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第20話

 その後の顛末というのは、誠一郎もカティも予測していないものだった。

 ジンの行為は、懲戒免職ものであり、カティが問題にしたくないと思っていても、そして誰より、ジン自身が問題にしたくないと強く願っていたとしても、そう易々と隠し切れるものではなかった。カティが、ジンの裏切り行為を突き止めていたと共に、実は、魔王城の戦略室、つまり、上部組織でも、ジンの裏切り行為はしっかりと記録されてしまっていたのである。

 結果、ジンは、魔王城追放処分となる。罪状は、魔王の大敵である勇者と内通するという重大な背徳行為。魔王城サイドも、これを黙認する訳にもいかず、本来ならば、命を奪われても仕方がないほどの大事だったのだが、とある事情により、命は取られない運びとなった。そのとある事情とは──

 勇者来襲の数日後。魔王城の修復も大半が終わり、誠一郎の体調もすっかり回復し、久しぶりの出勤。

 詰所では、マウロとカティも出勤しており、今日から本格的に業務が再開する。


「おぉ、二宮くん、ちょうどよかった……! 例の件の事後報告として、君とキッティラくんに話があるからちょっと」


 マウロにそう呼ばれて、三名で個室に入る。あまり外部に聞かれてよい話という訳でもないためだろう。


「いやぁ、まずは、本当に、二人ともお疲れさま。数日休んでもらったけど、また連休はちゃんとあげるからさ」


 マウロが疲れ切った様子で言う。その様子を見るに、きっとマウロはあの後いろいろと駆け回ったり会議をしたりで大変だったのだろうとカティは推測した。


「マウロさんこそ、お疲れさまです。本当にご迷惑をおかけしました」

「いやいや、キッティラくんが謝ることじゃないよ、これは私の仕事だからね」


 マウロは、力なさそうに笑う。


「ああ、そう、やっぱり二人は当事者だったわけだから、きちんと報告しておかないと、と思ってね」


 そう言うマウロの目つきが少し重たくなる。カティと誠一郎の両名としても、あの後のことが気にならない訳がない。


「これはうっすらと聞いてるかもしれないけど、ジンくんは、魔王城追放処分だ。本当は、命を奪われてもおかしくないんだけれども」


 命という言葉が出て、誠一郎はぎょっとする。カティは慣れたもので、そうだろうなという目つきで特に驚きはない様子だった。


「なんで、そうならなかったかというと、君たち二人の活躍が大きかったね」

「といいますと?」


 カティが問う。


「うん、実は、魔王城サイドでも、ジンくんの動きはしばらく前から分かっていたみたいでね。だから、勇者迎撃施設はほとんど機能しないものだと思って対策を練っていたんだってさ──だから、それらの施設が正しく動いたのは、良い意味で誤算だったらしい。ゆえに、ジンくんは何も良いことはしてないんだけど、最後の最後で、自分のせいだとはいえ、多少施設を直すのに協力したってところが温情の一つの要因らしい。もう一つが、なんだかんだ言って施設が正しく動いたことみたい」


 どこか納得のいかなさそうな顔をしているカティを見て、マウロは続ける。


「あー、確かに、キッティラくんは納得いかないかもしれないけど……。でも、もし、仮に、ジンくんが処刑、なんてことになってたら、私も今この場に居られたかと言われると怪しいところもあるからね。その点、私も救われたってことで、どうだろう?」


 それを聞いて、カティは、表情を和らげ、少し口を尖らせながらも、こくこくと頷く。マウロの身が助かるというのは、カティきっての願いであったからだ。それが叶い、かつ、ジンが処分されるというのなら、願ってもないことであった。ちなみに、誠一郎は、はぁ、と眺めていると同時に、ここ怖いなと再認識するのであった。マウロは、そんな誠一郎の方を見て、続ける。


「それでね、実は、二宮くんに、非常に急なんだけど、お願いがあってね……」

「はい、なんでしょう?」


 とんと見当がつかない様子の誠一郎に、マウロが続ける。


「実はね、ジンくんが抜けた穴を、キッティラくんに引き継いでもらおうと思ってるんだ……。まだまだ若い二宮くんに生産一部全体を任せるのも少し心苦しさはあるんだけれど、なんとか一人でやりくりしてもらわないといけないことになってね。今回の一件で、ボストロさんがキッティラくんのことを高く買っていて……と、あとは、機械事業部で人を出せるのが、チームに二人抱える生産一部チームしかないっていうのもあるんだけど……」


 ああ、これは、多分後者の理由の方が主な理由だろうなぁと誠一郎は推測する。人事問題は早いところ解決していただきたいところである。


「そんな複雑な顔しないでよぉ、二宮くん! 大丈夫、ちゃんとこれまで通り、サポートはするからさ、ほら、キッティラくんのことも今まで通り頼ってくれていいし」


 いけない、複雑な気持ちが表情に出ていたか、と誠一郎は顔を引き締める。


「おぉ、せいちゃん、大躍進だね! って、私がいなくて、本当に大丈夫?」


 あっはっは、と喜ぶカティを横目に、大変になるなぁと思う誠一郎。いや、大変どころの騒ぎではないのではないか。そんな調子の良いことを言うカティであったが、そのカティの行く先にも暗雲が立ち込めているということをマウロがつきつける。


「ああ、キッティラくんには、申し訳ないけどこれまで通り、生産一部の仕事も──」

「やるってことですか!?」


 つい先ほどまで笑っていた顔を忙しそうに驚きの表情に変えるカティ。


「ま、まぁ、そう、なるね。そ、その分報酬は弾むからさ……」


 一方で、相変わらず申し訳なさそうに笑うマウロ。


「……分かりました。よし、じゃあ、せいちゃん、どんどん引き継ぎしてくからね! 覚悟しといてね、スライム作ってる場合じゃないよ~!」


 そう楽しそうに言うカティは口こそ笑っていれど、目は笑っていない。


「はは、はは」


 誠一郎は助けを求めんとマウロの方を見てみたが、このように愛想笑いをするばかりだ。一体この人は、終戦後の幾多の会議をどのように乗り越えてきたのか気になるところだった。

 誠一郎の新たな魔王城ライフが幕を切る。




「……と言っても、いきなり全部任せるなんて無理だし、そもそも、勇者迎撃施設部って仕事そこまでないし、ったくジンのやつは今までこの仕事だけをどうやって毎日やってたんだ……」


 愚痴るカティに、誠一郎はかつて見たジンの居眠り姿を報告するのは余計に機嫌を損なうだろうと判断し、言うのをやめておく。


「覚えることはたくさんあるよ~! 生産一部は、スライム生産工程以外に、色々なモンスターを生産しているからね。前にも少し説明したかもしれないけど、次は、スライムくらい刺激の小さい、マシン生産工程とかゴーレム生産工程の仕事でも覚えてもらおうかな?」


 前にも言われた気がするが、この刺激というのは一体何を意味するのだろうかと誠一郎は疑問に思う。そして、最終的には刺激の強い工程も担当しなければいけないのかと頭を抱える。刺激の強い工程とは一体何なんだろう……。

 悩む頭をよそに、カティは早速、誠一郎をマシン生産工程へと連れていくのである。

 そこは、誠一郎にも、見慣れた世界。原始的ではあるが、機械の生産が行われていた。これが意志をもって戦闘を繰り広げるというのだから、実は、この魔王城の有する技術レベル、人工知能に関する技術レベルはかつて己の住んでいた世界とは一線を画す素晴らしいものなのではないかと感動する誠一郎だったが、


「あ、動力源は魔力だよ」


 なんとなく予想はできていたが、動力源は魔力だった。また自分の見えない力と戦わなければならないのである。


「ここでは、機械のボディを作ってあげてるんだよね。そこに、魔力で疑似的な生命を吹き込んで、戦闘マシンを作っているっていう訳!」


 何故か自慢気に語るカティ。しかし、これは考えようによっては、スライムよりまだ親しみやすい。苦労はするだろうが、なんとか頑張っていきたい、そう思う誠一郎を、


「さあさあ! じゃあ、次行くよ、次! 次は、ゴーレム生産工程ね! 覚えてもらわないといけないのはいっぱいあるんだから!」


 カティはそう言うと、意気揚々とゴーレム生産工程へと連れていく。

 そのゴーレム生産工程で誠一郎を待ち受けていたのは、先ほどとは全く違った世界。


「……え、これが、ゴーレム……?」


 そこで紹介されたのは、ほとんど人型で一糸まとわぬ姿の、女体。さすがにこうも露骨に露出されていると、一体ここはどこなのかと思い詰めてしまうが、ここは紛れもなくゴーレム生産工程だ。


「そうだよ! ああ、これはあくまで女体型ってだけで、あっちみたいな大きいのもあるけどねぇ」


 そこには、巨大な男がいた、が、これもゴーレムだというのだから驚く。そして、誠一郎が想像していたゴーレムというのは、もっとこう、ごつごつと岩のようで、二足歩行さえすれども、その見かけは石で出来た化け物のようなものだと思っていた。果たして、こんなものを目の前にしてしまうと、この先自分は人としての尊厳を正しく抱えていくことができるものだろうかと自分の中の倫理観が揺れ動く。


「キ、キッティラさん……ゴーレムって、その……人間……?」


 その言葉に、カティは、何かに気づいたような表情をして返答する。


「えっ? ああ、外見はね。これは働いて外でお金を稼いでくる用、みたいな感じかな。もちろん、戦闘もできるけど。女型のは魔力が高かったりね。ああ、肉弾戦用のはあっちの、もっと外見がゴツゴツしたのだねぇ」


 なんとも奥が深いゴーレム生産工程。果たして自分でこの工程を面倒見ることが出来るのだろうかと早速不安になってくる誠一郎。


「外見は人間でも、この子たち、知能はほとんどないからねぇ、実際の取り扱いは色々難しいのよ。ん? なに、そんなに見て。あ、せいちゃん欲しい? 欲しかったりする?」


 そういうカティの目は何故か楽し気だ。


「ほしっ、いや、そんなことはないですよ、ええ」


 誠一郎は、何かしらのプライドを捨てる事なく、やんわりと断る。


「せいちゃんの給料を貯めれば、数か月くらいで──」

「だ、だから、大丈夫って言ってるじゃないですかぁ~!」


 あっはっはと冗談めかして笑うカティだが、こうしてたまにからかってくる辺り、馴染みやすい人だなぁとも思う。


「じゃ、早速、引き継ぎの保全作業の内容なんだけどね──」




 誠一郎の業務は、以前より増えた。

 しかしながら、誠一郎は、以前とは違う。


「すみません、これ、今日中にできないかもしれないんですけど、なんとかなりますかね?」


 という相談を、現場の人にさほど臆することなくできるようになったし、一方で、現場の人も、


「ああ、いいよいいよ、大丈夫。一応の希望納期だからさ、それ」


 と、誠一郎の苦労を知ってくれるようになり、理解も生まれつつある。もっとも、これは、スライム生産工程のランスの言葉であるので、他工程についてはまだまだカティの面子に頼るところはあるが……。


「にしても、お疲れさまだったね、例の件は」


 ランスの言葉に、誠一郎は、とんでもないですよ、と返す。


「仮に、スライム生産工程で、同じような修羅場になったとしても、自分は徹夜でもなんでもしますから──あ、死ぬのはごめんですけど……」


 互いに愉快に笑いあうのは、かつての誠一郎とランスの間柄ではあまりなかったこととも言えよう。

 そして、また、それは機械事業部内でも見られた。


「あ、二宮くん、新しい機材の話なんだけど、いいかな」


 そう言って誠一郎に話しかけてきたのは、技術開発チームのレムである。


「ああ、その件なら──」


 彼らは新規機材の導入の話を繰り広げた後、特に関係のない雑談もする。


「ダークエルフの人って、ゴーレムとかの知識あるんですか?」

「あー、ゴーレムねぇ……。あんまり詳しくないから、今後、それについてのエキスパートの知り合いでも紹介しようか? あ、そうか、そういえば、二宮くん、ゴーレム生産工程も担当するようになったんだってね。もしかして、女体型のゴーレムに興味が? 人間の男の子だもんねぇ、仕方ないよねぇ」


 うんうん、と一人で納得するレム。こんな人だっただろうかと少し戸惑いつつも、


「い、ちが、違いますって! そうじゃなくて……」


 と、否定する。違う、断じて違うのである。決して、誠一郎は女体型のゴーレムをお部屋に一人欲しいだとかそういうことではなく、あくまで業務上ゴーレムの性質に理解を深めておく必要があるから、レムに教えを請おうとしただけなのだ。


「……人間って不潔……」


 そのレムの後ろに隠れていたのか、ひょいと頭だけ出してレニが言う。たまったものではないが、何やら楽しそうなので、もうよしとしておこう。




 誠一郎は変わった。けれども、職場は変わらない。

 今日もまた、誠一郎のもとには、かつてしたことないような仕事が舞い込んでくる。だけれども、するべきことは同じ。変わるようで変わらない日々は、まだまだ続く。

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