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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第三章「現場を視るべし」
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第12話

 新しい検査機器導入の前日。当初の予定通り、説明の場をもらった。

 この日までに、先日もらった仕様書などに目を通した誠一郎だったが、思ったこととして、考えていたよりも余程変わる内容は少ないということがあった。時間の短縮は説明しなければならない事項だが、一方で操作性については旧来のものとさして変わりなく、実際に触ってもらう必要はあるかもしれないが、念入りに一つ一つ説明するより「これまで使っていたものとそこまで違いはありません」と説明した方がよほど飲みこみは早いだろうと考えられた。

 ゆえに、説明の場はもらったものの、そこまで詳しい説明はしない。作業員の二人を連れて、導入予定の機器の前まで行く。幸い、この日は、レニもレムもその場におらず、声を大きく出しても問題はなさそうだ。


「これが導入予定の機器です。今まで使っていた検査機器とあまり変わりはありませんが、一番大きな違いは、なんといっても時間の短縮で、これまで二十分くらいあった待機時間が、五分になります。作業効率の改善が求められると思いますが、これにより、今後の作業は大幅にスピードアップできます」


 説明を聞く作業員二人は、おお、だとか、へぇ、だとか控えめながら感心の声をあげてくれている。


「実際に少し触ってみて、感触とか確かめてみますか?」


 という誠一郎の問いに、そうだなと二人とも頷きあい、実際の操作法が確かに変わりないものだということを見て取る。実際に二人が触っている時に、もう一つ注意点を思い出す。


「ああ、そう、そんなことはないとは思うんですけど、前だと二十分待機していたと思いますが、今回、五分に縮まった代わりに、あんまり長い時間放置してしまうと結果が変わってしまう場合があるので注意してください」

「了解了解~、よし、じゃ、大体操作も変わらないってわかったし、明日、切り替えよろしくお願いしますね」

「大変でしょうけど、よろしくお願いします」


 二人にそう言われて、悪い気はしない、同時に、気も引き締まる。


「ええ、切り替えだけなので、そこまで苦労はしないと思います。きちんと時間内に使える状態にしておきますので……あ、それと、最初の運転はご一緒させてください」


 一度目の作業はきちんと見届けるという旨を約束し、説明の場は短いながらも無事終了。

 時間は進み、切り替え当日となる。




 切り替えの作業はほとんど誠一郎一人で行われた。搬入には少し時間がかかってしまったものの、さして問題は起きず、規定通りの時間で取り付けが終わる。このあたりの作業はもう慣れたもので、誠一郎が前職で取り扱っていた機器よりも機構にたいしての理解が深くおよび、むしろ、やりやすささえ感じていた。

 前職では、どうしてもブラックボックスになっているような機器も多く、こうすればこうなるというようなノウハウで乗り切ることが多かったが、今は問題が発生したらおおよそ原因が自力でも特定できる。また、聞けば理解もしやすい。技術レベルは下がっているのかもしれないが、それは逆に全容を知るうえではありがたいこともである。

 取り付け作業を終えると、すぐにランスへと報告をし、作業員の一人と共に実際の作業を行ってみる。自分が使えるだけではいけないのだ。きちんとラインに組み込まれて初めて、機器の切り替えが終わったと言えるのだから。


「お、新しい機器だ! いいですね」


 作業員は陽気なもので、緊張感もなく、慣れたように操作をしていく。手際よい操作に、誠一郎も少し小気味良くなる。作業員は、エンジニアよりも機器の構造については詳しくないかもしれない。しかし、機器を使いこなすということについては、一枚うわてだ。作業員の操作で、新しい検査機器は動く。作業ラインから取り出されたスライムの一部を機器内に取りこみ、待つこと五分少々。見事に検査結果は出る。


「おお、ちゃんと五分で結果出るんですね、うん、良さそうだ」

「良かったです、協力感謝します」


 誠一郎も、ほっと胸をなでおろす。


「後は、今後何か問題があったら、直接は難しいかもしれませんが、ランスさんを通すなどして、いつでも連絡してください。もちろん、定期的にいつもの保全作業にはうかがいますので……」

「はい、ありがとうございました」


 作業は無事終わった。

 誠一郎は、作業道具をまとめ、詰所に戻る。詰所について、ヘルメットを外し、腰掛け、一息つく。今日の大きな仕事はこれで終わりだ。切り替え作業も無事終わり、その後の最初の運転もうまく行った。万事順調である。


「お、おつかれ~」


 詰所の扉を開けて話しかけてきたのはカティ。手には紙コップ。一休憩してきたという感じだろうか。多分、薄めた血液のような何かを飲んでいるに違いない。


「お疲れさまです、キッティラさん」

「よっこしょ~」


 古臭いセリフを吐きながらどすんと自席に座るカティ。なんとも豪快、というか、ばばくさい……。こういうところと、見た目とのギャップ、さらに、食事会での豹変っぷりが、未だにカティという人物とどのように接したらいいのかという悩みの種になっていたりする。


「どううまくいった?」


 そんなもやもやを誠一郎が抱えていると知ってか知らずか、カティが話しかけてくる。


「ええ、きちんと説明して、最初の運転も見届けてきました。一仕事完了です~」

「そうかぁ、それならよかった。あ、そうそう──」


 ふと何かを思い出したように、カティが続ける。


「そろそろ勇者ご一行が迫ってきてるらしいからね~。大丈夫だとは思うけど、頑張ってねぇ」


 はて、頑張ってとは……。


「え、えっと、頑張ってって、自分も戦ったりするんですか……?」


 心配そうに聞く誠一郎に、カティはくすくすと苦笑して答える。


「いやいや、君、戦えないでしょ? 仕事だよ、仕事ぉ。大体こういうシーズンには仕事が忙しくなるのよね~。繁忙期、ってやつ?」

「ああ、なんだ……。あ、というか、勇者って──大丈夫なんですかね。職なくなったりしないですよね?」


 誠一郎のまたもや心配な声。人間の身でありながら、魔王側に勝ってほしいと願うのは少し問題ある思想な気もしたが、勇者とやらにあったことはないし、今お世話になっているのは魔王様なのだ、仕方がない。


「ん~。まぁ、それは大丈夫でしょ~。まだまだ四代目魔王は現役バリバリだからねぇ~。五代目となると頭脳派仕事マンだからちょっと頼りないかもだけど、今の四代目はバリバリ武闘派なんだよ」


 へぇ、そうなのか。そういえば、昔、マウロが五代目魔王候補に怒られているとかなんとか聞いた覚えがある。顔は見たこともないけれど。


「ああ、ごめん、私、ちょっと用事あるんだ、じゃ」


 カティはいきなりそう告げると、雑談を打ち切って出ていってしまった。彼女もまた彼女で忙しいのだろう。



 数日の時間が流れる。

 その間の誠一郎の生活は至って普通。残業が多いこともなく、特別に問題が起きることもなく、普段の保全の仕事をこなしながら、書類仕事を片付ける。時間が余れば、詰所内で整理されていない書類の整理というタスクがどれだけでも湧いてくる。やらなければならないことはあまりにも多く、ゆえに、あまり無理をして張り切りすぎても擦り切れてしまう。やることがなくなることもなく、適度に緊張感が続く、過ごしやすい日々だった。

 しかし、そんな日々はそう長くは続かない。

 その日々の終わりは、ある日のランスからの通信から始まった。


「二宮くん? 少しいいかな……現場で話がしたいんだけれど」


 即座に不穏な空気を感じ取る。心当たりはない、が、日々の保全作業で問題があった覚えはないから、もしかすると、この前の切り替えがうまくいっていなかったのだろうかという予想が頭の中に渦巻く。ヘルメットをかぶり、現場へと急行する。悪いことがあったという言葉はなかったが、呼び出されるということは大抵何かしらの問題があり、その問題の担当はおそらく自分にあるということを意味している。ゆえに、当然、誠一郎の心中も穏やかではなくなっていく。

 スライム生産工程のラインは、通常通り稼働していた。ということは、即座に稼働に影響のないことだということが分かる。その点は一安心。稼働に即座に影響があることと、そうでないことでは、心の余裕に天と地ほどの差が出る。当然だ、自分が対応しなければずっとラインが止まっているという耐えがたいプレッシャーと戦い続けるということは、相当に精神にくるのだから。

 現場につき、いつも話し合っているスペースへと向かう。スペースといっても、特別作られた場所ではないのだが、機器と機器の間に偶然生まれたその休憩所のような空間は、この機械だらけの現場でもわずかにくつろげる場所なのである。

 そこではランスが一息ついて待ち構えていた。そこまでいらだっている様子はなく、ただ、自然と待っている、という印象。誠一郎を見つけると、手をあげて自分がいることを知らせる。誠一郎が席についたところで、ランスが口を開く。


「いやぁ、忙しいところ申し訳ないねぇ」

「とんでもないです、何か問題発生ですか?」


 ひとまずの挨拶を交わした後、ランスが懐から一枚の紙を取り出す。そこに記載されているのは、


「これ、検査工程の検査結果なんだけどねぇ……」


 ここしばらくの検査肯定の検査結果。誠一郎の予感が嫌な方向に的中してしまう。となると、問題は──


「結果が、おかしいですか?」


 誠一郎のその言葉を聞き、そうなんだよぉと返すランス。ランスとしても、誠一郎が予想していたことは知っていた、という顔だ。機器を変えたばかりで呼び出しとなれば、それは、そうだろう。


「なぁにが悪いんだか、分からないんだけどね、日付を見てもらえるとわかるんだけど、検査機器を新調してから、たまーに突発的にぽんぽんと間違いが出てるんだ。それは、品質に異常ありってことで廃棄してる」


 もちろん、検査機器が悪いって決まってる訳じゃないんだが、付け加えられる。異常が検出されそれを素材とするスライムが出荷前に廃棄されてる。それはつまりどういうことかというと、


「ということは、検査機器がおかしいか、生産工程で何か間違いが生じているか……ということですね?」


 普通、検査というのは最終工程であり、絶対だ。


「そうなんだよ。ああ、普通、前工程を疑うところなんだけど、今回は、ねぇ……」

「はい、ランスさんが言いたいことはわかります。検査機器を新調してから起こっている異常だから、検査機器の間違いの可能性もある、ということですよね」


 ということ。時期が問題なのだ。もし、これが検査機器交換より前であったり、今からだいぶ経ってからの発生であれば、まず間違いなく前工程、つまり、生産工程を疑っただろうが、こうも見事に時期が重なっているとなると、それが偶然だとは考えにくい。


「その通り。さすが二宮くんだあ、察しがいい」


 褒められても、手放しに喜ぶことはできない。


「うーん……でも、保全の時に、異常はなかったんですけどねぇ……」


 誠一郎悩まし気に検査結果の紙をのぞき込む。やはり、何度見ても、検査機器が新調された日からぽつぽつと規則性なく品質の異常が記録されている。


「でも、自分の担当なのは間違いないですので……少し、調査してみます」


 誠一郎のその言葉を聞き、ランスは、よろしく頼むよと言うと、にこやかに去っていった。

 かくして、誠一郎の調査が開始されるのだが、実のところ、すでに誠一郎には一つの心当たりがあった。


「……やっぱり、アレだよな、時間……」


 そう、計測時間。こう突発的に異常検出が発生し続ける原因で、即座に思い当たるのは、検査機器に長時間いれっぱなしにしてから測定をするという行為をしてしまうから、という予想ができたのである。根拠があってのことではない、感覚的に、だ。


「でも、ちゃんと説明したのになぁ、現場の人、適当なもんだなぁ」


 愚痴をこぼしても始まらない。事実を確かめるべく、善は急げで、誠一郎は、すぐ現場に向かうことにした。陽気過ぎた作業員に若干の苛立ちを覚えながら……。

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