依頼という文字も見えた。それでもあのように、自分にも、カティにも笑顔で接してくれていたランス。これは、ランスがすごいのか、カティがすごいのか、どちらかは分からないが、とにかく、自分のために時間を割いてくれたことには、やはり感謝だ。
ゆえに、なんとかしないとという気持ちが余計に湧きあがった。まだまだ力にはなれないかもしれないが、なんとか自分の力でこの大量の案件が滞納し、色々と炎上している機械事業部生産一部チームの名誉を回復したいと思ったのである。
一方で、それ以上に、大変そうだ、できるだろうか、忙しいだろうな、というマイナス思いも出てくる。とんでもないところに来てしまったのではという恐れ。
同時に──
「そんな暇なら応援してやれよ……」
という愚痴を寝ている狼にぼつりと、誰にも聞こえないような小さな声で呟いてやる。
ピクッと動く狼耳を見て、思わず顔を冊子に隠す誠一郎だが、うぅんと唸る狼人間は、まだ寝ているようでほっとする。非力な自分でごめんなさいと心の中でカティに謝るのだった。