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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第四章「誠実であるべし」
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第15話

「えー! 私たち二人がですか!?」


 マウロからそう告げられたカティは、その可愛らしい目を盛大に見開き、ヴァンパイアが獲物の首に食らい付かんばかりに大きく口を開き、驚きの表情をつくる。やっぱりこんなに大きく口が開くんだと少し感心してしまう誠一郎だが、他人事ではない。


「えっと、自分たちが、勇者迎撃施設部の応援……? ですか?」


 誠一郎も思わず聞き返す。自分たちの現場が少しは忙しさから抜けてきたからといって、二人ともが応援に行ける程の余力があるとはとても思えない。そんな二人にマウロは、申し訳なさそうに言う。


「申し訳ないねぇ……。生産一部が大変じゃないとは言わないんだけれども、モンスターの増産はすでに始まってるだろうし、もう工程は生産からどんどん現地へ派遣する段階へ移ってると思うからね……。それに引き換え、勇者迎撃施設はこれからが佳境で、勇者が来るまでにきちんと動けばいいわけだから、さ」


 マウロの言うことももっともであった。勇者がハザマに到着してから数日が経過し、いよいよ魔王城周辺へ続々とモンスターが派遣されていった。勇者が魔王城に到着する道中へモンスターを送りこむ訳だから、勇者迎撃施設よりも早い段階で作業は進んでいる。もちろん、魔王城内部にもモンスターは数多く送られるが、勇者迎撃施設と比較すれば、当然余裕は出る。


「まぁ、そうですけどね~。それに、魔王城内部のモンスターなんてラインで生産できるようなレベルのモンスターじゃないですし……」


 カティはさすがに事情に詳しいようで、驚きはしたものの、ある程度は覚悟していたようだった。


「いや、ほんと、申し訳ないね……この山場が終わったら大型連休しっかり取らせるからさ、今回は頼むよ」


 マウロがそう言い去った後、カティは誠一郎に言う。


「……ね? せいちゃんが入ったばっかり言ったでしょ、勇者迎撃施設部の、ジンさんって言うんだけどね、サボってる~って! 大体よ、勇者が来る前にしか大してやることないのにこういう時に私たちが応援に入るようなことになるなら、きちんと普段から整備しておけって話じゃない? そうでしょ!」


 カティの愚痴が止まらない。しかし、誠一郎も、確かにとうなずくばかりで、そうですねそうですねと同意する。普段仕事が大してないのに、こういう緊急時に他に応援を二人も求めてくるとはけしからん。


「それにさぁ、あいつ狼人間だし! あー……ま、現場の人に罪はないからね……エンジニアとして、最善は尽くしましょ」


 種族の格差をなんとか乗り越え、カティがそう締めくくる。こういうところは、さすがだなと思う誠一郎。


「えーっと、じゃあ、キッティラさん忙しいでしょうし、今から僕がちょっと様子見てきましょうか」


 ジンは詰所にはいない。ということは、恐らくだが、彼も勇者迎撃施設部に行っているだろうことが予想できる。行っていてもらわないと困る。カティはそんな誠一郎の気遣いに気持ちを少しは落ち着けたのか、声のトーンを先ほどより明るくして答える。


「ん~、いや、いいよ、一緒に行くよ。仕事は大きなキリはついてるし、何かトラブルでも起きたら通信機で呼び出しが来るだろうし……それに、せいちゃんは人間だし、あんまり一人で魔王城の表の方へ行かない方がいいと思うし……」

「えっ、表の方……?」


 疑問を浮かべる誠一郎。


「あー、まぁ、それは、行けば分かるよ。だいじょぶだいじょぶ、私が一緒だったらなんとかなるから」


 そういえば、ここは魔王城だったなと振り返る誠一郎。慣れてしまえばここでの生活も結局のところ人間界にいたころとさして変わらず、普通に仕事をして寮と往復する毎日だったのですっかり見失っていた訳だ。

 若干の恐怖に顔を引きつらせつつ、現場に行かないといけないということ、プロだということから、ヘルメットを装着する。カティの後に続き、魔王城内を歩く。


「表の方っていうと、なんか違うんですかね?」


 道中、まわりをきょろきょろと見回しながら誠一郎はカティに尋ねる。まだ景色は普段とさして変わりはない。窓が少なく、くぐもった景観ではあるが、恐怖は感じない。


「簡単に言うと、魔王城の表の方っていうと、勇者とか後はたまにたくさん来る人間の国の兵士? とかが来る方だね~侵入者用、というか、そもそもの魔王城みたいな感じかな?」


 なるほど、そういうことかと納得する。誠一郎は常々疑問に思っていたのだ。こんな職場、いろんな人が働いているようなところで生死をかけた戦いが繰り広げられるのは、はっきり言って恐ろしい。戦闘が行われた次の日、血の海の中を出社するようなことになるのはごめんこうむりたかったので、その点は心配いらないということになる。


「へぇ……そういうとこは、やっぱり、危険なんですか?」


 当然の疑問だ。一番の気がかり。


「出るね~! しかも、そういうやつらってさ、人間を襲うんだよ~言葉もあんまり通じないから、せいちゃん一人で行くと、たぶんすぐ死ぬよね。蘇生呪文、私知らないし~」


 あっはっはと笑うカティだが、誠一郎にとっては笑いごとではない。生死をかけた重要な問題である。


「ちょ、ちょっと、い、今からそういうところ行くんですよね!? ええ、い、いやだなぁ……」


 仕事に対する思いはあるにはあるが、自分の命がもろに危険にさらされるとなると尻込みもする。それも、自分で注意してどうこうなる問題でもない。蘇生呪文を知らないなどと言われるとやけにリアリティが増す。

 そういえば、あたりの景色、雰囲気が少しこれまでとは違ってきているような気がする。これまで通ったことのない通路だ。どこをどう来たのか、壁は古びたレンガが積み上げられたようになっており、ところどころに生える苔が不気味さをより際立たせる。そして極めつけは──


『ギェエー!』


 恐ろしい何かの咆哮。何の鳴き声とも形容し難いそれは、ただ異様なものだということは感じ取れた。その鳴き声を聞くと同時に、


「うわぁあ!」


 誠一郎も驚き、思わず前を歩くカティに肩をがしと掴む。


「あっはっは」


 肩を掴まれたことを気にも留めず、カティは豪快に笑う。


「せいちゃん~だいじょぶだってぇ~ふ、ふふふ、あはは」


 あまりにも誠一郎が過大に驚いたことがカティの笑いのツボにハマったらしく、しばらく笑い続けるが、誠一郎は気が気ではない。目の前の笑い転げている少女の気がおかしいのではないかと思えてくる。


「そんなに笑うことないじゃないですか……! あの鳴き声なんなんですかもう!」

「あ~なんだろう~。キマイラ系の何か、だね? 天然の生息生物は生産一部で作られてる訳じゃないからそこまで詳しくないんだよね」


 笑いが収まって至極真面目に答えるカティだが、誠一郎が求める解はそんなことではない。


「ち、違いますよ! そういうことじゃなくて、あの、大丈夫なんですよね!? 大丈夫ですよ

ね!?」

「うーん、たぶんせいちゃんが今戦ったら数秒後には、ふ、ふふ、身体のほとんどは食べられてるんじゃ、ふへ、ないかなぁ~ふ、ふふ、ははは」


 再び、何が面白いのかカティの笑いのツボに何かが入ってしまったようだ。誠一郎はいてもたってもいられないが、どこかへ逃げ去る訳にもいかない。


「ああ、うん、だい、ひっひっ、だいじょぶ、だいじょぶ、私のオーラとかで、ああいうの、逃げてくから」


 カティがようやく誠一郎が欲しかった情報を言ってくれる。


「も、もう、それを早く言ってくださいよ!」


 腐っても高貴な一族ということだろうか、あまり戦闘などが得意そうには見えないのだが、本人が言うのならば、少し安心だ。だが、絶対に離れてはいけないと心に誓う。


「さあ! せいちゃん、サボってないでとっとと行くよ!」


 カティはあまりに笑い過ぎたことがいまさら恥ずかしくなってきたのか、罪を誠一郎になすりつけて歩き出す。


「……勝手な人だな、ほんと」


 誠一郎は少し呆れつつも、その後ろについていく。

 歩くことしばらく。あたりの景色は自分の詰所近くとは見事に変わっていた。ものものしい雰囲気は、誠一郎が普通の人間だったとしても、萎縮してしまう。カティがいなかったらすぐに逃げ出したくなる。一人で行かなくて良かったと心の底から安堵する。


「ところで、キッティラさん? 勇者迎撃施設って、どの辺にあるんですか?」

「勇者迎撃施設って、結構城中に張り巡らされてるんだよね。だから、見て回るには結構な時間がかかるんだよ……もちろん点検も」


 そう言われてみると、そうだろう。迎撃施設なんだから、城中になければ困るというもんだ。


「だけど、担当する部署の詰所は一か所だからね。今そこに向かってるんだよ。ここら辺にあるはずなんだけどな~」


 あるはず……って。不安を感じつつも、誠一郎にできることはカティについていくことだけなので、どうすることもできない。そういうカティの後をついて歩いていると、行き止まりにたどり着く。


「あー、ここだここ。魔力感じる」


 そうカティが言い、壁に手を当てる。すると、行き止まりだったはずの壁から、どこをどう現れたのか古びた金属の扉が出現する。驚く誠一郎を差し置いて、カティは扉に手をかけるとそのまま開けた。中は──見慣れた詰所。あまり広いとは言えず、その上色々な工具や資料があらゆる机の上などに置かれているため圧迫感があり、人五人ほどが入るとあまり余裕がなくなる程の空間。明らかに設備は古臭く、加えて埃臭さを感じる。あまり使用頻度が高くない、もしくは、限られた一部の人しか使っていないのだろうということが見て取れた。

 詰所の中にいたのは、一人のトロール。オークであるランスと比べるとより身が引き締まっており、いかつい。誠一郎は少したじろぎながらも、着ている服が作業着であることを見て、安堵する。作業着にヘルメットは職場仲間の印、だ。たとえ、それが人間でなくとも。


「久しぶり~ボストロさん~」


 カティが机に向かいあっているトロールの背中をぽんぽんと叩く。トロールは、おお、とカティと誠一郎の方を一瞥し、椅子から立ちあがる。その身のこなしは思っていたよりずっとテキパキとしていた。


「ああ、お久しぶりです、キッティラさん! 以前はお世話になりました……っと、ここに来て下さっているということは、例の応援というのは……?」


 どうやら、応援の話は伝わっていたようである。それにしても、カティは色々なところの現場の人と知り合いなのだなと感心する誠一郎。それもしっかり歓迎されているようで、人気もそれなりなのだろう。やはり、この人、普段そんなに一生懸命仕事をしているようには見えないが、こうして信頼を勝ち取っているような様子を見ると、それなりにデキる人なのだろうかと思う。


「そうそう、私と、この子。あ、せいちゃん自己紹介どうぞ」


 誠一郎は、ランスに初対面の時したように、無難に自己紹介をする。自分がスライム生産工程をしばらくの間担当しているということも付け加えておいた。その自己紹介にカティが付け加える。


「人間なんだけど、仕事の腕は確かだからさ! なんたってこの私の下で働いてるんだからね!」

「おお、そうですか……! それは頼もしい。お二方、今回は、迷惑をかけて申し訳ないです、よろしくお願いします」


 トロールことボストロはその巨体をしっかりと折り曲げ礼儀正しく挨拶する。


「ボストロさんが謝ることなんて全くないですよ! うちの部署のジンがご迷惑をおかけして……こちらこそ申し訳ない」


 ボストロの謝罪に対して、カティはそれを上回るこれまでの声の調子とは全く違った、何かの祭典を思わせるような声で謝罪を返す。こういった要所要所を抑えて真摯なところが、現場の人間の信頼を得られる理由なのかもしれない。つられて誠一郎も、頭を下げておく。


「……あれ、そういえば、ジンさん来ていないんですか?」


 誠一郎が疑問に思ったことをぽつりと口にする。その疑問に答えられるのはボストロだ。


「来てませんね……。おかしいな」


 だが、ボストロもジンの行方を知らないようだった。


「どうなってるんだもう、全く、ほんと……申し訳ないです」


 カティがもう一度頭を下げる。それだけあってはいけないことなのだ、今二人の応援が来ているにも関わらず、当の担当者がいないということは。


「まぁ、まぁ、でも、キッティラさんが来てくれたなら少し安心ですよ! なんとしても、勇者迎撃施設を勇者が来るまでに最高の状態にしておきたいですから。マウロさんにもキッティラさんにも感謝だ……」


 そういうボストロの顔は、少し不満げなカティと誠一郎とは違い、確かに希望に満ち溢れた顔でいた。


「さっそく、という訳にもいきませんし、とりあえず、飲み物でも飲みながら、作戦会議、といきますか? どこをどう直して欲しいのかとか、今起きてる問題とか、色々ありますからね……」


 ボストロはそう述べると、一人で席の準備をてきぱきとこなす。狭い詰所内に、すぐに会議スペースが出来上がる。ボストロは手際よく詰所内に散らばっていた紙資料を次々と卓上へと載せていく。


「さ、準備できましたので、どうぞ、お二方、お座りください」


 カティと誠一郎が席に着いたことを確認すると、


「では、今から、今後の作戦会議を開始します」


 勇者迎撃施設部の炎上案件をいかにして収束させるかを議題とした会議が開催されるのであった。

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