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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第三章「現場を視るべし」
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第13話

 現場に向かおうと、詰所を出たところで、カティがちょうど作業から戻って来ているところにすれ違う。


「おや、どうしたの? せいちゃん」


 話しかけられ、そういえば、カティに対して説明をしていなかったということを思い出し、事情を説明した。


「──という訳なんです……。だから、空けている時間について聞いてこようかなと思いまして」


 若干の苛立ちが混ざっていたのだろうか、カティに怪訝な顔をされる。カティもきっと、自分の苛立ちに僅かながら賛同してくれるのではないだろうか、と誠一郎は少し期待した。けれども、カティから返ってきた返答は、その予想とは大きく外れる。カティは、怒っているでもなく、かといって笑顔という訳でもなく、どうにもやり場がないような、仕方がない奴め、というような表情をしながら、


「そうだね~。それは、現場を視なかったせいちゃんにも問題があるかなぁ」


 と言った。その言葉に、誠一郎は小さな驚きとわずかな不信感を覚える。まさか、責任の所存が自分にあるとは思ってもいなかったので、顔にも戸惑いが浮かんだのだろう。それを察したカティが付け加える。


「現場に行って、しばらく作業をしっかり観察したらわかるかもね~。導入ってのは、入れて終わり、じゃないのさ……くれぐれも、すぐに時間の話題を出さないように! それじゃ根本解決にならないからね、なんでこんな問題が起きてしまったのか、しっかり見つけるんだよ。なにそんな心配そうな顔して~大丈夫、いざという時には助けてあげるから!」


 変に頼もしい。戸惑いの表情を浮かべつつも、以前失態のしりぬぐいをしてもらった訳だから、信用しない訳にもいかない。誠一郎は、現場に行き、作業の様子をしばらく見させてもらうことにした。

 頭に疑問符を浮かべつつも、現場につき、作業員の人に話を聞く。


「うーん、なんででしょうね~」


 数値に異常が出ているという旨を話しても、作業員はやはりピンと来ていないようだった。そこで、カティの言い付けを守り、作業をしばらく見させてもらおうとお願いする。


「──すみませんが、少しの間、作業を見させてもらってもいいですか?」


 作業員は少しはてなを浮かべていたが、快く了承してくれる。彼らとしても、それで自分たちの業務がより良くなるのなら、喜んでというところだろう。

 作業員は普段通りの作業に戻る。

 検査工程というのは、文字通り、最終工程だ。言うなれば、最後の砦。なるほど、作業員の手は確かに丁寧。スピードよりも正確さが重視される。数値一つ読み違えて、廃棄するのはいいが、あまり廃棄し過ぎると当たり前だがコストは膨れ上がる。ゆえに、品質の間違っているスライムを出荷することを防ぐという役割を持つと同時に、正しい品質のものは正しく出荷するという役割も同時に持っていることになるのだ。

 作業員は、スライムの一部を検査機器に投入する。となると、後はここで五分待つだけ。五分待っている間に、この作業員が何をするのかという点が少し気になる。入れて五分待つ、入れて五分待つ、というのなら、実に楽な作業だ。というより、二十分待っていた時は、今とは比にならないくらい楽な作業になってしまうのではないかという疑問さえ浮かんでくる。

 けれども、まずは見る。カティに言われた通り、しっかり観察することにした。自分が思いもよらぬところに落とし穴が潜んでいるというのはよくあることだし、カティが含みをもった言い方で言っていたことも気になる。

 作業員は少し経つと、検査機器の数値を読み取る。確かに、五分だ。特に何もわからない。

 特に問題はなかったように見えるし、事実、数値にも異常は見られなかったようで、検査は次のスライムへと移る。

 再び、スライムの一部が検査機器に入れられ、作業員が五分待つ──かに思われたが、作業員のとった行動は違った。作業員は、スライムを検査機器に入れると、その場から離れて行ってしまう。止める訳にもいかず、その後ろ姿を今いる場所で見届ける誠一郎。


「どこ行くんだろう……トイレ……?」


 いくら魔物といえども、トイレは行くものだろう。十五分ほどが経過して、作業員は戻ってくる。少し長いようにも思ったが、特に問題はない。

 無事、続きの作業が行われ、スライムの一部が検査機器に入れられる。

 そういった作業が何度も、何度も繰り返された。そして、小さな小さな気づきは、徐々に大きなものになっていく。

 作業員は数回に一回、その場を離れた。そして、戻ってきた。一度や二度なら、トイレだなんだ、と納得がいったかもしれない。しかし、それは一度や二度ではなかった。加えて、その行為は、何回かおきに一定の割合で行われた。となると、話は当然変わってくる。小さな小さな気づきは、段々と姿を変え、違和感となる。これは、トイレでもなければ、サボリでもない……。

 そして、決定的瞬間がついに訪れた。


「……あれ、また異常が発生してる」


 そう、作業員が場を離れている時間が、検査機器を取り扱う上での注意点となっていた長時間の放置、つまり、三十分以上の放置の条件を満たしてしまったのである。この頃になり、誠一郎の違和感は確信に変わる。


「──すみません、あの、もしかして……」


 堪らず誠一郎は作業員に話しかける。心に動揺を抱えつつ。


「あー、はい、どうやら、これ異常発生みたいで、廃棄しないとですねー。この頃、多いんですよ」


 思い出す。誠一郎は、思い出す。自分が、説明の時何と言ったかを。思い出しながら、聞く。


「ところで……さっきから、作業場を離れているのは、何か事情が……?」


 自分は、どう言ったか思い出す。そうだ、自分は、長い時間、としか言っていない……。何分だと具体的に伝えていない……。


「あー、はいはい、それは、一部工程の見回りしてるんですよ。検査工程は時間が空きますからね~。それで、問題があったり操作が必要な時は操作もしてます、そうすると今みたいに少し時間がかかっちゃうんですけど……」


 それは、誠一郎の考えが及んでいなかったところ。考えが及んでいなかったからこそ、勝手に作業内容を検査だけだと思い込んでいたから、そんなに長い時間は放置されないだろうと思い、具体的な数字を言うことを無意識にしていなかったのだ。余計な情報だろうと勝手に遮断していたのである。

 誠一郎と、作業員との間にあった、感覚の差。長い時間という具体的な数字を用いなかったために起きた齟齬。誠一郎は気づく、作業員の作業をあまりに知らなかったということに、カティの言う通り、自分が現場を視ていなかったということに。


「すみません……。えっと、実は、三十分以上放置すると、検査結果が変わってしまう事があるんです……」


 落ち込んだ声で伝える。すると、作業員は、驚いた顔をしたものの、誠一郎の様子とは正反対の明るい声で返す。


「ああ! そうなの! そういうことね~! 通りで……いや、申し訳ない、こちらこそ……」


 要するに、気を付ければいいということ。しかし、これは、自分が正しく伝え忘れたことによるミスだった。


「すみません、こちらが、業務のことを把握できていませんでした。これからは十分に気を付けます」


 最後のもう一度謝り、改善の旨を伝える。作業員が、いいよいいよ、と笑って返し、事は一件落着した。




 誠一郎は、問題を無事解決することができたと満足した。

 そして、カティが言いたいことも理解できた、と思った。

 だから、詰所に戻り、カティに報告した。業務内容を観察して、今回、自分が現場を視れていないということが良くわかったということ、そして、きちんと時間についての説明をし、謝罪をしてきたということを。それらを全て静かに聞き終えた後、カティは誠一郎の目をしっかり見て口を開く。


「うーん……惜しい! 私の言いたかったことの八割、くらいかなぁ~。最後の詰めが甘いね~」


 ちっちっちっと人差し指を左右に振る仕草をするカティ。八割……。


「じゃ、じゃあ、残りは一体……」


 カティは腕を組んで少し悩んでいた。


「本当は、もう少し考えて欲しいんだけど~。まぁ、ちゃんと自分でここまでたどり着いた訳だし、今回は、許してあげよう! 答えはね──」


 そう言うと、ついてきて、と席を立ちあがり、詰所を出ていく。誠一郎は、首をかしげつつも、それにひょこひょこついていく。

 着いた先は、技術チームの住み家。


「失礼しまーす。あ、ちょうどいい、レム」


 いたのはレム。作業が終わり撤収間際のところだったのか、特に何かしている様子はない。


「ああ、カティさん、どうしました?」


 レムの問い。誠一郎はもちろん分からないだから、ただ様子を見守るしかない。


「あー、ちょっと前に、せいちゃんが新しい検査機器を現場に導入したと思うんだけどね~、それに伴って、タイマーとかないかな? 首からかけれたりするとなおいいね」


 誠一郎は、カティの口から出てきたタイマーという言葉に、はっとする。そして、すぐに納得する。カティは最初からここまで分かっていたというのだろうか。

 レムはその要望に、明後日くらいまでに用意しておくよと答える。


「ありがとね~、よろしくぅ~」


 それだけ言い残し、二人は詰所に戻った。一仕事したぞぉと席に着くと、すぐに、カティが誠一郎に問う。


「どう? なんでタイマーかは……まぁ、何に使うかは、わかるか」


 はははと満足気に笑うカティ。誠一郎は、一つ疑問に思っていたことを問う。


「キッティラさんは、詰所を出て、すれ違った時には、もう分かっていたんですよね?」


 その問いに、カティは、もぉちろんと得意げに返し、続ける。


「だってもうここに勤めだして何年だと思ってるのよ~。ランスさんはもしかしたらそこまで詳しく知らないかもだけど、私は、現場の人以上にプロなのよ……」


 その笑みは、どこか誇らしげだ。


「未熟で……すみません」

「うーん、まぁ、正確には、それはどっちもでいいかなぁ~、だってまだ一年も経ってないのに、それは当たり前だよ」


 カティは優しく言う。視線を宙にやり、何か思い付いたのかまた誠一郎へと戻す。


「でも、一つだけ覚えておくといいことがあるよ」

「なんですか?」

「説教って訳じゃないけどね、私は思うの、いつでも現場の人が全力を出せるような環境にするのが、私たちエンジニアのできることだってね」


 その言葉を聞き、そうか、と誠一郎は気づく。


「だから、タイマーを使うということも思い付いた訳ですね……」


 作業員の人が、何かをしながら待つというのはすでに作業の一部に組み込まれていることであり、五分と時間が縮まったからといって、その組み込まれた作業がなくなるという訳ではない、その作業員が、全力を出せるようにするためには、時間をずっと気にしながら作業をするというのでは難しいだろう。

 だからこその、タイマー。他の作業に集中していても、タイマーさえあれば、時間がオーバーしてしまうということはないだろう。

 誠一郎は、時間の事だけを伝えて、今回の件を終わらせようとしていた。だが、もしそうしていたなら、またしばらくした後に、頻度こそ減れども問題は再発した可能性が限りなく高い。それは、当然、望ましくない。つまり、カティの行ったタイマーの導入こそが、最初カティとすれ違った時、カティが口にしていた、根本解決となる行為なのである。


「そゆこと! だって、たぶん、現場の人は原因教えたらそれでもう後何も言ってこなかったでしょー? だから、そういうところをさらに補強するのが私たちの役目な訳よ~」


 誠一郎は思った。やはり、まだまだこの人には叶わない、と。

 それは、カティが誠一郎よりも長い時間作業をしているということでもなければ、カティが誠一郎よりも多くの知識を持っているということでもなく、長い長い経験を積んだからこそできるであろう気配りというか、現場の人のことを考えるということはどういうことなのかということを身体で知っているという点。

 思いを巡らせる誠一郎を知ってか知らずか、カティはにこにこしながら肩を叩いてくる。


「まぁまぁ、若者よ、まだまだ先は長いんだから大丈夫さ!」


 ぽんぽんと肩を叩く目の前のカティは、誠一郎よりもよほど背は低い。けれど、誠一郎にはとても大きな存在に思えたし、一人の人として尊敬できる点は数多くあるなとも思えたのであった。

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