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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第四章「誠実であるべし」
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第18話

 勇者の到着が、予測よりも、数日遅れると聞いた誠一郎とカティは、やはり、安心していた。

 同時に、今の作業ペースでも、わずか一、二日ではあるが、余裕ができるということも分かってくる。

 そんな二人は、それでも油断することなく着々と作業を進め、ジンが出来なかった作業のほとんどをなんとか終わらせる。ジンも、さすがに、これ以上自分の失態を責められるという事に何かしらの焦りを感じたのか、自らのノルマを無事こなすことに成功する。

 再び、カティ他三名、勇者迎撃施設部の緊急保全人員の面々四名が顔を合わせ、最後の作戦会議をする時には、カティ側もジン側も作業は終了していたのである。


「えー、なんとか、勇者到着までに、全ての勇者迎撃施設のメンテナンスを終えることが出来ました。本当に、ありがとうございます」


 そう言って、会議開始早々に挨拶をするのはボストロだ。その顔は、実に嬉しそうで、誠一郎もつい誇らしげになる。休日を返上して作業をした甲斐があったというものだ。


「勇者の来襲が数日遅れるという恵みの雨もありましたが、後二日程時間を残してなんとか終えることが出来ました。本日の残りの時間で、私一人で、物理系の罠だけでなく、生物系の罠も含めて、本当の最終チェックをして参りますので、今日は、もう時間も時間ですし、特に何もなければ──」


 一同、特に言葉はない。


 誠一郎は、大きな山場を超えたにしてはカティが何か言いたげな表情をしていることに少し不安を覚えつつも、何も言わないのなら、それをわざわざ指摘することもないだろうと判断する。


「あ、そうだ! そうそう」


 解散になりそうなところで、ボストロが口を開く。


「せっかくこうして無事山場を乗り切れたことですから、勇者を無事撃退し終えたら、軽く食事会でもしましょうね。それと、明日からは、特に何もなければ、二宮さんもキッティラさんも、完全に自分の持ち場に戻ってもらって大丈夫ですので……」


 その笑顔は、カティや誠一郎だけでなく、もちろん、ジンにも向けられている。一同、そうですね、等々挨拶をし、この日は解散となった。




 幸か不幸か。

 ボストロは自らの仕事に誇りをもっていた。彼はこの職場に勤めることすでに十数年。何度も勇者や人間の世界の国の軍隊たちに多くの迎撃施設で痛手を負わせてきた。罠一つ一つが与えるダメージが、決定打になることは少ない。けれども、仮にこれら罠がなければ、魔王城で戦う同胞たちの傷はより深くなっていたことだろう。

 罠があったから勝った、と断言することはできない。けれども、それらの存在は確かに、同胞を救っているのだ。その自負こそが彼のやりがいであり、生き甲斐であった。

 すなわち、ボストロが仕事に注ぐ情熱はとても大きなもので、その情熱が注がれたからこそ、今回の問題を発見することができたとも言える。


「集まってもらったのは、ですね──」


 勇者迎撃施設部の詰所で行われている会議を仕切るのは、ボストロ。その他の参加者はもちろん、カティ、誠一郎、ジン。昨日のお疲れさまのあいさつが終わったと思い翌日の朝出勤したらすぐに呼び出しを受けたのである。

 ジンはひときわいらだっているようで、不機嫌そうに、腕を組んで座っている。カティも腕を組んでいる。誠一郎は、これは間違いなく何か問題が起きたのだと思い、ボストロが次に発する言葉を待つ。


「実は、迎撃施設の中に、何点か……今のところ確認出来ているのは約三つなんですけれども、特定の条件下で正しく動作しないものがありまして……」


 詰所の空気は重い。ボストロはけれども、申し訳なさそうに続ける。


「今まで使っていたチェック表とは別に、今回は、国の軍勢でなく勇者単身ということなので、特定の魔力量をもつシチュエーションや、例えば、体重を軽減できる呪文を使用している場合の想定などもして、昨日の午後から深夜にかけて、何か所かだけ、時間が許す限り綿密なチェックをしてみたんです。通常なら、こういった特定の条件でのチェックはあくまで補助的なものですので、機械事業部の人たちに行ってもらってる簡易的なチェックがこなせているのなら、問題は起きないはずなんですけど……」

「でも、起きてしまった、と」


 カティは残念そうに、言う。ボストロはそれに、はい、と答えるしかない。


「……起きてしまったものは、仕方ないです。これに対処するには……?」


 カティは、まず、ボストロに指示を仰ぐ。ボストロは、難しそうな顔をして、重く口を開いた。


「たった何か所かチェックしただけなのに、三点も不具合が出るというのはおかしな話です。これに対処するには、時間はかかりますが……簡易チェックでないチェックを全ての罠に対して行っていくしかないです、ね。ただ──」

「時間が足りない、と」


 誠一郎が、ボストロの話す最中に思っていたことをそのまま述べる。ボストロは、はい、と頷き、


「勇者もかなり近くまで来ていて、もうこれ以上の遅延はあり得ません。今日を入れて後、二日……。修繕作業にはさほど時間はかからないと思いますが、そもそも、チェックの項目が多くて……どうしても、時間がかかって……短めに見積もったとしても、私入れて四人で五日、いや、六日くらいの時間は……」


 全く発言をするとは思えなかったジンがここで口を開く。


「それならもう、出来るところまででいいんじゃないかね。入口から近い順にでも、各自できる限りをやる、ということで。それに、何も全てが全て動かないとも限らないんだろう?」

 確かに、それは、ぐうの音も出ない正論だった。それ以外に、やれることはない、そう考えるのが自然だ。誠一郎も、ボストロも、悔しいがそれ以上にどうする事もできないと思ったし、事実、今から作業を開始してそのように作業を進めていこうと考えていた。しかし、そこで一人、声をあげる者がいた。カティである。


「いや……簡易チェックに引っかからないような細かい動作のミスの原因が、分かっていたとしたら……」


 その発言の意味を、ボストロも誠一郎も理解できない。分かっていたとしたら、何なのか。そもそも、分かっているようなら、最初の保全作業の時にどうにでもなったはずなのだから。


「……そうはいっても、それがわからないから今から調べるんだろ」


 渋々とした嫌そうな声でそう言ったのはジン。誠一郎も、何か策はないものかと頭を巡らせるが、なかなか出てこない。


「ジンさん、私は、あなたに一つ言っておかないといけないことがある。誠実に、仕事をして欲しい」


 ジンは、カティに鋭い目を向けられる。それが不快と感じたのか、ジンは、はぁと大きなため息をつき、それに反論する。


「誠実だよ、俺は。今出来ることはこんな言い争いなんかじゃなくて、作業をすることだろ、違うのか?」

「……っ!」


 カティは、しかし、それに反論しなかった。誠一郎は違和感を感じるものの、割って入れる様子でもない。

 会議はこれで終わりとなり、各自の作業が開始される──。




 作業はこれまで通り進められたし、何の問題もなく進められていた。

 けれども、会議での見積もり通り、その日の夜、残業をしばらくした後でも、期限までにすべての迎撃施設をチェックして直し切る目途は立たなかった。


「キッティラさん……僕、今日は夜通して作業しますよ」

「せいちゃん……人間は、一日寝ないと相当身体に負担がかかるって聞くよ、私は、何日か寝なくても、そんなに影響は出ないけどさ……」


 ここで種族の差が出てしまったかと少し悔しがる誠一郎であったが、そんなことを考えている場合ではなかった。


「いえ──でもですね……」

「…………」


 そう言う誠一郎に対する返答を考えるように見えるカティだったが、あまりにも返事が遅いので、そうでないということに誠一郎は気づいた。


「あの、キッティラ、さん? どうかしましたか?」

「……あ、えっと」


 あわあわと慌てるカティ。一体何を考えていたというのか。


「実は私に考えがある。せいちゃんがそこまでしてやり遂げようって言うなら、私も覚悟を決めるよ」


 そう言うカティの目は今度は誠一郎をしっかりと捉えていた。

 その深夜。

 誠一郎とカティによって夜通し、休憩を挟みつつも作業は続けられた。

 誠一郎は体力的にも辛かった。しかし、彼の中の何かが、この日、死力を尽くして、やれることは本当にすべてやり切りたい、とそう願ったのだ。その何かが、ボストロの熱い思いなのか、それともカティの熱心な態度なのか、何なのかは誠一郎自身にもわからない。

 そんな二人の元に、


「ああ……お疲れさまです」


 現れたのはボストロ。様子を見に来たとのことで、同時に、誠一郎はボストロもこんな夜遅くでも頑張っているのかということを思い知る。

 そして──それ以上に、カティはその姿を見て、決意したのである。




 夜通しの作業は、けれども、圧倒的に多い作業量の前には焼け石に水だった。いくら効率的に作業しようとも、そもそもの作業内容がチェック、確認作業なのだから、効率化のさせようがない。一つ一つコツコツと積み重ねていくしかないのである。時間があれば確実に終わる作業。だが、その時間が、ない。

 夜が空けて、ジンが出勤した頃を見計らって、勇者迎撃施設部の詰所にて、会議が開かれる。

 主催は、カティ。この僅かな時間も貴重だと思われるこの時であったが、しかし、カティにはこの会議をどうしてもしなければならない理由があったのだ。

 誠一郎とボストロにも、その真意は分かっていない。けれども、カティが強く要請するということは何か理由がある。無下に反対する訳にもいかず、それを信じるしかなかった。

 全員揃ったところで、開幕一声はカティの声。ほとんど音のないまだ午前中のひっそりとした詰所内に、これまたひっそりとした声が響き渡る。


「ジンさん、いい加減に、してください」


 けれども、その言葉の意味は、全くもって、誰しもが理解できなかった。いや、誰しもが理解できない、と誠一郎とボストロはそう思っていた。


「……何の話だよ、キッティラさん」


 明らかに敵意を向けるような目でカティを睨むジン。


「私は、あなたがやってることを、大きな問題にしたい訳じゃない。でも、私は、今回のこの仕事、しっかりとやり遂げたい。だから、ジンさんにして欲しいことは一つだけ」


 カティの目つきは徐々に厳しくなっていく。


「ジンさん、あなたに、まだチェックが終わっていないあなたが保全作業を担当した迎撃施設の直すべきところを教えてもらいたい」


 話が全く飲みこめない誠一郎とボストロは、口をはさむこともできず、ただ見守るしかない。およそ、この話を理解しているのは、この場では、カティとジンだけだった。


「…………」


 ジンが黙り込む。


「さぁ、早く」


 カティが催促する。


「……お、おいおい、一体何の話だ。それが分からないから一つずつ確かめ──」


 直後、ジンが話し終わるより前に『ダンッ!』という激しい音が詰所内に大きく響き渡る。誠一郎は、眠たげな目をばちっと見開き、身体をびくりとさせる。座っていて眠気に襲われていたが、眠気がどこかへ吹き飛ぶ。

 そして、その音が、カティの拳と机の衝突によって発生したものだということに気づく。一瞬、うとうとしていた自分に向けられた怒りかとも思ったがそんなことはなかった。カティの目がまっすぐに怒りを以ってジンへと向けられていたからだ。

 誠一郎だけでなく、ボストロも一体何が起きたんだという顔で、カティとジンの両名を交互に見る。

 怒りを向けられているジンは、動けない、喋れない。


「ジンさん、私は──怒りたいんじゃない……! だけど、この怒りはね、ボストロさんやせいちゃんの分もある、だから、はっきりと伝えておくよ。私は、ジンさんがどうなろうと知ったことじゃない、だから、とにかく、早く教えなさい」


 その語尾は命令。ボストロは何かに気づいたように、んん、と手元の資料を見ている。誠一郎は、まだ、けれども気づけていないようだった。それは、頭が悪いからという訳ではなく、ただ誠実だったからであろう。

 酷く重たく、不気味な空気が詰所を包んでいた。

 その静寂の中、ジンはただ机を見つめて、沈黙を貫こうとしていた。

 けれども、その沈黙は決して許されることなく、カティが再び口を開く。

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