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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第四章「誠実であるべし」
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第14話

「勇者はあらゆる手段を用いて世界を救う」


 その男が身につける鎧は不気味な、けれども黄金の光を仄かに放つ。頭には強固な素材を使いつつ、呪術の類を打ち返す力を込められた兜。

 背には、この世界に一つしかないあらゆる攻撃を跳ね返すと伝えられる盾を背負い、腕には星の神々の力の込められた腕輪。

 そして、腰には、十分な質量を持ちながら、込められた力により使用者が子供でも容易に振るうことができ、その破壊力は力を持つものであればあるほど増大される、かつて魔王が倒された時に使われた、勇者の剣が装備されている。

 その者、勇者なり。

 武力、知力、その他色々な能力に優れ、この世の中を勝ち抜いてきた存在。

 彼は、魔王討伐を目標にする勇者にしては珍しく、従者を一人も伴わず、単身、魔王城に最も近い人間が住む街、魔界とその外の世界を繋ぐ交易の街、ハザマにいた。魔王城に最も近いといっても、その距離はまだまだ遠く、ここから魔王城への道のりだけで何日もかかる。それに加え、道中では相当量の魔物が待ち構えているのだから、魔王城にたどり着くことができる人間は一握りの選ばれた者であったとしてもさらに何日もの時間がかかる。


「あぁ、こ、これは、これは、勇者様……」


 街に住むのは、人間が半分。エルフなどの人に近しい種族であったり、残りは人型の魔物種であったり、様々だ。境界の街だけあって、その活気は相当なもの。実はこのハザマ、外界側にも魔界側にも認められている都市として名をはせている。魔界にあっても魔物に襲われ無いのはこのためだ。

 ゆえに、外界の人間が入ってきても、襲われることはない。それどころか治安はむしろ良い。魔王の力あってのものだと人々は言う。

 その街において、勇者が勇者とばれたのは、当たり前のことで、そのものものしい一級品、いや、天下一とも言えるような装備品を装備して街に入ってくるような人間は、皆、魔王城へと足を踏み入れようとする勇者なのだ。


「俺は魔王をなんとしてでも倒す。そのためにも、この街の人の協力が必要だ」


 勇者に話しかけられた街の男は、戸惑いの表情を見せる。見たところ、勇者にしては珍しく従者もいないのに、協力とは、と思いつつ、男は勇者の話を聞く。





 勇者がハザマに到着したという知らせはその日のうちに魔王城へと届けられる。

 魔王城は途端に騒めきたつ。

 それは、誠一郎の職場でも例外ではなかった。というより、それよりも以前から、魔王城にたどり着きそうな力を持つ勇者が徐々に差し迫っているということで、誠一郎たちの職場はかなりの影響を受けていた。誠一郎とカティの属する生産一部チームは今は少し落ち着いたものの、まだまだ予断を許さない状態。生産工程はすでに大量生産体制を始動しており、何かトラブルが起きたら即座に対処することが要求される。


「あ~もう忙しい! も~ホント勇者なんてさぁ、何が楽しくて魔王倒そうとしてるのよ、て話だよねぇ~。どーせ勝てっこないのに!」


 詰所でそうぼやくのはカティ。


「まぁまぁ、毎度毎度迷惑かけて申し訳ないね」


 謝るのはマウロ。二人ともなれっこのようだ。無論、二人だけでなく、職場は全体やれやれという様子。だが、誠一郎は違う。何より思うのは、


「えっとー……こんな質問って思うかもしれないんですけど、勇者ってそんなに頻繁に来るもんなんですか?」


 そして、そんなに頻繁に来るということは、そのたびに、負けてるのか。


「そうそう! もー! 何月かおきにどこから沸いてくるのやら~人間も大変だねぇ」


 そして、誠一郎には疑問がもう一つ。


「後、もしかして、自分たちも……戦ったり、するんですか……? 自分、戦闘の経験とかないんですけど……」


 戦闘の経験がないどころか、武道の経験もない。勇者といったら当然、剣などを振り回してくるだろうから、剣道の一つでもやっておいた方が良かったのだろうか。いや、剣道をやっていたくらいで勇者を倒せるなら、自分でも魔王を倒せてしまう、きっと意味はない。

 誠一郎の心配そうな言葉を聞き、カティはきょとんとしたが、すぐにあっはっはと大きく笑う。


「いや~それはないない! というか、私とかならともかく、せいちゃんってそういうの無理でしょ?」


 さらに続けて笑われる。確かに、そうかもしれないが、少し腹立たしい。


「いやー、そうかもですけど、だって、勇者が攻めてくるんですよね? 大丈夫なんですか?」


 大丈夫か、とは、つまり、自分の身のことを指している。


「大丈夫大丈夫! 今差し迫っているのは、魔王の危機じゃなくて、機械事業部の危機だよ! ほら、見て部長の顔を。もう顔面蒼白でしょ」

「こ、これはもともとだから……」


 カティは、連日の激務のためか、変にハイテンションだ。しかし、言うことももっともで、魔王の心配をしている暇があったら、目の前の仕事を少しでも片付ける心配をした方がよさそうだった。

 そんな矢先──マウロの通信機がけたたましく鳴り響く。部長宛の通信というのは、何もそこまで珍しいものではないのだが、この繁忙期、あまり歓迎できるものではないし、誠一郎も何か嫌な予感を感じた。マウロは数コールされた後、通信機に出る。


「はい、マウロです。はい──えっ……それは一体……そうですか、はい、はい、分かりました。すぐそちらへ向かいます」


 マウロが直々に呼び出される。その様子を、カティも誠一郎も、少し奇妙だという表情で送り出す。そう──この時、機械事業部生産一部チーム、誠一郎とカティは渦中に巻き込まれる運命に近づきつつあった。




 始まりは、小さな業務ミス──。

 以前のマウロの呼び出しから何日か経ち、また、マウロの呼び出しが入る。

 マウロが駆け付ける先は、勇者迎撃施設部の詰所。対話の相手は、機械事業部勇者迎撃施設部チームの狼人間ジン、勇者迎撃施設部のリーダーであるトロールという種族のボストロの二名。

 詰所の小さな作業用のテーブルを中心に、三名の会話が繰り広げられていた。


「だから──えーっと、できないんですってぇ」


 やる気のなさそうな声の主はジン。


「出来ないと言われてもねぇ、でも、やってもらわないとさあ」


 マウロはそれに反論するものの、どうにも怒ることが苦手なのか、やんわりと性格が災いしているのか強く言えていない。そこに不機嫌そうな野太い、怒りを抑えたような声が割りこむ。


「出来ない、ってあなたねぇ、ジンさん……! 普段から大してメンテナンスもしてくれてないのに、こういう重要な時にまで出来ないってのは、どういうことなんですかっ……!」


 そのボストロに反発するようにジンが反論する。


「普段もきちんと自分ができる範囲ではやっていますよ。それにね、もちろん、技術的にできないって言ってる訳じゃあないんですよぉ? 間に合わない、って言ってるんですよね、こんな急にねぇ。人手が足りないからもう」


 このジンの声のやる気のなさ、けだるさが気に入らないのは、マウロもボストロも共通して思っている。しかし、強く言うのはやはりボストロだ。


「間に合わないってね! それじゃ困るんですよ、勇者はもう目の前に迫ってる、この迎撃施設が動かなかったらどうなるかくらいわかるでしょう?」


 ジンが全く焦りを感じていない様子であることが、気に入らないのだ。先ほどまで抑えていたものの、やはり、どうしても、怒りが表に出てしまっているようだった。今にも立ちあがりそうになるボストロを、マウロが、まぁまぁとなだめる。本心では、ボストロの意見に賛成なのだが、ここでマウロまで乗っかってしまっては話し合いにならないと考えてのことだろう。

 マウロを呼び出したのはボストロ。ジンと話しても埒が明かないと踏んでのことだった。


「いやぁ、それでもね、迎撃施設が動かなくたって、魔王様は負けませんよ」


 へらへらとするジン。そのヘラヘラとした様子に、ボストロはさらに怒りが増していく。


「マウロさんからも、なんか言ってくださいよ! というか、頼みますよ、部長でしょう!?」


 やりようのない怒りの発散先がわからず、マウロにも注文をつける。もうジンに言っても無駄だと判断したのだろう。自然な行為ではある。


「えーっと、その、ジンくん、なんとかならないかなぁ? ほら、ボストロさんもかなり困ってるようだし、それに、勇者が目前に迫っているっていうのは事実なんだし」


 なんとか丸く収めたいマウロではあるのだが、こういう場でその丸さはむしろボストロの怒りの感情に燃料を注いでしまった。


「マウロさん! あのね、俺だってね、好きで文句言ってる訳じゃないんですよ、何度も何度も話し合って、結局こうやって間に合わないって言われて、だから怒ってるんですよ!」


 どうやら、ボストロは以前からこういった話し合いをしていたらしい。マウロの把握できていないところで、自体が収拾つかなくなってしまっていたのである。原因がボストロとジンのどっちにあるのかは明白ではないが、ジンのやる気のない発言は、マウロの意志を固めるのに十分だった。


「……よし、ジンくん、君、人手が足りないと言ったね」


 マウロは、弱腰な話し合いをしていながらも、ジンの発言をきちんと記憶に残していた。彼は確かに、間に合わない、人手が足りない、と言っていた。それをマウロは聞き逃していなかった。


「え? ええ、まぁ……」


 煮え切らない返事をするジンだが、事実そう言ったのだから肯定はせざるを得ない。


「よし──それじゃ、応援をよこそう。それで出来るね?」


 マウロは、これまでとは違う、きりとした言葉で話す。その表情は強く、静かにジンへと同意を求めてくる。これが、マウロが部長たる所以なのかもしれない。


「えっ!? 応援ですか? うーん、と、それは……」


 けれども、ジンは煮え切らない態度。ボストロも、一言入れてやろうと思ったが、マウロが先ほどまでとは違う強い顔をしていることを察して、ここはひとまず任せようと控える。


「ん? 何か問題が? それで、何人必要なんだね」


 ジンは、さすがに、そこまで言われて否定することは出来ないと思った。しかし、人数──根拠はないが、ひとまず多めの人数を言っておくに越したことはないだろう。一人、と答えて一人よこされたもののそれで解決できなかった時、言い訳ができないからだ。しかし、逆に多すぎても、何故そんなに人が必要なのかと詳しく問われる。それはいけない。よって、


「そうですね……二人、くらいは……」

 と、答える。今の時期に二人の応援をよこすことは難しいだろう。よって一人の応援になる可能性が高い。それならば、仮に間に合わなくてもわずかな言い訳材料にはなる、そう考えての二人という数字。


「……分かった、なんとかしてみよう。では、そういう形で、いいですかね、ボストロさん」


 マウロはけれども、ジンの予想に反して強気に答えた。ボストロも、マウロがここまで力を注いでくれているという気持ちが伝わったのか、怒りを鎮める。


「では、近日中になんとかするから……それまでは、ジンくん、よろしく頼むよ」

「はい、それは、もう、できる限りは……」


 なんとかこの場は収まった。

 収まり、マウロは詰所に戻る。どうしようか、どうやって応援の人員を確保しようかと思いを巡らせながら──




 機械事業部は未だ予断を許さない状態が続いていた。

 最も忙しいのは技術開発チーム。各方面から機器新調等の要請が今もまだまだ続いており、何か起こったら忙しいという状況ではなく、常に忙しい。ゆえに、ここの二人は無理。そして、今、どのチームもそのほとんどは一人で運営されており、二つのチームから同時に人を応援に出すというのはたとえ並行業務をやってもらうにしてもリスクが大きすぎる……。

 二人で運営されていて、なおかつ、トラブルさえ起きなければなんとか他へと力を貸せる、そんな都合のいい存在は……。


「うーん、生産一部チーム、になっちゃうよねぇ」


 一チームしかなかったのである……。

 ゆえに、白羽の矢が立てられたのは、生産一部チーム、二宮誠一郎とカティ・キッティラの二名だったのである。かくして、二人、炎上しかけの大案件の中に放り込まれることとなった。

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